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第三十六章 景気良く吹き飛ばしたような気がします

 

『魔王』は次元の壁を吹き飛ばし、表側の世界に進出した。漆黒の大地しかない、黒き裏側の世界とは違う。キラキラと光り輝く、表側の世界へと。



 ──ちょうど両軍が激突せんと迫る、その中間地点へと。



 ゼジス帝国とリギスス国。大陸中原を代表する二つの軍事国家による全面戦争の最中であったのだ。


 広大な草原にて雄叫びをあげ、目の前の敵めがけて突撃していた彼らは突如空間が砕け、一人の少女が出現する光景を目にしていた。目にしていて、そのまま突っ込んだ。勢いづいた軍勢はすぐには止まれないし、そもそも大陸でも有数の軍事国家同士の戦争の最中に出現した少女である。ただの一般人なわけがない。あれは敵だと両軍共に判断した。


 ゆえに押し潰そうとした。それが間違いだった。


 あるいはそこで世界の優しさを示すことができれば結果は違ったのかもしれないが、そもそも彼らは軍人である。私的にはどうであれ、公的には国家の意思に従順であるべきなのだ。


 今の彼らの使命は敵を粉砕すること。

 目の前に立ち塞がる生命は『とりあえず』粉砕して、もって自国の利益と変換しなければならない。



 だから吹き飛んだ。

 敵意を噴出させ、突っ込んでくる軍勢に対して『魔王』が『衝動』のままに力を解放したのだ。



 死だけが広がる。ゼジス帝国もリギスス国も関係ない。生きている者は平等に死を迎えたのだ。


 これが覇権争奪大戦のはじまり。

 大陸統一なんてカケラも意識せず、ただただ『衝動』のままに行動する魔族が表側の世界に進出する。



 ーーー☆ーーー



「きゃは☆ 待たせたわねぇ。というかぁ、よく待ってくれたねぇ」


 適当に嘯きながらアリスは公爵家当主が踏み抜いた地面を飛び越え、その先で悠然と微笑んでいたアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢……いいや、淫魔イリュヘルナと対峙する。


「んふふっ。大差ないからねえ。何がどう転ぼうとも、すでにワタシがチェックメイトを決めているものねえ。悪魔と魔族。過去に世界を席巻した極限の力を揃えたワタシに、随分と廃れ軟弱化した今の人類が抗えるわけないってことよねえ!!」


「魔族ぅ? それってぇ、そこの巨人のことぉ?」


「そうよ。『魔の極致』第八席ノールドエンス。六百年前の覇権争奪大戦における魔族側の十人の実力者の一人よねえ。他の『魔の極致』は死亡、あるいは消息不明。つまり現存世界に現れることができない状況だし、この巨人こそが現存する中で最強の魔族ということよねえ!! そこにワタシが加われば、六百年前に比べて随分と弱くなった人類に勝ち目はないわねえ」


「かもねぇ。何しろ悪魔は魔族と遜色ない実力者だものぉ。悪魔と魔族が手を組めばぁ、『勇者』でも登場しないことには人類に勝ち目はないかもねぇ」


 あまりにも軽い声音で言うものだから、(立ち向かうのは嫌だけど、見捨てられるのも嫌だから仕方なくついてきた)パンチパーマは乾いた笑みを浮かべていた。


「もうさあ、勘弁してくれよ。悪魔だけでも詰んでるのに、魔族だあ? そんなの無理だって逃げたいなあでもアリス逃げる気ないしなあ結局アリス負けちまったら俺たちに勝ち目なくなるしどちらにしても殺されるしなあ嫌だなもうこれどう死ぬか選べって感じじゃん……やだよお誰か助けてえ!!」


「助かるために戦うんでしょぉ? それよりぃ、イリュヘルナに一つ質問があるんだけどぉ、いいかなぁ?」


「今すごく気分いいし、いくらでもいいわねえ」


 質問? 何呑気なこと言ってんだ!? と騒ぐクソッタレを放って、アリスは口を開く。


「イリュヘルナの力があればぁ、公爵家を掌握することもできるよねぇ。なのにぃ、どうして婚約破棄騒動を引き起こしたわけぇ? 公爵家の敷地内に封印された巨人が欲しいだけならぁ、あの騒動は不要だったはずだけどぉ」


「それなら単純よねえ。ワタシのスキルは男を魅了して、支配する力よねえ。この力でシルバーバースト公爵家当主や宰相等、ヘグリア国の中枢は汚染しているわねえ。巨人の復活と共に全世界に向けて戦争を仕掛けることだって可能なほどにねえ?」


