第B十四章 殺egって##でfよね
六百年前に猛威を振るった『魔の極致』第八席たる巨人が封印されていたことからも分かる通り、ヘグリア国は覇権争奪大戦に深く関わっていた。
ゆえに、より深い情報が残っていた。
王族ともなれば『魔王』の特徴を伝え聞く機会があるほどに。
曰く『魔王』は十代前半の少女のような容姿をしており、大陸では珍しい黒髪黒目である。
曰く『魔王』は無表情に殺戮を振り撒く。
曰く『魔王』の『左』腕から迸る禍々しき漆黒はスキル『消去』と呼ばれており、既存のあらゆる防衛策を無視して平等なる消滅を撒き散らす。
曰く『魔王』はミーナと呼ばれている。
……ここまで知っていて、しかし第一王子は今この瞬間までセシリーのメイドが『魔王』であるとは考えなかった。それも無理はないかもしれない。容姿や名前が一致しているとしても、だからといって『魔王』がメイドをやっているなど考えられるわけがない。
一個人に、たかが公爵家が長女に従う理由が想像できない。
何せ『魔王』である。
大陸中を鮮血と死で埋め尽くしたかの覇権争奪大戦の中核にして、魔族の頂点たる『魔王』が人間に従うわけがない。
『勇者』さえも勝つのは不可能として『封印』を選んだとされているのだから。
だけど、ここまでくれば認めるしかない。
スキル『絶対王政』さえも無視して『左』より顕現する漆黒の闇。あらゆる超常を消し飛ばしたその性能。その事実がミーナの正体を如実に示している。
「はは、はははは! 『魔王』がメイドだったとか意味がわからない!! なんだそれ? 何がどう転がればそんなことになるんだ!?」
第一王子が何か言っていた。
そんな雑音、誰の耳にも入っていなかった。
「ミーナ、が……『魔王』でございますか?」
セシリーの呟きがあった。
彼女は聞いている。ミーナが遥か過去からやってきたことを。何らかの理由で争っていたことを。そして、類稀なる力を持っていることを。
あえてボカしていたものが足がかりとなる。真相へと、ミーナの正体へと、辿り着いてしまう。
(……不思議でございます。無茶苦茶な話なのでございましょうが、どこか納得できてしまうのでございます)
それだけミーナというメイドは特別な何かを感じさせる。そもそも初めて出会った頃からして時空の歪みとしか思えない異常なものから飛び出してきたのだ。そんな女が普通なわけがない。
『魔王』というのは驚きであったし、『魔王』だということは過去に数えきれないほどの殺しをばら撒いてきたのだろうが──それでも、とセシリーは続けることができた。
失って初めて大切だと気づく。
もう気づいている。ゆえに、迷わない。
好きなものは好きなのだ。
それだけが、それこそが、セシリーの中で渦巻く熱い感情であった。
ーーー☆ーーー
知られました。
アタシが『魔王』だと、セシリー様の嫌いな暴力を散々振るってきたバケモノだと!!
「づ、ぐう、あああ……ッ!!」
『衝動』が止まりません。
魂の底からドロドロとした怨嗟が溢れてきます。
第一王子が余計なことを言わなければ、知られることはなかったんです。知られなければ、アタシはセシリー様のそばにいることができました。
土足で踏みにじられ、壊されることさえなければ。
ぐじゅぐじゅと『不浄なる左』から漆黒が滲みます。セシリー様が傷つけられているのを見た瞬間です。その瞬間、限界がきました。『左』の中に押さえつけていることができなくなりました。
まるで『衝動』と同じように。
溢れて、止まりません。
──殺せ。
『衝動』を押さえつけながら、しかしアタシの中に疑問が浮かびます。
我慢していたのはバレたくなかったからです。アタシが『魔王』であると、セシリー様が嫌う暴力を振るってきたバケモノであると知られて、拒絶されるのが嫌だったからです。
──殺せ!
どうして我慢する必要があるんでしょう。アタシの正体はバレました。『魔王』だと、バケモノだと、セシリー様が忌避する存在なのだと。
──殺せ!!
ああ。
もう駄目なんですね。
全てはバレてしまいました。
セシリー様はアタシのことを恐れ多くも好きだと言ってくれました。が、それもここまでです。バケモノと一緒にいてくれるわけがありません。
ああ、ああ! ああ!!
壊れました、失いました、崩れ去りました。
優しい夢はここで終わりです。
アタシはバケモノです。そんな当たり前の事実が幸せを塗り潰していきます。
だったら。
守るべきものが何もないのならば。
──殺せ!!!!
──もう、殺したっていいですよね。
ーーー☆ーーー
瞬間。
一つの解放があった。