第四十八章 おそらくあいつを軸とすることに意味を見出しているんですね
ゴッバァ!! と轟音が炸裂する。
四十メートルもの巨体から繰り出される拳や蹴りをエルフの華奢な右腕が受け止め、弾く音であった。
『清浄なる右』。
黄金に輝くは歴代『勇者』の魂の咆哮。四百に届こうとしている強者たちの力を束ねし右腕には魔を滅し、悪を粉砕することで無辜の民を守護する力が備わっている。魔族や悪魔が相手であっても、『清浄なる右』は正義を貫き、勝利と共に平和を紡ぐことだろう。
だが、
(足りぬのう)
打撃の交差の度に巨人の肉が抉れ、骨が砕けるが、それまでだ。最初に切り落とした腕さえも五秒もしないうちにくっついていた。肉が抉れ、骨が砕ける程度の損傷であれば次の交差の時には治っている。治癒系統のスキルと魔族の肉体が持つ驚異的な自然治癒能力による超高速回復に追いつけない。
ゴッ!! と上空を駆け回りながら空気の槍や鞭を放つ第五王女の後押しもあるが、それでも削りきれない。決定打が足りない。
凌ぐことはできるが、殺すことはできない。
その意味を『勇者』は噛みしめる。
(悪魔にしろ魔族にしろ、内蔵しておるエネルギー量は膨大なものじゃ。いかにわらわが『勇者』といえども持久戦となっては勝ち目はないじゃろう。それこそ『封印』するしか手はないのかもしれんのう。あくまで『封印』であり、悪を滅するわけではないとしても)
ゆえに歴代『勇者』は強大な敵に対して『封印』を用いてきた。己よりも強い相手にも通用する、というメリットに依存して、いずれは活動を再開するというデメリットを無視してきたのだ。
(……、そうやって『次』の時代に負債を押しつけてはいずれ限界がやってくる。許容範囲を超えるのは目に見えておる。最終的には同時多発的に負債が復活して、致命的な敗北を喫するだけじゃ!!)
それこそ、今目の前に立ち塞がっている巨人がその片鱗ではないのか。魔族と悪魔、二大巨頭が同時に顔を出し、猛威を振るっている『だけ』で対症療法に頼らざるを得ないのならば、現在『封印』されている悪意のいくつかが同時に解き放たれれば勝ち目はなくなるのだから。
(わらわの代で押しとどめるのじゃ)
『封印』は便利だが、根本的解決にはならない。悪意は活動を封じられているだけであり、依然として胎動しているのだ。
ゆえに、今代の『勇者』は『封印』には頼らない。己よりも強き者にさえも通用する便利な対症療法を捨て、根本的解決となるよう討伐を目指す。
(大陸中に溜まりに溜まった負債、『封印』という安易な対症療法が積み重ねた負の遺産に立ち向かい、切り崩し、致命的な敗北による悪の席巻を阻止しなければならぬ。だからこそ、この一戦は負けられぬ。決して!!)
想いは熱く、真っ直ぐで、まさしく正義であった。だが、それだけだ。精神論だけで勝てるならば、『勇者』など生まれない。誰もが大切な何かを想い、守り抜いていたはずだ。
『勇者』なんてものが生まれた理由は一つ。
強くなければ何も守れないからだ。
ドゴバギベギバッゴォン!!!! と鈍い音が連続する。四十メートルもの巨体が生み出す膂力、またその巨体が生み出す衝撃が何倍にも何十倍にも増幅され、収束し、『勇者』を打ち抜く。
一撃必殺なんて必要ない。
少しずつ、しかし着実に削っていけば、どこかで限界はやってくる。雫が石を穿つように、何度も何度も積み重ねられる小さな損傷がやがて致命傷へと発展する。
ぶじゅっと赤い液体が噴き出す。
負荷に耐えきれず、右腕が弾けるように壊れ、鮮血を噴き出しているのだ。
絶対的な『量』の暴力。
巨大な身体に秘められし膨大な『量』が押し寄せる。魔族に悪魔。生物として遥か高みに存在する怪物を殺せる未来が見えない。
ゆえに、ここで終わり。
いくら『勇者』や第五王女が強くとも、かつて大陸を鮮血と死で埋め尽くした怪物には敵わない。
だから。
だから。
だから。
「にゃあ! 受け入れるにゃーっ!!」
びぢゅっ! と。
『勇者』と第五王女、アリスを含む『クリムゾンアイス』のクソッタレどもの左手、正確には小指へと赤く輝く光の糸が絡みついた。
流れる。
強制的に脳内へと浸透するは赤い糸の『性質』に関する情報と、単純な問いかけ。
一つとなることを受け入れますか?
(なるほどのう。悪に立ち向かうのは『勇者』だけにあらず、か。まぁそう不思議なことでもないか。六百年前だって、皆は迫る悪意を前に『勇者』の後ろで震えていたわけではなかったみたいじゃし。ぬははっ、よろしい! 乗ってやろうではないか!!)
