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第三十五章 過去の話ですね

 

 ──はるか昔のことである。


 魔族とは世界の裏側に広がる世界の住人であった。光あるところに闇があるように、表の世界があれば裏の世界だって存在する。


 世界の裏側には漆黒の大地だけがあった。大陸や惑星という『区切り』はない。あるのは無限に広がる地平のみ。平坦な漆黒の大地には表が光り輝く分だけ濃厚な穢れが蓄積されていく。


 陽だまりが光り輝いていればいる分だけ、影には濃厚な穢れが広がっていく。あるいは限界を超えてまで、どこまでも。


 ゆえに、それは必然であった。

 べぢゃり、と。

 漆黒の大地から吐き出されるように、魔族は出現する。あるいは世界の許容範囲を超え、溢れ出るように、穢れの濃縮体たる魔族は生まれるのだ。


 漆黒の大地に蓄積されるは穢れである。光り輝く表側の世界には不必要な悪意の塊なのだ。ゆえに穢れで形成された魔族は生まれながらにして『衝動』を宿す。


 殺せ、と。

 生きとし生ける者を殺し尽くせ、と。


 悪意の極限、その末に生まれた魔族たちである。漆黒の大地に生まれたその瞬間から、目につく生命へと襲いかかるのも必然であろう。


 つまりは同じ魔族へと。

 それもそうだ。裏側にあるのは悪意を受け止める漆黒の大地と、そこから溢れ出た魔族のみ。裏側に存在する生命は魔族だけなのだから。


 生まれた時から共食いによって朽ちることが定められた生命、それが魔族である。あるいはそうすることで積もり積もった悪意を殺していく世界の自浄作用であるのか。


 はじまりは『魔王』も同じであった。

 生命を殺す『衝動』を持ち、同族同士で殺し合い、いずれは朽ち果てる運命だった。


 しかし、『魔王』だけは違ったのだ。彼女は強かった。同族でさえも足元に及ばないほどに。


 そして、もう一つ。

 彼女には世界を移動する力があった。


『干渉』。

 あらゆるものに触れることを可能とするスキルであり、その効果範囲は次元の壁にさえも適用される。触れられないはずの壁に触れられるようになる。影響を与えられさえすれば、後はスキル『消去』で吹き飛ばすことも可能なのだ。


 ゆえに『魔王』は表側に出ることができた。不毛なる自浄作用の末に朽ちるだけの運命の外に飛び出し、悪意以外の何かが存在する世界へと足を踏み入れたのだ。



 ーーー☆ーーー



 ふあ、あふあ……!! アタシ、もう、だめですう。


「ミーナ」


「はい、なんですか?」


 セシリーしゃまの膝枕破壊力半端ないですし、時折うなじとか耳とかほっぺたとかうなじとかうなじとか! 触れられると、こう、全身火照って仕方ないんですう!!


「ずっと一緒にいてくれるでございます、よね?」


「はい。セシリー様が望む限りは……いいえ」


 そうです。妥協なんてできないんです。

『忠実』は確かに優秀なコミュニケーションツールですし、セシリー様のお望みはできるだけ叶えてあげたいという気持ちは嘘ではありません。


 だけど、今日思い知ったんです。

 だから、


「例えセシリー様が嫌だとおっしゃっても、べったりくっつきます。こんなアタシですが、最後にはアタシがそばにいて良かったと思わせてみせます。ですので、これからもずっと、よろしくお願いします」


「うふ、ふふふっ。わたくし、本当に好かれているのでございますね」



 ーーー☆ーーー



 ガゴォッ!! とアリスの放った斬撃と公爵家当主の放った拳が真っ向から激突した。かたや『剣術技術(ソードアーツ)』を纏いし斬撃、かたや地響きを炸裂させるほどの大質量を内包した拳である。激突するだけで空間が悲鳴をあげる。吹き荒れる圧にビリビリと地下空間が震えるほどだ。


 激突は一度だけという決まりもない。

 ガガガッゴォンッッッ!!!! と瞬きの間だけでも無数の攻防が交差する。


「重いしぃ、速いねぇ。百キロぉ、いいや千キロぉ? いくら最上位貴族だからってぇ、そんな大質量を高速で振りかざせるとは思えないけどねぇ」


「はっはっ! そう不思議な話でもねぇよ。重量を支えられるよう、肉体のほうも変異するってだけだからな」


 つまり、と。

 偉丈夫は口の端をつり上げ、


「スキル『重圧収束』。己の肉体の重さを増幅し、増幅した重量を支えられるだけの肉体へと改造するスキルだ。分かるか? 今の俺は千キロだろうが万キロだろうが支えられる肉体を持つ。その分だけ肉体は強化されるんだよ。それこそ刃を弾くほどになあ!!」


 ゆえに、重い。

 ゆえに、強い。

 ただ重たいという単純な力が、強烈な敵として立ち塞がっていた。


 それだけの重量を振るう公爵家当主の分厚い筋肉の層を斬り裂くのは至難の技だ。魔法攻撃さえも弾くかもしれない。


 アリスはむき出しの土肌に囲まれた地下空間にて対峙する偉丈夫を見つめる。単純に重量を底上げしただけで無双の力を手にした男。攻撃も防御もただ重いがゆえに思いのままである怪物……ではあるが。


「きゃは☆ だからこそぉ、だよねぇ」


「だからこそだと? 何を──」


 その時。

 偉丈夫はふと気付いた。アリス=ピースセンスと互角の勝負を繰り広げていた間、あと一人はなぜ手を出してこなかった? 遠距離攻撃の一つでもすれば、牽制くらいにはなったはずなのに。


「アリスっ。終わったぞ!! 後は何すりゃあいいんだ!?」


「もうすることないわねぇ。だってぇ、わっちたちの勝利は確定したしぃ」



 瞬間。

 公爵家当主の足元が崩れた。



「な、ん……っ!?」


 公爵家当主とアリスが激突している間、もう一人のパンチパーマが仕込んでいたのだ。ちょうど偉丈夫の足元を土や水魔法で脆くすることで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 運がいいことにここは土肌が丸出しの地下空間。細工はそう難しいものでもなかっただろう。


 崩壊は続く。あまり深くまで落ちてしまえば、上から魔法攻撃を叩き込むことも、生き埋めにすることもできる。どちらにしても不利なことに変わりはない。


 公爵家当主はスキル『重圧収束』を解除、一般的な成人男性の体重に戻すことで足場の崩落を防ぐ。そう、足場が崩れたのは規格外の大質量を付加していたからだ。それを解除すれば崩落は食い止められ──大質量を支えられるよう強靭化した肉体も元に戻る。


「す・き・ありぃ☆」


 まさに一瞬であった。

 シルバーバースト公爵家を束ね、支配する偉丈夫へと槍のように収束した突風が突き刺さり、意識を刈り取ったのだ。

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