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第四十三章 本当嫌がらせだけは得意ですね

 

 特別なことなんて何もなかった。

 セシリーとミーナは出会い、触れ合い、日々を重ねていき、友好を深めていった。


 それだけ、だった。

 魔族の頂点に君臨し、大陸中を鮮血と死で埋め尽くした最強最悪の悪の親玉たる『魔王』を変えたのは、どこにでもある温もりだった。


 セシリーと一緒に本を読みながら、言葉を教えてもらった。


 庭の一角を借りて、セシリーと協力して花を育てた。


 私室の窓から見える夜空を見上げながら、何気ない会話を交わした。


 本当に特別なんてどこにもなくて。

 それこそ公爵家でなくとも体験できるようなものばかりだった。


 ──『衝動』に従い、壊すことがなければ、六百年前にだって手に入ったものだったのだ。


『…………、』


 ミーナはセシリーにだけ多くのことを伝えた。『消去』や『復元』のような強大なスキルを持っていること、遥か過去からこの時代にやってきたこと、色んな人と()()()()()こと、他にも多くのことを伝えていた。


 だけど、三つだけ言えていないことがある。

 ミーナが『魔王』であること、『衝動』のこと、そして覇権争奪大戦にて多くの生命を殺してきたことだ。


 ──あれはいつのことであったか。『お前からは強者のニオイがする』と言い出した一部の私兵たちにミーナが喧嘩を売られた時のことだ。喧嘩を売られたから、買った。殺して、『復元』する、それを彼らの心が折れるまで何度でも繰り返したのだ。


 その後のことだ。おそらく詳細は知らず、しかしミーナと私兵たちが喧嘩をしたという事実だけを聞いたセシリーはこう言った。


『ミーナ。どちらが悪いとかはひとまず脇に置いておくでございます。わたくし、暴力は嫌いでございます。傷つくのも傷つけられるのも絶対に嫌でございます』


 それは楔だった。


『だから、そんな簡単に暴力を振るわないで欲しいのでございます。揉め事があったなら、互いに譲歩してでも妥協点を見つければいいのでございます。そのためにわたくしたちは言葉を用いるのでございますから。決して、何があろうとも、暴力を用いて押し通すなんてことはあってはならないのでございます』


 ぐりぐりと。

 ミーナの魂を抉り、貫く、鋭利な楔であった。


『もしも言葉を尽くしてもどうしようもない時は逃げるでございます。逃げて、わたくしを頼って欲しいでございます。これでも権力だけは無駄に持っているのでございますからね。ミーナが悪くないのであれば、権力を用いて平和的に解決してあげるのでございます。こういうのも「貴族としての必須項目」でございますしね。あっ、もちろん誰かに襲われた時に身を守るために、あるいは食べるための狩猟であれば戦う必要があるのでございますがっ。なんだかこう言っておかないと、ミーナのことですから自分が殺されそうでも飢え死にしそうでも暴力を振るわないなどと言いそうでございますからね』


 言えるわけがなかった。

 もう手遅れだと。これまで振るってきた暴力は大陸を鮮血と死で埋め尽くすほど。セシリーが嫌いだと断じた暴力でもって多くの命を奪ってきたなんて、決して言えなかった。


 だからミーナは『できるだけ』暴力を振るわないよう努めてきた。第一王子がふざけたことを言った時は我慢できなかったが、それ以外であれば襲われた時や食べるための狩猟の範疇で収まるようにしてきた。


 せめて、そうしないと。

 セシリーが嫌う暴力の塊であることがバレてしまうのではないか、と。


 ()()()ミーナは必要以上に暴力を振るわない。誰かを傷つけたくないのではなく、ただただセシリーに嫌われないために。


 どこまでいってもミーナはミーナであった。セシリーのように優しくはなれない。本質は未だに大陸中を鮮血と死で埋め尽くしても何も感じていなかったバケモノのままなのだ。


 それでも。

 それでも、とミーナは望んでしまった。


 それだけ彼女の中でセシリーの存在が大きくなっていたのだ。何気ない、しかし光り輝く日常の中で、本人も気づかないうちに強烈なまでに。


 ミーナの本質は変わらない。

 だが、押さえつけることはできる。


 六百年前、『勇者』シェリフィーンは『衝動』に『封印』を施し、大幅に軽減することに成功した。僅かに残った『衝動』であれば、セシリーを想うことで我慢することができる。


 どこまでいっても自分のために。

 ようやく見つけた大切を失わないために。

 その果てに『勇者』シェリフィーンがミーナを『次』に進ませて良かったと思えるような何かを掴み取るために──だからこそ、第一王子の好きになんかさせやしない。


 ゆえにミーナは『今』を真っ直ぐに見据える。

 真っ向から、挑む。



「くだらない戯言を聞くつもりはありません。叩き潰してやるので、さっさとかかってきてください」



 森は朽ち、周囲を紅蓮の猛火に覆われた中でのことだった。立ち塞がるは第一王子を中心とした数百の精鋭たち。背後には『防壁』に包まれたセシリー。ゆえに、退くことはない。国家中枢に位置する暴力装置だろうが何だろうが、セシリーを害するつもりならそのことごとくをミーナは粉砕する。


