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第四十六章 あの人の魂を受け継ぎし者ですね

 

『魔の極致』第八席ノールドエンス。

 六百年前の覇権争奪大戦時に大陸南部を席巻した巨人である。四十メートルもの体躯から繰り出される打撃はそれだけでも地形を変えるほどの威力があるが、加えてノールドエンスは衝撃の伝播効率を何倍にも増幅、あるいは操作するスキル『衝撃伝送』を持つ。数キロ離れた最高峰の城塞さえも拳一つで紙細工のように粉砕できる、と言えばその脅威も理解できるだろう。


 そして淫魔イリュヘルナ。

 男であれば数分もあれば骨抜きにできる魅了スキルだけでなく、治癒系統のスキルを併せ持つ。損傷、病気関係なく癒すスキル『損害補填』と自然治癒能力を掛け合わせれば致命傷でさえも完治させることができるだろう。それこそ細胞一つ残さず消し飛ばし、再生の起点を抹消するくらいしなければ、イリュヘルナを殺すことはできない。加えて彼女は堕落のパターンを複数所持している。最低でも男を骨抜きとする色欲、無気力状態による精神的防衛力の低下を利用する怠惰が確認されているが、それだけであるという保証もない。彼女が自由に大陸を闊歩すれば、複数の堕落が撒き散らされ、生命の尊厳は地に堕ちることだろう。


 魔族と悪魔。どちらも反則的な怪物であるというのに、二つの因子が融合を果たした。


 巨人の肉体を得た淫魔が動く。

 その脅威を存分に世界へと解き放つ。



 ーーー☆ーーー



 その時、ネコミミ女兵士は巨人を見据え、一つ頷き窓ガラスを蹴り破っていた。


「なっ、何をやっているでしょーか!?」


 そばで見ていたメイド長が驚いたように声をかける。


 と、ネコミミは当然のように、


「にゃあ。悪い奴見つけたし、やっつけてくるにゃっ」


「悪い奴って、あんな怪物と戦うつもりでしょーか!? いくら兵士でもあんな怪物に敵うわけないでしょーよ!?」


「確かに勝てそうにないにゃあ」


「なんで、そんな、だったらどうして戦うんでしょーか!? わざわざ死ににいかずとも、一緒に逃げましょーよ!!」


「んにゃ。それはだめにゃあ」


「どうして!?」


 恐怖からか心配からか、掴みかかる勢いで疑問を吐き出すメイド長。対してネコミミ女兵士はトンッと己の胸を親指で叩き、当然のようにこう答えた。


「巨人が無秩序に暴れれば、逃げきれずに巻き込まれるにゃ。そうならないよう足止めする奴が必要にゃ。なら、それは兵士の仕事にゃ。誰かを守るのが兵士の仕事だからにゃ! 大丈夫、『クリムゾンアイス』が時間を稼ぐから、貴女は早く逃げるにゃ!!」


 言って、笑って、ネコミミは蹴り破っておいた窓ガラスから外に飛び出す。誰かを守るためなら、彼女は勝てるわけがない敵にだって立ち向かえる。



 それに──ネコミミには勝ち筋は全く見えないが、彼女が信頼するアリスであれば突破口を切り開いてくれるかもしれない。



 ーーー☆ーーー



 第五王女ウルティアが空気を纏い、地面を蹴る。ボッゴォ!! と『大気技術(エアロアーツ)』が深いクレーターを生み出すほどの推進力を発揮する。ほんの一歩、軽い踏み込みでもって四十メートル、つまりは巨人の頭部と睨み合う位置まで飛び上がったのだ。


「アハッ☆」


 腕を横に薙ぐことで生み出された十メートルはある空気の鞭が巨人の側頭部を打ち抜く。圧縮された空気の性質を増幅したその一撃は上級魔法さえも粉砕する威力を誇る。


 だが、


「んふふ」


 微かに傾いただけだった。薄く裂けて、塞がる。それだけで済んでしまうほどに巨人の皮膚は強固なのだ。


 絶大な膂力と強固な皮膚を併せ持つ魔族の肉体だけでも壊すのは至難の技であった。加えて今の巨人の中には淫魔が『上乗せ』されている。



 プシュッ!! と。

 巨人の背中が裂けて、血の翼が噴き出す。



 数十メートルにも及ぶ長大な赤き翼が振るわれる。左右から第五王女を挟み込み、引き裂かんと。


 ゴッボァ!! と両手を差し出し、左右それぞれに『大気技術(エアロアーツ)』で増幅、支配した空気の槍を放つ第五王女。激突と共に空間が軋む。受け止め、しかしギヂギヂギヂッ!! とゆっくりと、着実に押し込まれていく。


