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第三十一章 そんなところで居眠りしていたんですね

 

「んふふっ」


 シルバーバースト公爵家本邸、地下。

 むき出しの岩肌に囲まれた広大な空間でアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は『それ』を見上げていた。



 全長四十メートルもの体躯を誇る巨人。

 紫色の光る鎖に全身を縛られた『それ』こそアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の目的であった。



 ヘグリア国の深奥に封印されし者。

 六百年前の覇権争奪大戦にて猛威を振るった魔族、その一人こそが『それ』である。


「予想通り、封印弱まってるみたいねえ。んふっ、ふははは!! ちょろい、ちょろすぎよヘグリア国ッ!!」


 シルバーバースト公爵家が高い地位を持っている理由は一つ。王都の地下に封印されし『それ』を代々管理するためである。


 血筋を軸とした封印術式。六百年前の覇権争奪大戦にて『勇者』と共に戦い、その『血』を封印の核として差し出したのがシルバーバースト公爵家であったのだ。


『勇者』が討伐ではなく封印を選択せざるを得なかったほどに強大な『それ』。魔族の精鋭、『魔の極致』の堂々たる一角。


 そんな怪物の封印式はシルバーバースト公爵家の女性に封印の核を委譲していく形となっている。もしもシルバーバースト公爵家の中に女性がいなくなれば、新たな『血』へと核は委譲される。


 ゆえに核を持つ女性を殺した所で封印式は破壊されない。現在の封印式の核の所有者である()()()()()()()()()()()()()を殺しても意味はないのだ。


 が、封印式には一つ弱点がある。

 核との距離が遠くなれば、封印が弱体化する、というものだ。


 ゆえに公爵家は代々王都に居を構えていたし、セシリーを第一王子の婚約者とした。王妃ともなれば王都内の王城に縛り付けるのも不自然ではないし、王族の守りを司るシステムで封印の核を守ることができる。


 ──『それ』についてはシルバーバースト公爵家当主やヘグリア国国王など一握りの権力者しか知り得ない情報であった。当事者であるセシリーすらも知らないというのだから、情報の管理には気を配っていたのだろう。


 ゆえに婚約の件を進めたのは事情を知る者たちであった。公爵家当主が王家に婚約の話を持っていき、ヘグリア国国王が率先して婚約を進めていた……はずだった。


 だが現実としてセシリーは婚約破棄を突きつけられ、ヘグリア国から追放された。封印式の核は遠ざかり、その分だけ封印は弱まった。


「んふっ、んふふっ!!」


 甘く、蕩けるように、男爵令嬢は微笑む。

 その口から吐き出された甘い毒が国家を蝕み、崩れていく現実を感じ、ぶるりと背筋を震わせる。


 と、その時だ。

 背後に跪いていた偉丈夫が口を開く。


()()()()()()様、俺んちに攻めるような命知らずがいるみてぇだ。ここまで来れるとは思えねぇが、万が一もある。そろそろ『解放』するべきだぞ」


 バルズ=シルバーバースト。

 シルバーバースト公爵家が当主であり、今年で六十歳になるとは思えないほどに鍛え上げられた肉体の持ち主であり、男爵令嬢に陶酔している一人である。


 そう。

 第一王子や騎士団長の息子など学園内の子息だけではなかった。既に国家の中枢に位置する権力者さえも男爵令嬢は『魅了』していたのだ。


 アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が、ではない。バルズ=シルバーバーストは確かに口にしていたではないか。


 イリュヘルナ、と。

 彼女をそう呼称したのだ。


「封印解除はワタシのスキル『絶式・色欲』が()()()()()第一王子を殺してからが理想だったけど……もういいかなあ?」


「ハッ。我が息子がうまくやるだろうし、問題ねぇよ」


「んふっ、んふふっ! あれだけワタシを殺すと息巻いていた男が随分とまあ隷属したものねえ。まあ無理もないかなあ。堕落を司る悪魔に、欲望たっぷりな人間が抗えるわけないしねえ」


 悪魔、その一角。

 淫魔イリュヘルナ。それが男爵令嬢の()()であった。


 イリュヘルナは男爵令嬢の()()を動かしながら、甘く、ドロドロとした笑みを広げる。


「さて、さてさてさて! それじゃあ悪魔らしく人の世に混沌を招いてあげようかねえ!!」



 ーーー☆ーーー



「覇権争奪大戦では突如出現した魔族だけでなく、既存の脅威だった悪魔も猛威を振るっていたと記録されているわね。人の世の乱れから生じる心の隙をつき、この世界に顕現したんですわよ」


 馬車の中にて、片眼鏡をかけた燕尾服の女の講義は続いていた。


「アハッ☆ 悪魔といえば、亜空間に潜む魂だけの存在だっけー?」


「ええ。彼らは堕落を軸としたスキルを得意としています。色欲や怠惰等、堕落の要素を増幅することで精神的防衛力を削ぎ落とし、他者を操ったり肉体や魂を簒奪するのですわね」


 例えば、と片眼鏡の女は指を一本立て、


「悪魔の亜種たる淫魔イリュヘルナ。彼女は主に色欲を得意としていますわね。劣情を増幅することで、彼女の命令なら何でも聞き入れる操り人形を構築できるんですわよ。彼女がこの世界に出現した時は大陸に住まう男のうち、半数以上が支配される結果になったと記録されているわね。それだけ悪魔の持つ力は脅威ということですわね」


「へぇ」


「とはいえ悪魔は基本的に亜空間内に存在しているんですわよ。いかに強大な力があろうとも、時空の壁を超えてこの世界に干渉することはできないので安心ですわね。まあ悪魔と魂の波長が合う誰かが誑かされ、肉体を差し出すことさえなければ、ですが」


「そっかー残念。機会があれば是非『遊び(壊し)』たいと思ったんだけどなー」

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