 彼女は『魔王』である。

 第一王子の力がどれほどのものであろうとも、所詮は一国の金字塔でしかない。大陸全土を巻き込み、振り回し、壊し尽くした真なるバケモノに敵うわけがない。


『復元』で受精卵まで戻してもいいし、『転送』で宇宙空間に放り込んでもいいし、『停止』で生命活動を止めてもいいし、『消去』を放出する『不浄なる左』で消し飛ばしてもいい。


 力の差は歴然である。

 ここから先は『魔王』が席巻する。


 だから。

 だから。

 だから。



「スキル『絶対王政』」



 ブォンッ!! と。

 第一王子を中心として全方位に噴き出した淡い赤の光が猛烈な勢いで広がる。騎士や私兵、ミーナの身体を通り抜け、数キロほどのドーム状に膨れ上がったのだ。


 スキル『絶対王政』。

 その性質は──


「私は命じる。メイドよ、己が秘めし変化を促す因子、その全てを『元に戻せ』」


 ──変化を『元に戻す』こと。


 あるいは魔法やスキルのような森羅万象を歪める力、あるいは損傷や病気のような正常な状態を崩す因子。そのようなスタンダードから逸らす変化をスキル『絶対王政』は『元に戻す』。


 パンッ! とセシリーを覆っていた『防壁』が霧散する。──スキルが生み出す現象は自然な状態とは言えない。ゆえに『元に戻る』。


 そう、スキル『絶対王政』はミーナの中の変化を促す因子を無差別に『元に戻した』。それがどういった結果をもたらすか、スキル『絶対王政』を行使した第一王子自身さえも理解していなかった。



 バッッッヂィンッッッ!!!! と。

 ミーナの肉体内部に刻まれし変化──『衝動』を『封印』、軽減していたものが『元に戻り』、本来の性質を遺憾なく発揮する。



「づっ……あ!?」


『衝動』。

 世界の裏側に溜まりに溜まった穢れより生まれし魔族が先天的に宿す、生物を殺すことだけを促す原始の呪い。


 そんなものがあっても、ミーナはセシリーのそばにいることができた。それはひとえに『勇者』が『衝動』を封じ、軽減していたからだ。


 その枷を、変化を。

 第一王子は『元に戻した』のだ。


(あ、の、クソ王子、づ、ぐうう!! シェリフィーンが『次』に進めるようにと与えてくれた『封印』を、セシリー様と共に歩むための枷を、ぶっ壊しやがっ、ぶ、ぐぶっ!! あ、あのクソ王子が『封印』に気づいているわけがないでしょうし、無差別に広範囲に無効化系統の力を使ってきたんでしょうね。なるほど、はは、そうですか)


「クソ、野郎……ッ!!」


 バッゴォン!! と凄まじい轟音が炸裂した。己の肉体の調子を確かめただけでスキル『絶対王政』の影響を精査。身体能力という超常による変化を受けていない、自然な力から生み出される膂力は封じられてはいなかった。ゆえに莫大な膂力でもって地面を蹴り飛ばし、横殴りの雨のように放ったのだ。


 それこそ数千にも及ぶ矢の一斉掃射のようなつぶての一部、第一王子へと迫るものに関しては飛び出してきた騎士団長の剣の一振りで刈り払われた。残りは散らばるように馬に跨ったままの騎士や私兵を襲った。綺麗に騎士や私兵だけをぶち抜き、一瞬で原型が分からないほどに粉砕して、


「私は命じる。我が手駒が受けし崩壊の因子、その全てを『元に戻せ』」


 ──その変化もまた『元に戻る』。

 木っ端微塵となり、無数の肉片が飛び散ったはずなのに、次の瞬間には無傷の騎士や私兵が変わらず馬に跨っていたのだ。


「はは、ははははは!! これが王族だ、これが支配者だ!! メイドよ、思い知るがいいぞ。この世は生まれながらに勝者と敗者に仕分けされていることを。貴族の頂点に君臨する王族に矮小なる庶民が敵う道理は存在しないということをなあ!!」


 スキルも魔法も封じられた。

 損傷を与えても、すぐに再生する。


 まさしく絶体絶命。無数に兵士を動員できる国家相手に個人が無手で挑むようなものである。いずれどこかで朽ち果てることだろう。


 ──どうでもよかった。そんなものに構う余裕は、今のミーナにはカケラもなかった。



 殺せ、と。

 獲物が自分から殺されにきたぞ、と。

 これまで我慢してきた分だけ喰らい尽くせ、と。



 魂の底から響く『衝動』を押さえつけることに全力を尽くす必要があったからだ。


 第一王子は元より、どこぞの淫魔に操られている連中が死ぬのはまだいい。そうではない。誰が何人死のうがそんなものはどうでもいい。


 手を出せば、何かが終わる。

 殺しの味を思い出せば、決壊する。


 その矛先は、必ずやセシリーにも向けられる。『次』に進み、手に入れた大切を、他ならぬミーナの手で殺してしまう。


「嫌がらせの才能だけは、っづ、『魔王』以上ですね」


 目の前のクソ野郎を倒すだけでは終わらない。

 真なる敵は己が内側にこそ潜んでいるのだから。

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