第三十二章 大盤振る舞いです
アリスから突撃許可と誰も殺すなといった命令を届けられたゴロツキどもは真面目に逃げることを考えていた。公爵家に突撃するだけでも死に物狂いで挑むレベルであるのに、慣れない不殺を貫けなど死ねと命じているに等しい。
とはいえここで逃げても第一王子に処分されるだけ。やるしかないのだ。
「ちくしょう! だからアリスに任せるのは嫌なんだっ。ディグリーの森しかり公爵家への突撃しかり、事前準備があろうがなかろうが最後には脳筋丸出しの突撃あるのみだもんなあ!!」
「これでグラマラスボディだっつーなら無茶振りの罰として無茶苦茶にしてやるってのに、あいつちんちくりんなんだぜ!! やってらんねえ!!」
「何はともあれ、処分を打破できねえと全滅なんだ! 処分が撤回されるくらいの手柄を立てて、身の安全を確保してからだ。そこまで辿り着いて、あのクソガキボディをぶん殴ってやろうぜ!!」
「そりゃあいい! こちとら無茶振りざんまいで鬱憤たまりまくってんだ!! 目の保養にもならねえ無茶振りクソ上司に相応しい末路を叩きつけてやる!!」
「はっはっ! 気合十分だなっ。ようし、それじゃあ二手に分かれるぞ。半分はアリスらの援護、もう半分は正面から突撃だ!!」
「陽動効果でも狙ってんのか? 敵さんは公爵家だ。金に物言わせてアホみてえに数を揃えてるだろうし、あんまり意味なさそうだぞ!!」
「そうじゃねえよ。リスク分散っつーの? 片方がしくじっても、もう片方が目的達成すりゃあいいってアレだ!!」
「素直に全兵力集中させたほうが良さそうだが、まあ公爵家のほうがクソほど数が多いだろうし、兵力の一点集中からの物量で押し流される的な展開になるよりはマシかっ」
学なんて全くないくせに勝手なことをするからこそ、彼らはクソッタレであった。半分が裏側から、半分が表側から公爵家本邸を攻める。
ーーー☆ーーー
「死ぬ、死ぬ、もう死ぬってこれえ!!」
パンチパーマのゴロツキが絶叫しながら窓ガラスを突き破る。本邸を囲む壁を乗り超え、そのまま本邸めがけて突撃したのだ。
アリス、ネコミミ、隻眼の大男も遅れて窓ガラスを突き破り、侵入を果たす。
「きゃは☆ ここらで全員別行動でいこうかぁ!!」
「マジかよなんで!?」
「クソッタレどもに突撃させることで一点に注目を集め、敵を引き付けている間に最低でも一人は男爵令嬢の所までたどり着けるようによぉ」
「追いつかれたら物量に押し流されるだろうがあ!!」
「一人も四人も大して変わらないわよぉ。おっとぉ」
アリスの身体が霞む。次の瞬間には地面スレスレを薙ぐように蹴りが放たれ、パンチパーマの両足を払い、床に倒していた。
ふげっ!? と声を漏らすパンチパーマの横では大男に押し倒されたネコミミがパチパチと目を瞬かせていた。蹴りと共に身を伏せていたアリスは周囲に風魔法の防壁を展開しながら、
「くるわよぉ」
瞬間。
ゴッッッバァァァ!!!! と無数の魔法攻撃が窓ガラスをぶち抜く。あまりの破壊力に轟音と衝撃波の大合唱であった。
相当の金をかけられた分だけ堅牢なはずの本邸が虫が無造作に食い散らかすように穴だらけになっていく。直撃は回避できたが、荒れ狂う衝撃波だけでも人間を軽く数メートルは吹き飛ばすほどだ。アリスが展開した風の防壁がなければ、無事では済まなかっただろう。
パンチパーマは顔を真っ青にして、
「死ぬ、これ絶対死ぬってえ!!」
「そうねぇ。だからこそのリスク分散よねぇ」
「は、はは、犠牲出るの前提かよクソが! こっちは命だけは助けてやるっつー縛りプレイで挑んでやってるんだぞ、ちょっとは手加減しろやーっ!!」
「まぁ普通攻め込んできた奴は殺すものだしねぇ」
「だよなあ!! 甘ったれ極めた暴挙に出るほうがおかしいんだよなあ!!」
ーーー☆ーーー
膝枕です。
てっ、展開が急すぎませんか!?
「……ぁ……」
そう、あれはセシリー様と仲直りした後でした。夢だ幻覚だ妄想のはずだと、こんなに世界が優しいわけないとセシリー様を抱きしめ怯えていたからでしょうか。とりあえず座るでございますとセシリー様に促され、隣り合って椅子に腰かけたんです。
そこから、あれです、セシリー様がわずかに距離を取ろうとしたために、募るように追いかけて、こう、滑るようにセシリー様の股間部付近に頭が落ちたんです。
それで、気がつけば膝枕です。
よっぽど慌てているように見えたのか、落ち着くようにと頭をポンポンと撫でてくれるんです。
あ、あう、ふぁぁ……。もうだめです幸せに溶けてしまうですう。
「ミーナ、落ち着いたでございますか?」
「……、はい」
別の理由でパニック状態ですけどね! あ、そんなうなじを指で撫でっ、あ、あふあ!?
「不思議なものでございます。第一王子からは婚約を破棄され、シルバーバースト公爵家からは勘当され、色んなものを失ったはずでございますのに、今この瞬間がとても満たされたものと感じられるのでございます。ふふっ、これもミーナがそばにいてくれるからでございますよ」
「セシリー、様」
「失って初めて大切だと気づく、でございましたか。よく聞く言葉でございますが、思い知ったでございます。わたくしが嫌いだとふざけたことを口にしておいて何を言っているのだと思うかもしれませんが、ミーナに嫌いと言ってしまって、一人になって、とても寂しい気持ちになったのでございます。ミーナがいるからこそ、こんな状況でも楽しく過ごせていたのだと、それだけわたくしの中でミーナの存在が大きくなっているのだと、気づけたのでございます。だから、ですから、わたくしもでございますよ。そばにいたいのも、好きなのも、わたくしだって同じ気持ちでございます」
「……そう、ですか」
し、死にそうです。
幸せに殺されますう!!
だって、あんな、うへあ!? セシリー様もアタシのそばにいたいと望んでいて、また好きって言ってくれて、ナニコレ本当に現実なんですか!?
あ、アタシ、こんなに幸せでいいんですか? 世界はいつからここまで大盤振る舞い始めたんですかあ!?