第三十八章 奴に騙されたせいで酷い目にあいました
『勇者』。
呪われし守護の称号であり、『勇者』に選ばれし者は過去の『勇者』の力を受け継ぐ。
正確には初代から続く歴代『勇者』の魂が今代の『勇者』に憑依、歴代『勇者』の力をその身に束ねるのだ。ゆえに『勇者』の中には無数の人格が入り混じることとなるため、『勇者』に選ばれた時点で元の人格は変質する。
それを分かった上で、歴代の『勇者』たちは呪われし守護の称号を受け継いでいった。自我を無数の呪いに蝕まれようとも、誰かを守りたいと願う者はいつの世にも存在したのだ。
六百年前にも『勇者』は存在した。
第三百五十代『勇者』の少女の存在が戦況を大きく変えた。
純白の着物を羽織りし『勇者』の剣が魔族を斬り裂き、魔法が悪魔を吹き飛ばす。魔族の『変わり者』が拙いながらも指揮系統を構築、『魔の極致』と命名した強大な魔族さえも打倒、あるいは封印してみせたのだ。
そして、ついに。
『勇者』は『魔王』と対峙する。
『ようやくたどり着いたわ! さあ「魔王」、人々の笑顔のためにお前を倒してやるわ!!』
ふふん!! と胸を張る十代前半の少女の言葉に、同じような外見年齢の『魔王』は無表情で見つめ、こう返した。
『その服、他の奴ら、違う。なんで?』
『むふっ。そこ注目しちゃう? これこそは「勇者」に受け継がれし着物だわ!! 私みたいに胸が小さいほうがよく似合う、神聖な服装だわ!!』
強烈に前向きな少女であった。三百以上もの人格が荒れ狂っているだろうに、己を強く保つだけの意思の強さを持っているのだ。
『って、そんな話をしに来たんじゃないんだわ!! 「魔王」、世界規模の騒乱を終結させるために、お前を倒すんだわ!!』
ーーー☆ーーー
「うにゃあ」
ネコミミ女兵士は本邸内を逃げ回るうちに上に上にと追いやられていた。私兵を撒くことはできたが、肝心の地下からは遠ざかってしまったのだ。
と、そんな時だ。
通路を歩いていると、ひときわ立派な扉が内側から開き、一人のメイドが出てきた。
ビシッとメイド服を着こなした女は見知らぬネコミミ女を見つめ、
「見ない顔でしょーよ。何者でしょーか?」
「『クリムゾンアイス』所属の兵士にゃっ」
「『クリムゾンアイス』? まさかとは思いますが、外が騒がしいのは貴女たちが──」
「にゃっ。国を救いにきたにゃあ!!」
「……、はい?」
ーーー☆ーーー
シルバーバースト公爵家本邸を裏から攻めようとしていた五十人前後の『クリムゾンアイス』所属のクソッタレどもは足を止めていた。というか近くの建物の陰に隠れていた。
(や、やばいやばいやばいっ!!)
私兵どもはアリスたちや本邸の正面にでも回されているのか、裏に私兵はいなかった。
それ以上だった。
公爵家を守護する私兵なんて霞むほどの女が本邸を囲む壁を見上げていた。
白銀の長髪に透き通るような碧眼。とがった特徴的な耳を見るに種族は人間ではなくエルフだろう。耳もそうだが、盛り上がりに盛り上がった胸部も特徴的ではある。今みたいな場面でなく、彼女がただのエルフならクソッタレどもも目の保養最高と惚けていられただろう。
そう、彼女はただのエルフではない。
純白の着物こそ彼女の称号を示している。
(なんでこの局面で『勇者』リンシェル=ホワイトパレットが出てくるんだよお!! 最悪だもうこんなん最悪以外の何物でもねえよ!! 一応襲撃理由として男爵令嬢が良からぬことを企んでいる『かも』ってもんがありはするが、ぶっちゃけ何もわかってねえんだ。無関係『かも』しれない公爵家襲って、何もしてない『かも』しれない男爵令嬢襲おうとしているってバレてみろ。『勇者』の矛先がどこに向くかは目に見えているぞ!!)
