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第BEU/B章 vcfc&ypkGf

 

 その時。

 シルバーバースト公爵家本邸ではイリュヘルナの撃破に達成したということでお祭り騒ぎだった。


「ぷっはーっ! 俺ら悪魔狩りかましたんだぜ!! なにそれ英雄かよっ」


「だーはっはっはあ! 大偉業達成だぜ!! 第一王子が押しつけてくるだろう処分を覆すだけで済むわけねえって!! こりゃあたんまり報酬貰えるんじゃねえか!?」


「にゃあ。犠牲者出なくて良かったにゃ!!」


 どこかから取り出した酒をがぶ飲みするわクソッタレ同士で肩を組んで高笑いするわどさくさに紛れて(見た目は)グラマラスな八歳児のグラマラスな部分に触れようとしていたクソッタレ……は残りのクソッタレどもにフルボッコにされていた。


 何はともあれ完全勝利である。

 淫魔イリュヘルナ。六百年前の出現時は『勇者』が討伐するまでに大陸の何割というレベルでの男共が狂わされていたのだ。それほどの規模の災厄を未然に防いだのだから、まさしく偉業と言っていいだろう。


 そんなどんちゃん騒ぎから少し離れたところで抱き合ったままなアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢とアリス=ピースセンスはといえば、


(きゃは☆ ……離れるタイミング逃したわねぇ)


 というわけだった。

 三十路前なアリスは困ったようにポンポンと男爵令嬢の背中を撫でてやる。なぜだか離れない可憐な少女をとりあえず抱きしめ返す。


「これで『とりあえず』イリュヘルナの脅威を取り除くことができたの」


 ボソリと。

 クソッタレどもの乱痴気騒ぎとは比べものにならない、暗い声音だった。


「だけど、まだなの」


 どこまでも暗く。

 しかし芯の通った声で彼女はこう言ったのだ。



「わたしを殺してほしいの、アリスさん」



 ぐりぐりとアリス=ピースセンスの肩に顔を埋めるようにして、男爵令嬢は続ける。


「わたしの肉体は契約によってイリュヘルナのものになっているの。あの悪魔はいつだってわたしの肉体を使ってこの世界に進出できるの」


「…………、」


「だから、殺してほしいの。これ以上誰かに迷惑をかける前に、わたしの大切な人たちが悪魔が撒き散らす混沌に巻き込まれないように、わたしを殺してほしいの」


「…………、」


「わっ、わたし、やるべきことがわかってて、それでも怖いの。自分で死ぬなんてできないの。だから、お願いなの。わたしの不始末を押しつける形になってしまうのは心苦しいけど、でもこんなことアリスさんにしか頼めないの。アリスさんになら、いいの、だから!!」


 吐き出して、吐き出して、吐き出して。

 その末にアリス=ピースセンスから返ってきた言葉はというと、



「それならぁとっくの昔に対処済みだから問題ないわよぉ」



「…………、え?」


 キョトンと目を瞬く男爵令嬢。

 死ななければならないとわかっていて、でも怖くて、だから誰かに押しつけるしかなくて。そんな葛藤の末に吐き出した決死の想いがいとも簡単に無価値となる。


 アリス=ピースセンス。

 最強の兵士は男爵令嬢の想像の遥か先の次元を生きていた。


「スキル『運命変率』使ってアイラがイリュヘルナの支配から脱せられるよう設定し続けているからぁ、まぁそのうち解決するわよぉ。だからぁ、死ぬだ殺してだつまんないこと言わないようにねぇ。あんな悪魔一匹のためにぃ、アイラが死ぬ必要なんてこれっぽっちもないんだからさぁ」


「アリス、さん……」


 アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は悪党の部類だ。妹のために悪魔を召喚した。そのせいで、もしかしたら六百年前の覇権争奪大戦並みかそれ以上の被害が出ていた可能性もある。死罪となってもおかしくないほどの大罪人である。


 しかし、アリス=ピースセンスはそうは扱わなかった。妹が助かって良かったと、それだけで終わらせるために戦った。おそらく男爵令嬢が気づいていないだけで、細い糸を手繰り寄せるような、極限の駆け引きがあったに違いない。


