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第四十五章 そう言える根底にこそ、アタシに足りない何かがあるのでしょう

 

「う、お、おおお!? なんだなんだいきなり何言ってんだあのデカブツ!?」


「ふざけんなよクソが! こちとら男爵令嬢捕まえて、裏で進行してるっぽい何かを華麗に阻止して、処分を撤回してもらいてえだけだっつーのにっ」


「クソデケェなおいっ。まさかあれが俺らが追いかけていた手柄の正体か!?」


 シルバーバースト公爵家本邸の正面、門の先に広がる庭を下からぶち抜き、飛び出してきた四十メートルクラスの巨人を前にクソッタレどもはもう泣きたいくらい狼狽えていた。



 ザンッ、と。

 そんなクソッタレどもを無視して、一人の女が前に出る。



 第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。武力を冠とする隣国の王女は顔中から歓喜を噴出させ、蕩けるように笑みを広げる。


「アハッ☆ 楽しそうな騒動に首を突っ込んだだけだったけど、ヘグリア国の異変ってばこれが原因だったとかー? まーなんでもいいかー。あれが何であれ、強いのはよーくわかるしさー」


 武力に特化した、破壊の化身。

 強敵とぶつかり、壊すことでしか楽しみを見出せない、生粋の戦闘狂が動く。


 ブォッワァッッッ!!!! と。

 袖などを引き千切り、動きやすいようにしている王女の周囲の空気が不規則に蠢く。空気を支配、その性質を増幅する『大気技術(エアロアーツ)』である。


 その力は半径三キロ内の空気を支配する。

 剣や槍みたいに狭い範囲に付加される他の『技術(アーツ)』とは比べ物にならない、広範囲支配型『技術(アーツ)』。


 その威力は貴族連中の魔法を受け止め、粉砕するほど。それだけの威力ある大気を半径三キロ内であればどこにでも振りかざすことができるのだ。


 これぞ武力の第五王女。

 生粋の戦闘狂が右手を振り上げる。


「アハッ☆」


 ゴッバァ!! と周囲の空気が凝縮、十メートルクラスの風の刃が放たれる。城塞を斬り裂いたこともある絶対的な暴力が巨人へと殺到する。


 対して巨人は微かに目を細めただけだった。

 直後、激突。

 胸を斜めに引き裂くように風刃が炸裂したのだ。


「……、へぇ」


 ぶじゅっと鮮血が噴き出した。

 巨人の薄皮一枚ほどが斬り裂かれ、微かな血が舞う。その傷も瞬きをした後には塞がっていたが。


「いいねー。期待以上だよー。これなら濃密に、熱烈に、『遊べる(壊せる)』ねーっ!!」



 ーーー☆ーーー



「ぶべばぶっ。くそ、くそくそくそ!! あんのクソ淫魔やってくれたなおいっ」


 シルバーバースト公爵家、地下。

 巨人が地下空間から飛び上がったせいで地下上部が崩落、大量の土砂が降り注ぎ、危うく生き埋めになる前にパンチパーマが風魔法でドーム状の暴風を展開。土砂を弾くことで生き埋めだけは回避していた。


 ……大量の土砂が覆いかぶさっている状態から、どうやって脱出するかという問題もありはするが。


「きゃは☆ さぁてこれからどうしよっかなぁ?」


 ドーム状の暴風の中にはアリスや男爵令嬢の他にも気絶しているシルバーバースト公爵家当主も入っていた。見殺しにするのは忍びない、というよりも、利用価値を見出したからこそアリスが引っ張り込んだのだ。


「……わたしの、せいなの」


 アリスの腕の中でアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢はそう言った。どうやら意識が戻ったようであり、どこぞの淫魔の支配から抜け出せているようだ。


「わたしが、イリュヘルナをこの世界に呼び込んだからなの。わたしが肉体を差し出したせいで、あんな、わたしのせいで!!」


「まぁわっちの答えは決まってはいるけど、それはそれとして一ついいかなぁ?」


 男爵令嬢の抱えていた問題に事態を好転させるような情報があるとは思えない。それでも、あえて、アリスは問いかけることを選んだ。


「どうしてぇイリュヘルナに肉体を差し出したのかなぁ? 三次元世界に進出する前であればぁ、誘惑やら何やらは作用しないはずだしぃ、『何か』を叶えるためにあんなのに肉体を差し出したのよねぇ?」


「それ、は……」


「それはぁ?」


 ギヂリッと

 アリスの腕の中で男爵令嬢は奥歯を噛み締め、拳を強く握る。


 まるで血反吐でも吐くように、絞り出す。


「妹を、助けたかったの。不治の病だって、どんな魔法やスキルでも治せないって! 後数日で死ぬだろうって!! そんなの認められるわけないの!! たった一人の妹を、どんな宝物よりも大切な存在を、治せない病だから仕方ないって切り捨てられるわけないの!! だから、差し出したの。肉体を差し出せば悪魔が妹を救ってやるって、だから!!」


