第五十章 戦略的な意味はなく、しかしそこに価値を見出したがゆえに手繰り寄せたのでしょう
「な、んで、誰も来ないのよねえ!?」
「きゃは☆ テメェに魅力ないからだと思うけどぉ」
「……ッッッ!!!!」
適当に嘯くアリスへと殺意を向け──他に注意が散漫となったところに百以上の出力口から黄金の閃光が放たれ、巨人を削り取る。
右腕と左足は既に消し飛んでいた。
左腕も肘から先は消失しており、右足は先の猛攻で吹き飛んだ。
支えを失った巨人が倒れる、その瞬間。
開いた隙へと『勇者』が突っ込む。
「こ、のお……っ!!」
肘から先が消失した左腕が動く。噴き出る血が蠢き、収束し、歪な赤黒い手の形となる。
ゴッ!! と上から押し潰すように振り下ろされる血の腕を、しかし、
「アハッ☆」
──渦巻く黄金の竜巻がぶち抜く。
第五王女ウルティアが支配する黄金の空気の一撃はそのまま残った左腕も吹き飛ばした。
痛みに思考が硬直し、さらに隙を広げる巨人へとついに『勇者』が肉薄、黄金の光を纏いし拳を叩きつける。
胴体にめり込んだ拳が輝く。爆発的に光量を増す黄金が巨人の内側で荒れ狂い、起爆。猛烈な勢いで噴き出した黄金に呑まれ、胴体が消し飛ぶ。
残りは頭部のみ。
くるくると宙を舞う、無防備な急所のみである。
「きゃは☆ あそこまで追い詰めればスキル『天使ノ抱擁』なしでもいけそうねぇ。──ネコミミっ」
「はいにゃ!」
男爵令嬢を背負うアリスのそばに降り立ったネコミミ女兵士が赤い糸を伸ばし、男爵令嬢の左小指に巻きつける。
「どうせならぁ、その手で決着つけちゃっていいのよぉ」
「アリスさん……ありがとうなの!!」
ゴォッ!! とアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の右腕が黄金に輝く。繋がり、『一つの個体』の中に入ったことで抱擁の対象を増幅するスキル『天使ノ抱擁』の効果は失われたが、あそこまで削れば十分である。
黄金に染まった空気を操り、翼と変えた男爵令嬢が飛ぶ。真っ直ぐに、イリュヘルナ目掛けて。
ーーー☆ーーー
男爵家の中でも中の下程度。それがミルクフォトン男爵家であった。権力なんてほとんどなく、実情は多少裕福な平民みたいなものだった。
そんなありふれたミルクフォトン男爵家には、ありふれた幸せが詰まっていた。食に困らず、服や装飾品に費やす余裕があり、優しい両親や大好きな妹がいる。
あまり人付き合いが得意ではなく、引っ込み思案なアイラにとって、家族以上に大切な人なんておらず、実家以上に心安らぐ場所なんてなかった。
ゆえに王都にある学園に通うために寮生活となると知った時は、正直言ってあまり嬉しくなかった。どうせならと両親に勧められるがままに学園を受験することがなければ、王都から遠く離れた田舎と呼ぶにふさわしい地元を離れることもなかったのにと後悔していたほどだ(それでも学園に通うことを決めたのは、アイラ以上に両親が喜んでいたからだろう)。
社交界の縮図に等しき貴族の集まり。
王都の学園で引っ込み思案な上に有名な家名を持たないアイラの周囲に人がいなかったのも、そう不思議なことではなかった。このまま一人きりで学園生活を送り、卒業したら大好きな家族のもとに帰るのだと、それだけを願っていた。
そんな時だ。
一年ほど前、妹が倒れたとの手紙が送られてきた。
医者によればどんなスキルや魔法でも治せないとのことだった。そんなの許せるわけがなかった。大好きな妹を見殺しになんてできなかった。
──妹を救うためなら、なんだってやると誓った。
学園では普段話さないような格上の貴族に話しかけ、力を貸してくれるよう懇願した。とはいえほとんどは罵倒されたり無視されるだけだった。その上、学園の品位を落とすようなことはするなと貴族連中に言われ、ついにはミルクフォトン男爵家に圧力をかけられそうになったために途中で諦めるしかなかったが。そのため公爵家みたいな身分が高すぎて後回しにしていた人たちには声をかけることはなかった。
王都であれば地元よりも多くの情報が集まるはずと図書館を駆けずり回り、多くの医者を訪ねた。それでも、王都中を駆け回っても、妹を治せる手段は見つからなかったが。
もしかしたら、世界のどこかには妹を救える力を持つ誰かがいたのかもしれない。だが、その誰かを探し出す前に妹は死んでしまう。
そんな時にイリュヘルナが声をかけてきたのだ。
肉体を差し出せば、妹を救ってやると提案してきたのだ。
自分がどうなろうが、どうでもよかった。
妹が救われるなら、なんだってやってやると誓った。
だからアイラは肉体を差し出した。
アイラ『だけ』なら、どうなろうとも構わない。妹が救われるなら、なんだって。
だけど、アイラは知ってしまった。
肉体に入り込んだイリュヘルナの思考が流れ込み、かの悪魔が大陸中を鮮血と死で埋め尽くす混沌を招こうとしていることを。
「イリュヘルナには感謝してるの。イリュヘルナのお陰で妹は救われたの」
アイラはギヂリッと拳を握りしめる。
硬く、強く。
想いを束ね、握りしめる。
「それだけで終わっていたら、誰にも迷惑をかけなかったら、心の底から感謝していられたの。わたしの肉体で良ければ好きに使ってくれてよかったの」
「あい、ら……」
「だけど、妹が救われたせいで大勢の人間が死ぬなんて結果になるというのならば。そのためにこの世界に進出したというのならば! わたしはお前を倒してでもそんな未来を覆すの!! だから!!」
「アイラァああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ドッッッゴォンッッッ!!!! と。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の拳がイリュヘルナの顔面を打ち抜く。迸る黄金の閃光が巨人の肉体を跡形もなく消し飛ばし、再生の起点を奪い去る。
ーーー☆ーーー
トン、と降り立ったアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢へとアリス=ピースセンスは小さく笑いかける。
「よくやったわねぇ」
「はい、はいなのっ!!」
感極まったのか、勢いよく抱きついてきた男爵令嬢をアリスは優しく抱きしめ返した。