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第五十九章 手を伸ばせば、そこには

 

「あは、あは、あは、あっはあ!!」


「きゃは……☆ こいつめんどくせーわねぇ!!」


 漆黒の闇に触発されたのか元気いっぱいな第五王女の相手をしながら、アリスは辟易したようにため息を吐く。


 唯一の救いは『勇者』が動いていないことか。天を覆う漆黒を攻略するために思考を回しているのか、力を溜めて一気に突っ込むつもりなのかは分からないが、とにかく余計なことをしないならそれでいい。


 と。

 その時だった。



 パァッンっっっ!!!! と。

 漆黒が弾け飛び、純白の粒子と変貌した。



 空一面を煌びやかな純白が舞う。

 純白はキラキラと雪のように舞い落ちる。

 害はなかった。破壊力は消失していた。

 単なる、無害な光であった。


 そして何より。

 スキル『運命変率』がアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うことは可能だと見なした。その確定こそ、禍々しき漆黒を放ち世界を滅ぼそうとしていた『魔王』が別の道に足を踏み入れた証明のようだった。


 ズッゾァ!! と。

 風の槍がアリスの頬を掠める。


「んぅ? まだ続けるわけぇ!? 漆黒の闇は消え去っ──」


「アハッ☆ 確かにあれが消えちゃったのは勿体ないけど、だからといってこんなに楽しく『遊んでいる(壊している)』のを途中でやめる理由はないわねーっ!!」


「このぉ戦闘狂めぇ!!」


 世界は救われた。

 だからといってアリスが救われるかどうかは別の話である。



 ーーー☆ーーー



(良かった、で……ございます)


 ミーナの胴体にもたれかかるようにして抱きついているセシリーは安堵に表情を綻ばせていた。


 漆黒は純白へと転じた。

 具体的に何がどうなったのかまでは不明だが、一つだけ分かることがある。


 雪のように降り注ぐ純白の粒子に他者を害する力はない。あれだけ禍々しかった漆黒が無害な光と転じたのならば、事態は好転したはずだ。


 ゆえに。

 だからこそ。


 ずるり、と。

 セシリーの腕から力が抜ける。


 頚動脈を切り裂かれただけでも重傷だというのに、その前に散々蹴られていたのだ。無事な箇所を見つけるのが困難なほどに全身傷だらけなのだ。それこそ今まであれだけ叫べていたのが不思議なほどに。


 安堵と共に無理矢理振り絞っていた気力が途切れる。限界がやってくる。これまでのツケを払うように、痛みや倦怠感が襲いかかってくる。自らの足で立っていることさえできず、崩れ落ちるように地面に倒れる──前に。



 両の腕があった。

 ほっそりとした腕がセシリーを抱き止める。



「お待たせしました」


 光があった。

 暖かなそれがセシリーを包み込んだかと思えば頚動脈の傷もその他の傷も、それこそ大小関係なくみるみるうちに塞がっていった。瞬きの間に完治しているどころか、前よりも光り輝いているように見えるほどだ。


 スキル『復元』。

 己が命よりも大切な人を救う、そんな当たり前を当たり前のように成し遂げることができるようになっていた。それが、それこそが、運命がある方向に定まったようであった。



「『衝動』、ねじ伏せてきました。ですので、その、ですね……これからも、おそばにいて、いいですか?」


「当たり前でございます!!」



 その抱擁を邪魔するものは何もなかった。

 今も、これから先も、絶対に。



 ーーー☆ーーー



 今代の『勇者』であるエルフの女は純白に輝く天を見上げていた。脳内では四百に届こうとしている歴代『勇者』の声が洪水のように荒れ狂っていたが──その中でも一際目立つ声があった。


『良かったわ。詳しいことは不明だけど、この空の様子を見るにどうやらミーナは「衝動」以外の価値あるものを見つけられたようだわ』


『勇者』シェリフィーン。

 彼女こそ六百年前の覇権争奪大戦を戦い抜いた『勇者』である。


 シェリフィーンは『魔の極致』第八席を封じたり、淫魔イリュヘルナを討伐したりと数多くの戦果を積み重ね、ついには『魔王』を封印した。


 そう、彼女はあの最低最悪の時代を戦い抜いてきたのだ。大陸中が鮮血と死で埋め尽くされていたくらいだから……、


(よくもそんなことが言えるものじゃ。お主の記憶はわらわにも伝わっておるから、知っておるぞ。家族や友人を魔族に殺されたはずじゃぞ。しかも、その中には『魔王』に──)


『だとしても、「今」この瞬間の出来事は良かったことに分類されるんだわ』


 まるで何かを振り切るように。

『勇者』シェリフィーンは言う。


『誰かが断ち切らないと、憎しみの連鎖は世界を滅ぼすまで止まらないものだわ。それに、それは「前」の話だわ。「今」この時には被害者も加害者もいないわ。なのに、せっかく断ち切ったのに、蒸し返す必要なんてないんだわ』


(ふんっ。『勇者』じゃのう)


『そんな立派なものじゃないわ。「今」は「今」を生き抜く者たちのものだわ。「前」の亡霊が引っかき回していいものじゃないわ。それに……あの時、確かに、私はあの寂しそうな女の子に笑ってほしいと望んだんだわ』


(わらわだったらそうは思えぬのう。やはりお主は『勇者』じゃぞ。わらわよりも、ずっとな)


『あはは、だからそんな立派なものじゃないんだわ。正直に言うと、完全に納得できているってわけでもないんだわ。でも、仕方ないわ。「魔王」なんて分かりやすい悪がいたならば、気楽にぶっ殺せたものだけど、そんな奴どこにもいなかったんだから……』


『次』に繋げて良かったと思えるくらい、めいっぱい幸せになるんだわと、『勇者』にしか聞こえない小さな呟きがあった。



 ーーー☆ーーー



 世界のどこかで。

 女の呟きがあった。



「私チャンびっくり。これで世界は終わるものだと思ってたのにサ」



 彼女は『魔の極致』第三席にして、『魔の極致』という枠組みを作り出した魔族だった。そう、『衝動』しか持ち合わせておらず、生命を殺すことしか考えていなかった魔族を束ね、『魔の極致』という上下関係を生み出し、拙いながらも指揮系統を構築した女であるのだ。



「本当びっくり。あんなにも『衝動』に忠実だったミーナが『衝動』以外の何かを獲得するなんてネ」



 覇権争奪大戦において大陸中が鮮血と死で埋め尽くされた原因は魔族が強大であったからだけではない。彼女が指揮系統を構築し、魔族以外を敵と定め、矛先を調整したからこそ多大なる被害が発生したのだ。もしも彼女がいなければ、魔族はこれまでと同じように同族同士で殺し合い、勝手に自滅していたはずだ。



「さて、どうしようカナ?」



 彼女こそ魔族へと識別用だとか適当に理由を並べて、名前を与えた女であった。そう、『魔王』へとミーナという名前をつけたのが彼女なのだ。



『魔の極致』第三席ネフィレンス。

 魔族の中でも頭脳を駆使できる『変わり者』は世界のどこかで静かに微笑んでいた。


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