「不遜にも『勇者』の力さえも利用せんとするその心意気やよし!! わらわたち『勇者』が積み重ねてきた力、存分に利用するが良いぞ!!」
瞬間。
百以上の黄金の閃光が巨人を襲う。
ーーー☆ーーー
スキル『人命集約』。
生物を繋げ、『一つの個体』とみなすネコミミ女兵士のスキルである。時間制限があるため長期戦には不向きだが、そもそも今のイリュヘルナ相手には短期決戦が最適なため問題はない。
このスキルは記憶、魔力、生命力、とにかく生命の構成因子を一纏めとするため、力の一点集中を可能とする。
ゆえに、
ゴッッッバァ!!!! と。
『勇者』とスキル『人命集約』にて繋がったクソッタレどもが黄金の閃光を放つことも可能なのだ。
情報の集約。
力の凝縮。
『勇者』の力へとアリスを含む百人規模の『クリムゾンアイス』の力を上乗せした黄金の閃光であった。
言うなれば一つのエネルギー源を軸とした、百以上の出力口を持つ生物といったところか。繋がりさえあれば、誰でも『清浄なる右』やスキル『運命変率』を使えるのだ(ただし『一つの個体』として扱われるため、一つの目的しか設定できないみたいなデメリットがあった場合、『一つの個体』の誰であっても目的を設定すればそれ以上は設定できないのだが)。
集約による合計。
『勇者』単体では届かずとも、『クリムゾンアイス』という百人規模の兵士の力を上乗せすれば、これまで以上の破壊も可能である。
「んふっ、んふふっ!! それがどうしたってことよねえ!!」
瞬く間であった。
黄金の閃光によって抉られ、巨人の輪郭を崩すほどの損傷が塞がる。
「たかが矮小なる人間の力を上乗せした程度でどうにかなる戦力差とでも思ったのかねえ! ワタシは淫魔イリュヘルナ。『魔の極致』第八席の肉体を得て、更なる高みに昇華した高次元生命──」
「アハッ☆ これはいいねーっ!!」
黄金の暴風が巨人の側頭部に叩き込まれる。
数百の果物を一斉に踏み潰したような音が響く。
「が、うあ!?」
第五王女ウルティアが放ったのは黄金の暴風であった。そう、彼女もまたスキル『人命集約』にて接続、『勇者』の力を手にしており、その力を『大気技術』に上乗せすることで黄金の暴風を生み出したのだ。
「だ、かりゃ……ッ!」
巨人の頭部の三分の一ほどが砕かれる。口の形が崩れ、声が歪む。脳漿をぶちまけ、血の雨を公爵家の敷地内にばら撒き、そして、
「その程度でどうにかなる戦力差じゃないのよねえ!!」
やはり、瞬く間に塞がる。
いくら武力を冠とする第五王女といえども『勇者』ほどの力を持っているわけではない。(大きく見積もって)『勇者』に選ばれるほどの実力があるとしても、だからこそ四百に届かんとしている強者の魂を積み重ねた『勇者』には届かない。第五王女でさえも『勇者』の約四百分の一程度。最強の兵士たるアリス=ピースセンスを(大きく見積もって)第五王女と並ぶと考えたとしても、残りは犯罪者まがいのクソッタレどもである。いくら数を揃えようが、全部足そうが、何パーセントか『勇者』の力を増幅する程度である。
だから。
だから。
だから。
「きゃは☆ 酷いわねぇイリュヘルナ。散々利用した女の力を忘れたわけぇ?」
それは矮小なる人間の女であった。
最強の兵士などと呼ばれ、もてはやされているだけの、悪魔の足元にも及ばない弱者であった。
アリス=ピースセンスは少女を背負っていた。
それはイリュヘルナが天敵たる第一王子を封殺するために利用していた少女であった。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢。
闘う力などロクにない少女であった。なぜか彼女だけはスキル『人命集約』で『勇者』と繋がっていなかった。彼女には大した力がないとはいえ、スキル『人命集約』で繋がれば『勇者』の力を使えるというのに。
戦場に立っているならば、身を守る『力』を掴まない理由なんてどこにもないはずなのに。
と。
男爵令嬢の、可憐な唇が動く。
「スキル『天使ノ抱擁』」
ゾッッッン!!!! と。
突如黄金の閃光の力が何倍にも増幅された。
「な、にが……っ!?」
「本当酷いわねぇ。イリュヘルナ、テメェが散々利用していたアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は確かに戦闘能力自体は大したことないわよぉ。だけどぉ、何の力も持ってないってわけじゃないわよねぇ?」
「スキル、『天使ノ抱擁』……あ、ああっ!?」
「やっと気づいたようねぇ。そうよぉ、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は抱きしめた対象の総力を何倍にも増幅するスキル『天使ノ抱擁』を使えるのよぉ」
アリスは男爵令嬢を背負っている。背負うことで、抱きしめられている。ゆえにアリスを対象としてスキル『天使ノ抱擁』は作用する。
──スキル『人命集約』によって『一つの個体』として扱われている力の全てに作用する形でだ。
「『勇者』の力に多少足したってテメェには届かないかもしれないわねぇ。だけどぉ、増幅なら話は別よねぇ?」
「こ、の、ワタシに利用されるしか存在価値のない肉人形ごときのスキルで──ッ!!」
「そうやって見下していた奴の力でぇ、テメェは死ぬのよぉ!!」
ゴッッッドォン!!!! と。
最後の激突があった。