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第五章 手と手を取り合っての共同作業です

 

 一緒に料理を、とセシリー様はおっしゃいました。そのためには準備が必要でしょう。


 ──セシリー様の指示により、手頃なイノシシや香辛料となる薬草などを採取し、食材を揃えることは簡単でした。ついでにセシリー様から必要な道具の形状等を聞き、土くれから包丁やまな板などを『再現』して、調理環境を整えることもです。


 その先、調理の段階となってアタシは止まりました。場所は隠れ家の中にある台所。適当な建物を『再現』したからかアタシには必要のない台所も『再現』されています。まさかこんなものが巡り巡って役に立ってくれるとはあの頃は思ってもいなかったものです。


 さて、どうやら焼くだけでは料理足り得ないようでした。というわけで本来の料理というものに向き合う必要があります。


 目の前にはまな板があり、その上に解体したイノシシの肉が置いてあり、手には包丁があります。もちろん肉の一つや二つ刃物を用いなくとも切ることはできますが、ただ切るだけで良いとも限りません。適切な切り方があるかもしれない以上、迂闊なことはできません。


 と、アタシがまな板の上のイノシシ肉を見つめ固まっている時でした。


「ミーナ、教えると言ったのでございますよ」


「……ッッッ!?」


 ふわり、と。

 セシリー様がアタシの背後から腕を回し、それぞれの手に己の手を重ねたんです。


 せっ、せし、セシリー様が、アタシを、抱きしっ、ああーっ! ニオイッ、頭がジンジンして、足に力が入らっ、あ、あああっ!!


 ち、ちなみに頭の先から爪先まで付着していた古龍の返り血は『復元』で消し飛ばしています。あっ、ふああっ、あのような有様でセシリー様のそばに控えるのは不敬にもほどがあるからでしたが、綺麗にしていて良かったです。あんな有様ではこうしてだきっ、抱きしめられることはなかっ、うわ、アタシ今抱きしめられていますう!!


「ほら包丁をしっかり持って、お肉を押さえる手は猫の手でございますよ」


「……っ……ぁ」


 押さえ、猫、おてて、ふにゃあ!?


「猫の手といって分からないでございますか?」


 いえ、いいえ、確かに身動き一つとれていませんが、これはセシリー様との触れ合いで神経伝達に支障をきたしているだけで、セシリー様の発言の意図することは理解して、あ、あふっ。


 ──と、アタシが極度の狂乱状態からフリーズしていると、重なった手が離れてしまいました。そのまま背中に触れる温かな感触さえも離れていきます。あ、ああっ、せっかくセシリー様が教えてくれているのに、何の反応も示さない愚かなクソ野郎に愛想を尽かしたんですか!? 申し訳ありません!! ですからもう少しだけ、セシリー様あ!!


「ミーナ」


 横から、でした。

 右から顔を覗かせたセシリー様がアタシをじっと見つめ、軽く握った両手を胸の前に添えて、一言。



「猫の手、にゃん」



「…………………………………………、」


 にゃ、にゃああああああああああんっ!?


「これは、ちょっと……恥ずかしいでございますね」


 ご、ご自分でやっておいて恥じらうんですかセシリー様ナニソレカワイイほんのり赤く染まったお顔も羞恥からちょっと伏せがちになった目もふにゅっと震える唇も何もかもがにゃんにゃんですう!!


「ほ、ほら、これで押さえる時の手の形は分かったでございましょう! 早く料理しますわよ料理っ」


「…………、にゃん」


 ああ、どうしてアタシはこれまで料理をしようと思わなかったんでしょう。こんなにも幸せになれると分かっていれば、すぐにでも飛びついていたでしょうに。


 料理とは素晴らしいものですね!!



 ーーー☆ーーー



 ミーナは感情をあらわにすることはない。

 その表情が変わることはなく、その声音は常に平坦なものだった。セシリーでさえも表情や声音からそう多くの感情を読み取ることはできないのだから、その他の有象無象であれば何も読み取ることはできないだろう。


 それでも、経験則から分かることもある。

 木々を超えるほどの火柱でドラゴンを丸焼きにして、料理とした例の件。あれは別に悪ふざけでも何でもなく、ただただセシリーのためを思っての行動だったに違いない。


 それが、空回りに終わった。

 そうなれば、ミーナが落ち込むのは容易に想像がつく。


 セシリー=シルバーバースト。

 シルバーバースト公爵家が長女にして、将来の王妃。そんな特大のブランドが崩壊し、『ただの』セシリーとなった今でも変わらず尽くしてくれる忠臣である。セシリーのために行動し、セシリーの幸せを守るために拳を握る。そんな彼女が己が行動が無意味どころか毒を食わせるような悪行であったと知れば、責任を感じるに決まっていた。


 だから、慰めるつもりだった。

 一緒に料理をして、『空腹を満たす』というミーナがセシリーのために行動してくれた末の結果を示すことができれば、多少は気持ちが楽になるのではないかと考えた。


 そう、これは変わらぬ忠誠を誓うメイドを慰めるためのもの。その中にはミーナと一緒に料理ができれば楽しいだろうなというセシリーの願望も混ざっていたが、何はともあれこれは慰めである。


 ゆえにまな板の上のイノシシ肉を前に固まっていたミーナを見て、セシリーが場を和ませようとしたのもそう不思議なことではない。


 だが、そう、だがである。


『猫の手、にゃん』


(あれはいくらなんでもないのでございます……)


 礼儀作法からはじまり、未来の王妃となる身として『貴族世界における必須項目』は網羅しているセシリーであるが、どうにも権威やら思惑やらが関わらない、単なるコミュニケーションはあまり得意なほうではなかった。


 それでも。

 ミーナに対して不得意ながらもコミュニケーションをはかろうとしたのには、確かな理由があるはずだ。


 他の誰でもなく、ミーナだからこそ。

 権威も思惑も取っ払い、むき出しのセシリーとして接したいと思っているのだから。


 ゆえに、


「ミーナ、包丁で切る時は叩きつけるのではなく、刃を引いて切るのが基本でございます」


「……っ」


「この葉は香辛料としても使えるので、こうしてすり潰し、肉と合わせて揉んでいきます。こうすることで味が肉に染み込むのでございますよ」


「……ふっ……!」


「火加減は強ければいいというものでもございません。食材に応じて火加減を調整し、中まで熱が届くようにするのでございますよ」


「……、はっ……はい」


 後ろから抱きしめる形で、手取り足取り料理を教えるのも、一種のコミュニケーションであった。公爵令嬢としてのセシリーに必要な技能だからと積み上げた技能ではなく、一人の女としてのセシリーが好んで積み上げてきた技能を教えることにこそ意味があるのだから。


 ……なんだかミーナの動きがぎこちないのだが、セシリーにはどうにも緊張(?)していることしか読み取ることはできなかった。

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