 たった一人の妹を救うために悪魔をこの世界に呼び出した。一人を救うための行いが、これから大勢の人間を殺し尽くす。そんな結末を仕方ないで切り捨てられないからこそ、男爵令嬢は『わたしのせい』だと言ったのだろう。


 妹を見捨てることはできないが、だからといって大勢の人間が死んでいいわけではない。そんなのわかっていて、でもどうしようもなくて。


 ぐちゃぐちゃに顔を歪め、ドロドロとしたものを吐き出して、吐き出して、吐き出して──


「妹さん、助かったのかなぁ?」


「え、あ、はいなの。契約の効力を強くするためにも、取引内容を守るのが悪魔だから……」


「それは良かったわねぇ」


 非難も叱責も、何もなかった。

 それどころかほっと一息つくような、安堵さえ流れていた。


 アリスは頭を撫で……ようとしていたが、背伸びしても身長が足りなかったようで、諦めたように背中を撫でられ、困惑したように目を瞬かせる男爵令嬢。


「なんで、なの? わたしのせいで悪魔がこの世界に進出したのっ。魔族の肉体を得たイリュヘルナは今までよりずっと強大な力を手に入れたのっ。ここから先、あの悪魔のせいで大勢の人が殺されるのっ!! 全部わたしのせいなのに、なのに、どうして良かったって、そんな!!」


「だってぇ、不治の病で死んだ誰かはいないのよねぇ? だったらそれは良かったことよぉ。まぁ妹さんを救うことと引き換えに悪魔がこの世界に進出してぇ、男ども骨抜きにされたりぃ、どこぞの公爵令嬢が婚約破棄やら勘当やら追放やらされることになったけどぉ、()()()()()()()()()()()。誰も死んでないしぃ、それならやりようによっては取り繕うこともできるってぇ。……命だけはぁ、どうしようもないからねぇ」


「誰も死んでないって、そんなの、だって、これからあの悪魔が──」


「これからあの悪魔をぶっ倒せばぁ、誰も死なずに済むわよぉ」


 何ともなしに女はそう言った。

 アリス=ピースセンス。軍事になど一切関わりのないアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢でさえも知っている、最強の兵士はそう言ったのだ。


 だが、それは、


「いっ、いくら最強の兵士って言われているアリスさんでも、そんな、悪魔に勝つことはできないのっ。わたし、イリュヘルナに肉体を支配されていたからわかるの。さっきの戦闘であの悪魔は全然本気じゃなかったの!! 封印を解除することだけを考えていて、適当に相手していたの!!」


「そんなこと気づいていたわよぉ。でもぉ、あのクソ淫魔が妹さんが助かったってだけの最高のハッピーエンドを上からクソみたいな悲劇で塗り潰すというならさぁ、ぶっ倒すしかないわよねぇ」


 勝算など二の次なのだ。

 勝てるかどうかではなく、勝って何を守り抜くかが重要なのだ。


 アリス=ピースセンス、いいや『クリムゾンアイス』はクソッタレの集まりである。法律やら定説やら常識やらそんなものはどうでもいい。どこぞの誰が定めた正義ではなく、己の胸に宿る願望を掴むために好き勝手暴れてきたからこそ、彼らはクソッタレなのだ。


 ゆえに、諦めるわけがない。

 妹を救うことができた、そんな最高のハッピーエンドに泥を塗る奴がいるのならば、悪魔だろうが何だろうが根こそぎ粉砕するだけである。


「どう、して……だって一人のために大勢を殺すのは悪いことで、大勢が死なずに済むほうが良いことなのっ。関係ない人にしてみたら妹は()()()()()()()()()()()()()!!」


「もぉさっきから同じようなことばっかり言ってるわねぇ。そうねぇ、もう面倒だしぃ、悪をぶっ倒すのは兵士の仕事だからぁって感じで納得すればいいわよぉ。大丈夫ぅ、もうこれ以上貴女を傷つけさせやしないしぃ、妹さんが救われたことが大勢の人間を殺すことになったなんて結果にはしないからねぇ」


 どうして、と。

 至極まっとうな疑問を適当に切り捨て、アリス=ピースセンスは不敵に笑う。逃げられるわけないし、見捨てられるわけない。


 ──救われないほうが良かったなどと、そんな風に言わせたままでいいわけがない。


「というわけでぇ、反撃開始といこうかねぇ」


 そんなふざけた言葉と共に視線を向けられたパンチパーマはというと、それはもう大袈裟なまでに額に手をやった。


「もうアリスの甘ちゃんざんまいには怒りを通り越して呆れるわな。で、自殺志願のヒーロー様。格好つけるのはいいが、悪魔だなんだ相手にする前に生き埋め真っしぐらなこの状況どうすんだ!? 公爵家の無駄に広い敷地の地下空間だ、その分だけ無駄に広いんだ。それが崩れたってことは、それだけ大量の土砂が上に積もってんだぞっ。どうやって脱出するつもりだ!?」


「もちろんまるっとぶち抜いてだけどぉ」


「……、は?」

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