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(きゃは☆ 無茶振りにもほどがあるよねぇ)
そして。
そして。
そして。
一つの解放があった。
肺腑を抉るような衝撃と共に百人以上のクソッタレどもが感電したかのように痙攣し、地面に倒れる。
「か、……は……ァ!?」
アリスでさえも、危うく意識を刈り取られるところだった。全力を振り絞って、ようやく意識を保つことができた。
なんらかの攻撃ではない。
力の波動。強者が放つ気配を感じ取っただけだ。たったそれだけでそれなりの修羅場をくぐってきたはずのクソッタレどもでさえも呆気なく意識を刈り取られた。
であれば。
アリスの腕の中の男爵令嬢が意識を保っていられるわけがなかった。
アリスは気を失っている男爵令嬢を地面に寝かせる。ギリギリと奥歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握りしめ、何とか気絶することだけは阻止しながら、周囲を見渡す。
意識を保っているのはアリスを除くと二人だった。『勇者』と第五王女である。
「凄まじいのう。こればっかりは『封印』しか対処のしようがないじゃろう。というか、『勇者』シェリフィーンはよくもこんなバケモノを封じられたものじゃ。あやつの時代から六百年積み重ねてもなお、わらわたち『勇者』は『魔王』の足元にも及んでおらぬというのに」
「あは、あは、あは……」
致命的に状況が進む。
どうやら『魔王』は『勇者』を遥かに凌ぐバケモノのようだが、それだけで勝敗は決しない。『勇者』の記憶を見たアリスは『封印』とやらが己よりも強い者にさえも問題なく作用する力であることを知っているからだ。現に『魔王』は今よりも弱い『勇者』によって六百年もの間、封じられてきたのだから。
──力の波動だけでクソッタレどもの意識さえも粉砕する『魔王』が『何に対して』その力を振るうつもりかは不明だが、甚大なる被害が発生するのは確実だろう。そもそも六百年前に『魔王』が何をやったかを考えれば、それこそ人類滅亡だってあり得る。
ゆえに『とりあえず』無力化するべきだ。
ゆえに『封印』するために動こうとしている『勇者』の行動は非の打ち所がないほどに正義である。
だが。
『魔王』が『封印』されれば、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を淫魔の呪縛から解放する可能性は消失する。
(きゃは☆)
ここが運命の分岐点。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を見捨てて最悪最強の怪物に剣を向けて『とりあえず』脅威を排除するか、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うためだけに最悪最強の怪物に対抗可能なヒーローへと剣を向けて人類滅亡の可能性を許容するか。
そんなの。
迷うまでもなかった。
ゴッバァ!! と。
漆黒の炎槍が『勇者』へと放たれる。
上にはもう後一段階しかない第八章魔法を、しかし純白の着物姿の『勇者』は右腕の一振りで吹き散らす。先の巨人との戦闘で弾けるように壊れている右腕であることを感じさせない動きであった。
「なんのつもりじゃ?」
「気持ちよく生きて死ぬつもりだけどぉ」
正義は『勇者』にこそある。
『魔王』がその力を存分に解放すれば、惑星全土の生物を殺し尽くすこともできるのだ。悪魔が撒き散らそうとした混沌以上の、命が一つも残らない文字通りの破滅を回避するためには『とりあえず』諸悪の根源を何とかしなければならない。
誰に聞いても最悪最強の怪物に立ち向かおうとしている『勇者』を支持するだろう。それが正義であり、それが正しい行いとやらなのだろう。
だからどうした、と切り捨てるからこそアリスはクソッタレであった。乱闘なんざ日常茶飯事で、法律なんて破りまくっている、社会のはみ出し者。そう、アリスは『大きな枠組みが構築する正義』なんてものに従わない。
己が魂の赴くままに、アリスは生きて死ぬ。
ゆえにアリスは『勇者』と敵対する。
妹が救われて良かったと、それだけの話で終わらせるために。
『クリムゾンアイス』。
年齢、性別、種族のようなあらゆる区別に関係なく、社会からはみ出たがゆえに居場所がなくなった汚れ仕事専門のクソッタレどもの集まり、その頂点は不敵に笑う。
笑って、我を通す。
「きゃは☆ やっぱりわっちは『勇者』と肩を並べるよりぃ、敵対しているほうが性に合ってるよねぇ!!」