第三十九章 できればもう一度会いたいものです
『勇者』とは大陸でも屈指の実力者が継承していく称号である。その呪いは死した後にこそ本領を発揮する。魂を現世に縛りつけ、次の『勇者』へと魂を憑依させ、力の継承とする。
とはいえ肉体を動かせるのは今代の『勇者』のみ。魂という力の器に人格さえも残しながら、歴代の『勇者』にできるのは今代の『勇者』の魂の中で揺蕩うのみ。意識だけは残り続け、しかし指先一つ動かせない永久の旅路。その苦痛は実際に『勇者』となった者にしか分からないだろう。
──全て承知の上で歴代の『勇者』は呪いを受け入れた。己を永久の牢獄に突き落とすことになろうとも、守りたい何かがあったからこそ。
『どうして戦争なんて引き起こしたのだわ!? 貴女たちが戦争なんて仕掛けなければ、誰も傷つかずに済んだのに!!』
『…………、』
『勇者』は激情のままに剣を振るい、猛火を放つ。その刃が振り回されただけで地面が裂け、その魔法が放たれただけで地面が蒸発する。余波だけで多大なる被害を撒き散らす、まさしく『勇者』と呼ぶに相応しい力であったが、『魔王』はただただ無表情に見据え、腕の一振りで吹き散らす。
『戦争……よく、分からない』
『な、ん!?』
『アタシ、「衝動」、従うだけ。それ以外、何も、ない。だから、殺す。生物、殺す、「衝動」しか、アタシには、ないから』
平坦な声音であった。
表情からも、声音からも、何も読み取れなかった。だけど、どうしてだか、『勇者』には目の前の魔族が酷く寂しそうに見えた。
『……、今更だわ。大陸中に悲劇が蔓延しているんだわ。ほとんどの国はその枠組みを維持できず崩壊したわ。どこもかしこも廃墟と屍肉で埋め尽くされているわ。「もしかしたら」魔族に悪意があったわけじゃないのかもしれない。だからって手は差し伸べられないわ。今までのことは水に流して、共に生きていこうなんて絶対に言えないんだわ。どちらかが大陸から消えないと、憎悪の連鎖は止まらないんだわ!!』
だから、と。
『勇者』は『もしかしたら』を切り捨てる。人類と魔族、どちらか一方が大陸から消えない限り、憎悪の連鎖は断ち切れないと分かっているからこそ、
『私「は」お前を排除するわ。そうすることで私が守りたいものを守り通すんだわ』
『……そう』
『だけどこれだけは覚えておいて欲しいんだわ。生物を殺す「衝動」だかなんだか知らないけど、そんなものはクソ食らえだわ! 誰を殺すとか殺されるとか、それだけが全てなんかじゃないんだわ!! 世界は広くて、優しいわ。「衝動」の外にこそ価値あるものがあるんだわ!! だから!! 「次」は「衝動」なんかに従わず、もっと別の道を選んで、こんな結末を迎えないようにしてほしいんだわッ!!』
大陸中が戦火に呑まれ、無事な建物を探すほうが難しいほどに破壊し尽くされ、多くの命が失われた。ここから手を取り合い、共に生きる道に進むなんて絶対にできない。
だけど、未来ならば。
与えた傷も与えられた傷も過去のものとなり、被害者も加害者もいなくなった未来でならば、誰もが笑って誰もが幸せな道だって選べるはずだ。
ゆえに『勇者』は賭けた。
目の前にいるのは『魔王』という恐怖の象徴ではなく、ただ何も知らない無垢な女の子であることに。
きちんと教えてやれば、伝えてやれば、『もしかしたら』何かが変わるかもしれないことに。
『よく、わからない』
無表情は崩れず、平坦な声音はそのままだった。
『だけど、もしも、「衝動」以外、何かある、なら……それを、見てみたい』
だからといって、彼女の魂に何も響いていないとは限らない。
『ちえっ。そんなの知るかって一蹴して欲しかったわ。そうしてくれれば、思いっきりぶん殴れたのに』
ザッ、と。
間合いを切り、両者共に動きを止めた時、だからこそ『勇者』はこう尋ねたのだ。
『貴女、名前は?』
『魔王』という記号ではなく。
一人の女の子として接するために。
『名前……識別のため、もらった。──アタシは、ミーナ』
『私はシェリフィーンだわ。ミーナ、「衝動」に関しては私が何とかしてあげるわ。だから、だから、ね。そこから先は、「次」は、もっと違う結末を迎えられることを願うわ』
それが最後の会話となった。
まるで示し合わせたように両者は激突、長き戦いの末に『勇者』は『魔王』の封印に成功したのだ。
ーーー☆ーーー
そして時代は巡る。
六百年後、封印の崩壊と共に『魔王』は『次』の時代へと進む。
ーーー☆ーーー
「……、シェリフィーン」
ぼそり、と。
なんともなしに思い出を振り返っていたからか、アタシはセシリー様の膝の上で『勇者』の名を口に出していました。
世界を救うために悪を殺すのが使命のはずの『勇者』だというのに、アタシみたいな『魔王』相手に討伐ではなく封印を選んだお人好しです。いや、お人好しだからこそ『勇者』に選ばれたんですかね?
何はともあれ、シェリフィーンの言葉がなければアタシは『衝動』以外の道を選ぼうと考えることすらなかったはずです。世界が滅びるか、アタシが殺されるか。どちらにしても、酷く空虚な結末を迎えるまで、殺しをばら撒いていたでしょう。
……それに、シェリフィーンはぶっつけ本番でアタシの身動きを封じる以外に『衝動』が軽減するよう封印を施していたみたいです。もしシェリフィーンが『衝動』を軽減していなかったら、アタシが自由になった直後に出会ったセシリー様を殺していたかもしれません。『封印』がかかっていない状態の『衝動』を押さえつけるのはそう簡単なことではないですしね。
ですから、シェリフィーンには感謝しています。できることならばもう一度会いたいものですが、あれは六百年前のことですからね。いかにシェリフィーンみたいな強者といえども、すでに次代へと『勇者』の称号を託していることでしょう。
今代の『勇者』の中にシェリフィーンもいるのでしょうが、『魔王』が出向いたら殺し合いになるのは目に見えていますしね。シェリフィーンがきっかけを作ってくれたお陰で手に入れた幸せです。自分から壊すこともないでしょう。
と、その時でした。
「シェリフィーンって誰でございますか?」
上、から、何やら不機嫌そうな声が、聞こえ、
「シェリフィーンとは、そうですね。大切な人です。向こうがどう思っていてくれているかはわかりませんが」
あれ、あれれ? どうしてセシリー様そんなぷくうって頬を膨らませて、ナニソレかわいい……じゃなくてですねっ!
「ふ、ふーん? まあわたくしには関係ない話でございますし? シェリフィーンとかいうヤツのことをミーナがどれだけ大切に思っていようとも、わたくしが口出しできるものでもございませんし? もっもしもっ、そのシェリフィーンとやらがわたくしよりも大切だとしても、別に、そんなの……」
ええと?
なんだか誤解されているような???
「もちろんセシリー様がアタシの中では殿堂入りにして不動の頂点です。大切だとか好きだとか、そんな言葉では表せないくらい凄い位置に君臨していますから」
何やら誤解しているようでしたから説明しただけでした。ですが、あれ? どうしてそんなに真っ赤になっているんですか???