とはいえ疑問もある。
なぜ『勇者』はこの局面で姿を現した? 偶然王都に来ており、偶然公爵家が襲撃されているのを見つけたから解決しに来たならまだマシだ。が、もしも、何らかの理由があって足を運んだとすれば?
(待て、いやまさか、そんな……実はこれって『勇者』が出向くほどの案件なわけねえよな? いやいやまさか、そんなわけねえって、ねえよなあ!?)
と、その時だ。
『勇者』の呟きがクソッタレどもにまで届いた。届いて、しまった。
「ようやくイリュヘルナを見つけることに成功したのじゃっ」
(ぎゃあああああ!! 『勇者』がわざわざ足を運んで見つけ出すくらいだし、それ同名とかそんな話じゃねえよな本物の淫魔イリュヘルナがここにいるってことだよなあ!? 最っ悪だーっ!!)
ーーー☆ーーー
「やっぱ、貴族は強えなあ……」
「ぶぶはっ。ああくそ、きっつう……っ!!」
シルバーバースト公爵家正面。門を守るように立ち塞がるは尊き『血』の継承者たち。一人でさえもクソッタレども五十人で束になって倒せるかどうか分からないというのに、同格の怪物が数十も揃っているのだ。
勝敗なんてわかりきっていた。
現在は『証言』者たちが適当に魔法を放っているだけなので(それでも被害は甚大ではあるが)全滅まではいっていないが、それも時間の問題だろう。敵の中には騎士団長の息子みたいに近接戦闘が得意な者も多いので、魔法攻撃をかいくぐり、どうにか距離を詰めても斬り殺されるのがオチだ。
「所詮はゴロツキの集まりだね。尊き『血』を受け継ぎし我ら貴族に敵うわけないのさ」
腰の剣を抜きもせず、盾を構えもせず、騎士団長の息子は不敵に笑みを浮かべていた。ムカつくが、そこまでだ。アリス=ピースセンスとまでは言わずとも、せめてネコミミ女兵士がいればとクソッタレどもは歯噛みする。
(アリスがいれば可能性を引き寄せられるし、ネコミミがいれば双方の同意の上で人間同士を繋げ、『一つの個体』とみなすスキル『人命集約』で俺たちの力を合わせることもできるっつーのに!! 一点突破なら、あのイケメンクソ騎士野郎をぶん殴ることだってできるのによお!!)
力の差は歴然であった。
数十の『証言』者たちによる一斉魔法攻撃が放たれる。色鮮やかな横殴りの雨のように走る魔法攻撃がクソッタレどもを粉砕する──前であった。
クソッタレどもと『証言』者たちの中間に馬車が飛び込んできた。
「なっ!? 馬鹿野郎っ!!」
「チィッ!! 逃げろお!!」
そして。
そして。
そして。
ゴッッッ!!!! と。
馬車が内側から吹き飛んだかと思えば、無数の魔法攻撃が吹き散らされたのだ。
「お、おおっ?」
「ん? おいおい、あれはまさか!?」
中にいたのは二人の女であった。
一人は燕尾服を着た片眼鏡の女、そしてもう一人は動きやすいようにドレスの袖などを引き千切った──
「ありゃあ隣国の王女か!?」
第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。武力を冠とする、七人の王女の一角である。
「アハッ☆ 先に手ぇ出したのはそっちだし、こっから先は正当防衛ってことになるよねー?」
……自分から魔法攻撃の射線上に入っておいての台詞であった。
「ヘグリア国の混乱につけ込んでどうのこうのって言ってた気もするけど、ウルティア的には暴れられればオールオッケーだし、楽しく『遊ぼう』かーっ!!」