第四十九章 アタシには手繰り寄せられない種類の結果ですね
黄金の閃光が巨人を削る。これまでと違い、破壊に再生が追いつかない。ゆっくりと、だが着実に削り取られていく。立場が、戦況が、傾く。
(ま、ずいわねえ! 治癒が追いつかなくなってきたのもそうだけど、それ以上に百以上の出力口を用意されたのが響いているわねえ)
イリュヘルナはアリスに背負われている男爵令嬢を狙おうとするが、それを阻止するようにクソッタレどもが黄金の閃光を放つ。
(おそらく『勇者』とアイラ=ミルクフォトンだけでもワタシの治癒能力を上回る力を獲得できたはずよねえ。まぁそれだと『勇者』はアイラ=ミルクフォトンを守りながら戦わないといけないんだけどねえ。明確な弱点があれば、そこを突けばいい。アイラ=ミルクフォトンを撃破する、できずとも庇いながらでは全力を出せず治癒能力を上回るほどの破壊はできない、となってもおかしくなかったわよねえ)
だが、そうはなっていない。
百以上のクソッタレどもが盾となる。
(そうよねえ。明確な弱点を守るために百以上の出力口を用意したのよねえ! 『勇者』の力を増幅するためではなく、アイラ=ミルクフォトンという明確な弱点を守る手駒を増やすためにねえ!!)
包囲網は完成しつつある。
明確な弱点を守りながら、治癒能力を上回る力でもって削る。その連続が、積み重ねが、イリュヘルナを撃破することだろう。
だというのに、
「んふっ」
イリュヘルナの口元には笑みがあった。
追い詰められた者特有の自暴自棄な笑みではない。勝ちを確信した者特有の自信に満ち溢れた笑みであった。
「んふっ、んふふっ! 弱点を守るために多くの手駒を用意したい気持ちはわかるわよねえ。だけど、九割以上を男で埋めたのは間違いだったよねえ」
「……、テメェ」
「酷いわねえ、アリス=ピースセンス。ワタシが何を操るのか忘れたみたいねえ」
そう、淫魔イリュヘルナの本質は男を魅了し、支配すること。その名をスキル『絶式・色欲』。その力は騎士団長やシルバーバースト公爵家当主、果ては国王さえも支配するほどに『男相手には』絶大な効果を発揮する。
「さあ男どもよ、ワタシの美しさに傅き、ワタシの命令を叶えることに幸運を感じる奴隷に落ちることよねえ」
スキル『絶式・色欲』が発動する。
『男相手であれば』どんな強者でも支配する力が戦場を舐め尽くす。
そして。
そして。
そして。
「「「うるせえデカブツ!! ボンキュッボンなナイスバディになって出直しやがれえッッッ!!!!」」」
直後に百以上の黄金の閃光が巨人を撃ち抜く。抉り、砕き、貫き、損傷を広げていく。
「な、にが……男はワタシの魅力に逆らえないはずなのよねえ!!」
「きゃは☆ 残念だけど今のクソッタレどもはわっちたちと混ざりぃ、『一つの個体』となってるのよねぇ。わかるぅ? テメェお得意の魅了はわっちやネコミミのような『女の情報』によって動作不良を起こしたってわけよぉ」
「……ッ!? ま、さか、そこまで狙って──」
「いないとでも思ったのかなぁ?」
ーーー☆ーーー
戦況は劣勢だ。
このままでは淫魔は削り殺されることだろう。
だが、まだだ。
ようは再生能力を上回る力を出力させなければいい。百以上の敵の何割かが淫魔イリュヘルナ以外を対処するように仕向ければいいのだ。
「まだ、まだよねえ! ワタシにはまだ手駒が残っているのよねえ!!」
イリュヘルナはヘグリア国の中枢を支配することで第一王子とセシリーとの婚約破棄を成功させた。目的はすでに達しているが、だからといって支配した男どもを手放す理由は特になかった。
つまり、
「ワタシの魅力に骨抜きにされた奴隷どもよ、その命を賭してこいつらを殺すのよねえ!!」
命令は放たれた。
王都内に潜む奴隷たちが動き出す。
ーーー☆ーーー
その時、大通りを複数の兵団の男どもが突き進んでいた。猛烈な速度で駆ける彼らはその全てがアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の肉体を介してイリュヘルナに魅了された者たちだった。
彼らがシルバーバースト公爵家本邸に辿り着く、その前のことだ。
ズバッヂィ!! と。
雷撃の槍が男どもを貫く。
巻き込まれた男どもが痙攣しながら路上に倒れる。
