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第四十一章 貴女様だけは必ずや守り抜きます

 

 淫魔イリュヘルナはアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の肉体を獲得した。その肉体を通して三次元世界に干渉することで支配領域を広げていく。


 淫魔にとって貴族が通う学園は格好の狩場であった。シルバーバースト公爵家が長男や騎士団長の息子のような国家の中枢に位置する権力者たちの子をスキル『絶式・色欲』で支配。そこから子を利用して、本命たる親に接触していったのだ。


 既にヘグリア国の中枢はイリュヘルナの手に落ちている。シルバーバースト公爵家当主や騎士団長、果ては王族さえも男であれば例外なく淫魔イリュヘルナの意のままに操られている。


 ゆえに第一王子が連れている騎士もシルバーバースト公爵家の私兵も全員が全員イリュヘルナの操り人形であった。国家の戦力においてイリュヘルナの影響を一切受けていないのは第一王子のような規格外か女性だけで構成された兵団『クイーンライトニング』、あるいはガラが悪すぎて男爵令嬢という立場では自然に接触する機会が作れなかった『クリムゾンアイス』くらいであろう。


 第一王子は既に袋小路に追い詰められている。

 騎士に私兵、騎士団長やシルバーバースト公爵家が長男グリズビー=シルバーバースト。第一王子が連れている数百もの人員はその全てが淫魔イリュヘルナの支配下なのだ。双方共に『第一王子を』追放し、封殺するために用意された人員であるのだから、ここからどう足掻いても破滅しか待っていない──と、そこまでなら、まだしも救いはあったかもしれない。


 破滅の因子は。

 すぐそこに。



 ーーー☆ーーー



 紅蓮に埋め尽くされていた。

 学園や公爵家の庭のような作られたものではない。自然に、何十いいや何百年もの時をかけて成長、あるいは淘汰していった末に出来上がった森の緑はどこにもない。


 燃え盛り、朽ちていく。

 セシリーが抱きついたって一割も囲めないほどに太い木々が燃え、砕け、崩れ落ちる。葉っぱの緑も鮮やかな花の色彩ももうどこにもない。紅蓮が覆い、黒く変色していく。


 それは隠れ家も同じだった。

 セシリーには何が起きたのか分からなかったが、『何か』によって破壊されたことくらいは分かる。家という形は吹き飛び、残骸が火を噴く。


 ──公爵家から勘当されたのは驚いたし、これまで『貴族としての必須項目』を詰め込んできた膨大な時間が無駄になることは虚しかったし、将来に対する漠然とした不安もあった。


 それでもミーナがいてくれた。ミーナが隣にいるなら、あらゆる楔から解放された自由を楽しむ余裕が生まれる。ここでならば、シルバーバースト公爵家が長女セシリー=シルバーバーストであった頃よりも充実した日々が送れると、そう思えた。


 楽しいと。

 大切な居場所だと。

 そう感じていた。


 なのに、全ては紅蓮が覆い、黒く染まった。

 短いながらもミーナと過ごしたかけがえのない思い出が詰まった隠れ家も、森や花の美しさも失われていく。『ただの』セシリーが手に入れた大切が崩れていく。



「申し訳ありません、セシリー様。アタシとしたことが対応が遅れてしまいました。よもやセシリー様を守るだけが限界とは情けない限りです」



 セシリーを抱きしめながら、ミーナはそう言った。周囲を淡い青の結界、つまりは『防壁』で覆うことで森を吹き飛ばした『何か』を防いだからこそ、彼女たちは無事であった。


「情けなくなんかないでございます。ミーナのお陰で助かったでございますよ。それより、これは……何が起きたのでございますか?」


「第一王子が色ボケ集団を引き連れてきたみたいです。はぁ、できればこうなる前に片付けて欲しかったんですが」


 第一王子、と。

 その言葉がセシリーの胸に痛みと暗い感情を伴って突き刺さる。


「わたくし、でございますか?」


 じわじわと。

 突き刺さった痛みが実感を増すごとに大きくなる。


「もう終わったはずでございます。婚約を破棄して、公爵家から勘当して、国外に追放して、それで済んだ話のはずでございます!!」


 溢れる、溢れる、溢れる。

 考えても仕方ないことだと、もう終わったことだと切り捨てて、前に進もうと吹っ切ったはずなのに──あの男はそれさえも踏みにじるというのか。


「それっ、それをっ、こんなっ、まだ足りないのでございますか? 大勢の人の前で見世物のように切り捨てて、それでも満足できないくらいわたくしのことが嫌いでございますか!?」


「そんなことはどうでもいいですよ。他者を傷つける、そんな『衝動』しか振りかざすことができない男が何を考えていようが、そんなものに価値はありません。……アタシと同じバケモノというだけの話です」


「バケモノって、ミーナはあんな奴とは違うでございます!!」


「……、そう言えるからこそセシリー様は凄いんです。そんなセシリー様だからこそ守りたいし、おそばにいたいし、大好きです」


 言って、振り返って、ミーナはセシリーから離れる。腕を離し、歩を進める。あらゆるものを防ぐ『防壁』にセシリーだけを残し、淡い青の結界の外に出たのだ。


 辺り一面が火の海であり、あらゆるものが燃え盛る外へと。『防壁』が防いでいた黒々とした煙や熱波に晒され、しかしミーナは無表情に前だけを見据える。


「ミーナっ」


「心配には及びません。騎士や私兵がいくら集まろうが、第一王子が出てこようが、アタシが負けることはありません」


 直後のことだった。

 ブォッバァ!! と火の海を吹き飛ばしながら、数百にも及ぶ集団が飛び出してきた。


 騎士団長率いる騎士団及びシルバーバースト公爵家が長男率いる私兵団、そして──



「ほう? 焼け死んでいるものとばかり思っていたが、害虫はしぶとさだけは一人前のようだ。いや、これは天が不敬女や身の程知らず女を私直々に裁けと言っているのだろうな。愚かしい罪にはふさわしい罰を、当然のことだよな?」



 第一王子ユアン=ヘグリア=バーンロット。

 その姿を確認して、ミーナは静かに拳を握りしめる。


 大人しく地雷女(淫魔)で満足していれば、こちらから手を出すことはなかった。第一王子なんかに構う時間がもったいないし、潰し合うことなんかよりも価値あるものを追い求めるために『次』に進んだのだから。


 だが、限度もある。

 こうなってしまえば、もう止められない。

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