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第三十章 溢れて、止まりません

 

 まさしく速攻であった。風切り音が響いた時には凶刃はアリスの胴体を薙ぎ払っていた。


 そして。

 そして。

 そして。



 ガギィン!! と。

 その身に纏う巨大な鎧が凶刃を弾いたのだ。



「っづ……!?」


「そんなものでわっちは殺せないわよぉ」


 ブォ、と巨大な鎧から噴き出すように不可視のエネルギーが展開されていた。『防具技術(アーマーアーツ)』。防御力の増幅『技術(アーツ)』を凶刃は突破できなかったのだ。


「チッ! やるじゃないかっ」


 人影はバックステップで距離を取るつもりだったのだろう。ギヂッと足の筋肉に力が巡った、その瞬間であった。


 ズザンッ!! とアリスの右手が腰の剣を掴み、抜剣。人影の胸元を真横に断ち斬る。鮮血が噴き出した時には左の拳が人影の顎を下から打ち抜き、意識を刈り取っていた。


 ……そこまで、だった。胸元の傷はそう深くなく、すぐに死ぬことはないだろう。


「チッ! まさかまさかの命まではとりませんってか!? いつから博愛主義のお人好しになりやがった!?」


「下手に殺してぇ、公爵家を完全に敵に回すこともないからねぇ」


「おもっくそぶった斬っておいてか!? そりゃあいい。名案だ。問題はぶった斬られたけど、殺さなかったから許してやるなんて言うような奴がいるわけねえってことだな!!」


「ごちゃごちゃうるさいわねぇ! とにかく『敵』が完全に判明するまで殺しは禁止よぉ!!」


「それが本音か甘ったれ!!『敵』以外は殺さねえとかアホかっ。俺らと同じ場所まで落ちておいて、まだそんな綺麗事ぬかすかよ!! 優しさばら撒いたって、世界が優しくしてくれるわけじゃねえんだぞ!!」


「ああもうとにかく命令よぉ! それよりネコミミぃ、他にはぁ!?」


「にゃっ。続々来るにゃ!!」


 言葉の通りだった。

 ダダッダダダァン!! と次から次に壁を乗り越えた数十の人影が降り立つ。彼らの目は胸元を斬られ、倒れた人影に向いていた。


 言葉はなく。

 ただただ濃厚な殺気が噴出する。


「はい殺し合いの時間ですーっ! これでも不殺でいくってのか!? 『敵』が判明する前にこっちが全滅するぞ!!」


「命令よぉ! そんなことよりぃ、さっさと突入するわよぉ!!」


「あァん!? マジかよおい!! 四人でどうにかなるわけねえって!!」


「もちろん助けは呼ぶけどぉ、後退はなしよぉ!! わっちたちに残された時間はないしぃ、事態が動いたなら強引にでも突破するべきよぉ!!」


「だあクソ!! こんなことなら国外逃亡に挑戦しておくべきだった!! つーか公爵令嬢の代わりに俺が追放されたいっ。第一王子ーっ! 俺のことも追放してくれーっ!! もちろん新天地では隠された力が解放するとか実はしょぼい能力が凄いもんだったと判明する感じでな! ああそうだ、わかってると思うがイチャラブハーレム展開は基本な!!」


「にゃう。なんか様子が変にゃあ」


「ネコミミぃ、馬鹿は放っておくようにぃ」


 呆れたように肩をすくめながらも、アリスは魔法陣を展開。風の振動で『声』を作り、近くに待機している『クリムゾンアイス』メンバーに連絡をつけながら、その手の長剣に力を込める。


「さぁクソッタレどもぉ!! まずはここを凌ぐわよぉ!!」


 殺意が暴虐に変じる。

 数十の人影がアリスたちめがけて突撃を開始する。



 ーーー☆ーーー



 二階に続く階段の前でアタシは足を止めていました。二階、セシリー様の私室へと足を踏み出すだけの勇気が出てきません。


 確かにメイド長は頼りになります。真面目で、『尽くす』分野を網羅していて、アタシなんかよりもよっぽどセシリー様の役に立つ人です。そんなメイド長の言葉に嘘はないのでしょう。『素直』に己の気持ちを吐き出すだけで何かが変わる『かも』しれません。


 ですが、変わらなかったら?

 メイド長の予想は外れ、嫌いだという想いを打ち破ることができなかったら?