気がつけば、男どもの進路を塞ぐように複数の女が立っていた。
兵団『クイーンライトニング』。
女だけの兵団であり、どこぞのクソッタレの集まりと同じくイリュヘルナの支配を受けていない国家戦力であった。
何やら『イリュヘルナ様のために』だの何だの虚ろな目で呟いている男どもを見据え、黒いビキニの上から淡い赤のロングコートを羽織った二十代前半の女は呆れたようにため息を吐く。
「情けない、なっさけないったら情けない!!」
兵士長レフィーファンサ。
『クイーンライトニング』を束ねし兵士長はロングコートを靡かせ、その手に二重に魔法陣を展開、水と風の混同魔法たる雷撃を放出し、男どもを撃ち抜く。
「何がどうなっているかは知らないし興味ない。狂っているなら元に戻すだけ。ぶっ殺してでもね!!」
特別なスキルや魔法なんて必要ない。
戦士としての嗅覚だけで目の前の兵士たちが何かに操られていることを看破した兵士長は問答無用で魔法攻撃を仕掛ける。
そうして男どもを蹴散らしながら、レフィーファンサは公爵家本邸へと視線を向ける。正確にはそこから迸る悪友の力の波動へと。
「ふんっ。アリスのことだし、そっちはうまくやるはず。だから、うん、こっちは私たちがどうにかしないとねっ」
ーーー☆ーーー
その時、本邸の中では私兵たちが動いていた。長男や当主のように彼らもまたイリュヘルナの支配下であった。
彼らは過去『あるメイド』に喧嘩を売り、もれなくトラウマを刻まれた者たちであった。そのトラウマは絶大であり、『あるメイド』を捕縛しようとしている第一王子に同行しろというイリュヘルナの命令を跳ね除けるほどだった。
そんな彼らが『勇者』の力を何倍にも増幅した集団に襲撃を仕掛ける命令は素直に聞いていた。『あるメイド』よりもよっぽどマシだと安堵さえ滲ませていた。
ゆえに命令通りに襲撃を──
「悪いが、ここから先は通すわけにはいかん」
──仕掛けようとしたところで男の声が響いた。真正面に立ち塞がる『クリムゾンアイス』所属の隻眼の大男は迷いなく私兵たちへと突っ込む。
左小指に赤い糸を絡ませ、右腕を黄金に輝かせて。
ーーー☆ーーー
貴族とは『力』の象徴である。
支配者とは暴力を極めし者である。
中には個人で軍勢を粉砕できるだけの力を持つ怪物さえも存在するがゆえに、上に立つ者には相応の暴力が求められた。というよりも、暴力がなければ反乱一つで玉座を奪われる。
ゆえにヘグリア国で最も強き者とは国王を指す。あの第一王子さえも『上』だと認めるほどに絶対的な暴虐の象徴であった。
──国王がいれば話は変わる。
それほどまでに国王は強く、『搦め手』を得意としていた。その正体は膨大な数のスキル。先天性の才能たるスキルを複数所有するような人間はそれこそ英雄クラスの天才であるというのに、国王はスキルを百でも千でも保有しているのだ。
様々な性質のスキルを組み合わせれば、単純な暴力以上の結果を出せる。『勇者』には勝てずとも、足止めし封殺することくらいは可能なのだ。
「さて、と」
シルバーバースト公爵家本邸から四キロほど離れた路地裏の一角でイリュヘルナの支配下に落ちている国王が膨大な数のスキルを使い、百以上の出力口を封殺する──寸前であった。
カツン、と。
足音が、響き、
「っ!!」
ゴッギィィィンッッッ!!!! と。
懐に飛び込んできた誰かの拳と国王の拳が激突する。
その誰かは片眼鏡をかけた、燕尾服の女であった。
「貴様はアリシア国の──」
「第五王女様のメイドですわよ」
武力を司りし第五王女ウルティアのメイドは踊るように四肢を振るう。アリスや第一王子よりも強い、まさしく最強の中の最強たる国王でさえも、受けた腕が痺れるほどだった。
「アリシア国の人間がなぜ介入してきた? 何を企んでいる!?」
「他の王女や王妃が何か企んでいるかもしれないけど、私の望みは常に一つですわね」
メイドは言う。
胸を張って、当然のように。
「第五王女様が幸せになること、それが私の望みですわね。だからあんなに楽しそうに遊んでいる王女様の邪魔はさせないですわよ!!」
武力を司る第五王女に尽くすならば、第五王女よりも強くなければならない。そう考え、実現したメイドはその武力を存分に振るう。
第五王女ウルティアの楽しみを守るために。