 愛らしい笑みが噴出する。

 男を誘惑することだけに特化した、甘い蜜を振り撒くように。


「だからこそ第一王子が邪魔だったよねえ。魔法、『技術(アーツ)』、スキル、何なら毒物や損傷さえもお構いなしに『元に戻す』あの力がねえ」


「スキル『絶対王政』。外部、内部問わず変化を打ち消す力だったわよねぇ。あらゆる超常の効果、毒物や損傷による変化を『元に戻す』、つまりは無効化するスキルは確かに厄介かもねぇ」


「だから排除するために暗躍してたってわけねえ。スキル『絶対王政』は基本的に第一王子に対する変化を『元に戻す』よう展開されているから、ワタシのスキル『絶式・色欲』で第一王子は支配できないし、やろうと思えば魅了されている貴族連中を『元に戻す』こともできるだろうから、一工夫必要だったわけねえ。まあもうそろそろ封殺できるだろうけどねえ」


「そういえばグリズビー=シルバーバーストが第一王子についていっていたわねぇ。グリズビーも支配しているとかぁ? とするなら支配した手駒を使ってぇ、第一王子を殺すつもりぃ? だけどどうやってぇ? あのスキルは無敵といってもいいほどだけどぉ」


「殺す必要はないわねえ。何せメイド捕縛メンバーは第一王子以外全員がワタシの支配下だものねえ。百でも二百でも使って、押し潰すように身動きを封じればいいよねえ。いかに第一王子のスキルが優秀でも、そもそも対峙しないよう調整すればいいだけだしねえ」


 そのためにイリュヘルナは国外に追放したメイドの捕縛を第一王子が行うよう誘導したのだろう。おそらくメイドが第一王子を殴っていなくとも、セシリーに罰を与えないととか何とか適当な理由をつけて、国外に追放したセシリーを第一王子が追いかけるように誘導したはずだ。


 ヘグリア国の外、第一王子の手駒がいない場所にてスキル『絶対王政』を封殺することで、万が一にも第一王子が助け出されることがないように。


 ……思えばセシリーを追放するよう誘導していたのはグリズビー=シルバーバーストだったはずだ。あの時点から『第一王子を』国外に追放する準備がされていたのだろう。


「それじゃぁ──」


「んふふっ。そうやって時間稼ぎして、何が目的? まあどれだけ策を立てようとも、ワタシに敵うわけないけどねえ」


 鈴が鳴るように含み笑いを漏らす淫魔イリュヘルナ。対してアリス=ピースセンスは小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、


「第一王子に怯えてぇ、回りくどいことやってた奴が何言ってるんだかぁ」


「あ?」


「そういえばぁ、過去には『勇者』にも負けていたっけぇ。そうかそうかぁ、実は人間が怖いんだねぇ。ビビっちゃってるんだねぇ」


「……、んふふ」


 ゴッア!! とイリュヘルナの全身から猛烈な力の波動が噴き出す。わざとらしいほどに分かりやすい挑発だったが、イリュヘルナには有効だったようだ。


「図に乗ってるわねえ。『勇者』や第一王子はあくまで例外であり、お前ら人類は悪魔に踏みにじられるだけの下等生物だってことを思い知らせてやるよねえ!!」


「きゃは☆ そうやって見下していればいいわよぉ! ズタボロに叩き潰された後にぃ、わっちたちも追放していれば良かったって後悔しても遅いからねぇ!!」


 そして始まる悪魔と最強の兵士の激突。

 その前に。

 アリスの脳裏には戦闘とは関係ない、でも看破できない思考が流れていた。


(『証言』してた貴族連中やそこに転がっている公爵家当主は淫魔に支配されていたからこそアホくせー行動してるみたいねぇ。でもぉ第一王子には淫魔の力は通用しないとぉ。……あの馬鹿だけが淫魔のスキルにではなくぅ、単なる演技に転がされてぇ、虜になってるってわけぇ? もしもあの馬鹿がもう少しまともでぇ、淫魔が国家中枢を支配しつつあることを見破っていればぁ、『元に戻す』ことでちょっとはマシな展開になってたよねぇ?……きゃは☆ なんでカミサマはあんな奴に凄い力を与えたのよぉ!! 勿体なさすぎるぅ!!)


 一人の馬鹿がスキルなんて関係なく籠絡されたせいで事態の悪化が止まらない。このままだと第二次覇権争奪大戦が勃発しかねないほどだった。

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