 それでも。

 突破と共にその華奢な肉体が粉々に吹き飛ぶと分かっていて、なお、


「アハッ☆ あははははっ!! 楽しくなってきたねーっ!!」


 第五王女ウルティアは満面の笑みを浮かべていた。戦いとはこうあるべきだ。絶望的なまでに高い壁を真っ向から立ち向かい、難攻不落の金字塔を粉砕することにこそやりがいがあるというものだ。


 ぶぢ、ぶぢぶぢぶぢぃ!! とウルティアの両腕が内側から爆ぜる。左右から迫る数十メートルクラスの血の翼を受ける空気の槍が押し込まれ、それを支える両腕が耐えきれていないのだ。


 だというのに。

 血の翼を受けるだけでも全力を振り絞っているというのに、


「矮小なる人の子ごときがワタシに勝てるとでも思ってるのかねえ」


 ゴッ!! と拳が飛ぶ。四十メートルもの体躯を誇る巨人が放つ右拳である。空気を裂くだけで公爵家本邸が軋むほどの暴風が吹き荒れるほどだ。その威力も相当なものだろう。


 加えて、


「スキル『衝撃伝送』」


 巨人のスキルが作用する。

 空気を引き裂く衝撃を増幅し、操作することでねじ曲げられた衝撃波が第五王女ウルティアへと殺到する。


「が、ぶ!?」


 全方位から炸裂した衝撃波が華奢な肉体へと響く。内臓に直接突き刺さるような衝撃波を受け、ウルティアの口から血の塊が吐き出される。


 衝撃波で押さえつけ、身動きを封じ──そこへ本命の右拳が襲いかかる。


 その。

 寸前であった。



「明確な悪じゃの。これは正義の出番であろうな」



 ザッゾォンッッッ!!!! と。

 下から上に突き抜けた黄金の一閃があった。光り輝く斬撃に似た閃光は巨人の右脇に潜り込み、突き抜け、右腕を切り落としたのだ。


 ドスン……ッ!! と地面に落ちた右腕が重厚な音を響かせる。遅れて赤黒い液体が噴き出した。


「この、力は……っ!?」


「ちえっ。誰だよう、お楽しみ邪魔するのはーっ! 空気読めって話だよねーっ!!」


 巨人は右肩を押さえながら、足元を睨みつけていた。第五王女は弾けた両腕からだらだらと鮮血を垂らしながらも、不機嫌そうに口を尖らせていた。


 そして。

 巨人の足元には純白の着物姿の爆乳エルフが立っていた。


「『勇者』リンシェル=ホワイトパレット、正義を貫きに推参なのじゃっ!!」



 ーーー☆ーーー



「おっ、いたいたっ」


 ぶんぶん手を振りながら、公爵家本邸の正面に走ってくる集団があった。裏から本邸を攻めるために割り振られたクソッタレどもである。


 どう逃げようかと思案していた正面に割り振られたクソッタレどもは突如出てきた『勇者』を指差して、


「おいあれって『勇者』だよな!? なんであんなの出てきたんだ!?」


「今回のアレソレは『勇者』が出てくるような案件だったみてえだっ。分かるか? 俺らにどうこうできるもんじゃねえってことだ!!」


「なるほど。よしっ、逃げるかっ」


「そうなんだよ早く逃げなきゃなんだよ! 『勇者』クラスの戦闘に巻き込まれちゃたまったもんじゃねえんだ。どこぞの馬鹿が馬鹿なこと言い出す前にトンズラしねえとなんだよ!!」


 と、その時だ。

 ネコミミ女兵士がクソッタレどもの中に飛び込んできた。


「にゃあ! お仕事にゃ!!」


「はいはい逃げるぞネコミミっ。お前は良い子ちゃんすぎるんだって。ったく、アリスに毒されやがって」


「うにゃあ!?」


 ネコミミを担ぎ上げ、そそくさと退散すべく動き出すクソッタレども。『勇者』クラスの戦闘に巻き込まれたら即死に決まっているし、なんだか嫌な予感が──



 ドッバァン!! と。

 クソッタレどもの真正面の地面から漆黒の炎槍が飛び出す。そうしてこじ開けられた穴から分厚い鎧を着込んだ小柄な女、つまりはアリス=ピースセンスが飛び出していた。



 アリス=ピースセンスは男爵令嬢を背負っていた。彼女はクソッタレどもを見つけ、口元をつり上げる。猛烈に嫌な予感がしたが、止める間もなくアリスはこう告げた。


「きゃは☆ 大体揃っているようで何よりよねぇ。それじゃあのデカブツぶっ倒そうかぁ」


「うわあ! 嫌な予感ドンピシャだぜクソが!!」


「ま、待て待て待てって! 毎度の無茶振りかよ洒落になってねえぞ!!」


「早く逃げておけば良かったあ!!」


「にゃあ! ぶっ倒すにゃ!!」


 良い子ちゃんすぎるネコミミ女兵士以外はそれはもう嫌そうに騒いでいたが、そんなもので意見を曲げるようなアリスではないだろう。

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