 一度でさえ許容量なんて超えました。もう一度嫌いなんて言われたならば、アタシはもう生きていられません。


 正解は一つしかないんです。メイド長の言葉を信じて前に進むこと、それだけが現状を打破することは分かっています。それでも、なんです。停滞に意味はなく、時間を無為に消費しているだけだとしても、アタシは──



 カツン、と。

 いきなり、でした。上から、階段から、足音が響い、て、



「……ッ!!」


 心の準備なんて全くできておらず。

 しかし状況は進みます。

 カツン、コツン、と足音は連続して、ついに階段をおりた着物姿のセシリー様が目の前に、前、に……、


「ミーナ。ごめ──」


「いやですセシリー様!!」


 気がつけば、飛び込んでいました。

 目の前のセシリー様を力の限り抱きしめていたんです。


 嫌っている相手からこんなことされても迷惑なことは分かります。それでも、我慢なんてできなかったんです。


 触れ合う肌から熱が伝わります。セシリー様の温かな熱が。心が安らぐ、唯一の救いが魂まで響きます。


「アタシはセシリー様が好きです! 大好きです!! だから、いやなんです。セシリー様、お願いですから嫌わないでください!! こんなアタシを、『衝動』に従ってセシリー様の好みでないことばかりやってきたアタシを今までおそばに置いてくれたことがセシリー様の慈愛あってこそだということは分かっています。これ以上セシリー様の優しさに甘えては迷惑をかけるだけだとはわかっています。それでも、どうか、アタシを嫌わないでください……」


 溢れて、止まりません。

 メイド長が胸の件を先に言ったほうがいいとアドバイスしてくれましたが、言うことを選択する余裕なんてありません。


『素直』に伝えよう、なんて考えてすらいないんです。セシリー様のお姿を見た瞬間、感情の奔流が溢れただけなんですから。


 ああ、やっぱりアタシはバケモノなんでしょう。セシリー様に嫌われるようなことをしておいて、吐き出す想いは全て自分のことだけ。セシリー様を傷つけたことを謝ることもできない、悪意から這い出たバケモノらしいですよね。


 だから。

 だから。

 だから。



「ミーナ。ごめんなさいでございます」



 なんで、セシリー様はそんなことを言ってくれるんですか? 謝るのはアタシのほうですのに。アタシはセシリー様を傷つけ嫌われた、どうしようもないバケモノですよ? そんなアタシに、どうしてセシリー様が謝っているんですか?


「ミーナが意地悪であんなことを言うわけないなど、少し考えれば分かることでございます。この着物が似合っていると、それだけを伝えたかったのでございましょう?」


「……、はい」


 離れたら、腕を離したら、先の言葉が幻のように消えてしまいそうでした。だからアタシはセシリー様を強く強く抱きしめ、祈るように首元に顔を埋めます。


 どうか、お願いですから。

 優しい嘘でありませんように。


「ならば謝るのはわたくしでございますし、ミーナを嫌うなどあり得ないでございます。もちろんカッとなってあんなことを言ったわたくしをミーナが許せないと言うならば──」


「許します。許すに決まっています。セシリー様がアタシを嫌わないでくれるならば、それ以上の幸せはありません」


「そうで、ございますか。本当わたくしにはもったいないくらいでございますね」


 夢、幻覚、それとも妄想???

 すでに現実かどうか判断をつけるだけの思考能力さえも維持できていませんでした。ただただ、望みが溢れます。


「アタシのこと、嫌いじゃないですか?」


「もちろんでございますよ」


「それでは……」


 夢でも幻覚でも妄想でもいいです。

 今この瞬間だけでもいいですから──


「アタシのこと、好きですか?」


「う、うへっ!? わ、わたくしは、ええと……っ!!」


「やっぱり嫌いなんですね」


「ちがっ、好きでございます!! 」


 す、き?

 スキ、好き???


 …………。

 …………。

 …………、ふふ。

 ふひ、あははっ、ははははははははは!!


 好きですって、セシリー様がアタシのこと好きですってえ!! もう、もう、もおーっう!! さいっこうです!!!!


「そうですか。とっても嬉しいです」


「うう、なんだか恥ずかしいでございます」


 ああ、ああっ!!

 もしもこれが虚構であるならば、この身に幸せが詰まったまま消し飛ばしてください! 今すぐに、パパッと、やっちゃってくださあい!!

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