 イリュヘルナを倒す『だけ』ならもっと楽な道もあっただろうに、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うためだけに死地に飛び込んだのだ。


 そして、今も。

 男爵令嬢が死なずに済むよう抗ってくれている。


 その奥の苦労を微塵も感じさせない軽い声音で、死ぬ必要はないと示してくれた。


「アリスさん、わたし、あの、でも──っ!!」


「わっちがしたいことしてるだけだからぁ、ごちゃごちゃ言われたって関係ないのよねぇ」


 遥か先の次元に立つ最強の兵士は男爵令嬢の言葉を遮る。先んじて封殺するように、突きつけるように、口を開く。


「だけどぉ、感謝されたほうが嬉しいかなぁ」


 どうしようもなかった。

 どうしようもないほどに、アリス=ピースセンスは最強であった。


「うん、うん、ありがとうなのっ!!」


「どういたしましてぇ」



 ーーー☆ーーー



(さぁてどうするかなぁ?)


 アリス=ピースセンスは額に脂汗を滲ませていた。スキル『運命変率』によって可能性を引き寄せ、イリュヘルナの支配から男爵令嬢を救えるよう調整はしている。


 だが、問題がないと言えば嘘になる。

 スキル『人命集約』がもたらした、世界の深奥に眠る情報。


 それはある『勇者』の記憶であった。

 そう、スキル『人命集約』は魔力や生命力など生命を構築する全てを集約する。その中には記憶も含まれており、偶然にもアリスはある『勇者』の記憶に辿り着いてしまった。



 六百年前の覇権争奪大戦の終盤、『勇者』シェリフィーンが相対した『魔王』がどう見てもあのメイドであったのだ。



(わっちたちを相手にあそこまで無双していたしぃ、まぁ普通じゃないとは思ってたけどぉ、まさか『魔王』とはねぇ)


 それだけならアリスであれば『驚いたけどぉ、まぁいっかぁ』と流していた。問題は二つ。一つはスキル『運命変率』が導いている男爵令嬢救出の可能性がまさしく件のメイドを利用するものであること。一体全体『魔王』をどういう風に利用する可能性を引き寄せているのか。


 もう一つはスキル『運命変率』が男爵令嬢を救出することを可能である、不可能であると壊れたように繰り返していること(スキル『運命変率』で可能性を引き寄せきれておらず、未来がコロコロと切り替わっているということだ)。


 そう、あれだけ自信満々に言っておいて、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢をイリュヘルナの支配から救えるかどうかは確定していなかった。クソッタレらしい腹芸だったということだ。


(『魔王』が利用できない状況になってぇ、結果的にアイラを救う可能性が消失するかもってことかなぁ。つまりぃ)


 アリスの視線の先には『勇者』が立っていた。エルフの女はぴくぴくと特徴的な尖った耳を動かしながら、ある方角に視線をやっていた。


 ディグリーの森へと。

 まるでそこに潜む何かを探るように。


「うむ。巧妙に隠してはいるが、この気配は『魔王』のものじゃのう。きちんと精査しなければわからぬほどではあるが、例の繋がりで得た記憶のお陰で本拠地が知れた今、見失うことはないのじゃ」


(ちぇ。百以上の人間が接続していたからぁ、例のメイドに関する記憶が届き切れていないってのを期待していたけどぉ、そううまくはいかなかったみたいねぇ。これは『魔王』の居場所を暴いた『勇者』によってぇ、『魔王』が倒されるなり封じられるなりした結果ぁ、アイラを救う可能性が消失するって感じになるのかねぇ)


 未だ未来は確定していない。

 あのメイドを相手にした時、『百パーセント』勝つことも逃げることもできないという結果になったように、『勇者』という莫大な力が盤に存在する結果、可能性を引き寄せるだけでは未来を確定することができないのだ。


 つまり。

『勇者』をどうにかしなければ、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うことはできない……というのがアリスの仮説であった。

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