第二十九章 ちょっと危ないかもですね
「おーおー見ろよロリペタっ。どこぞのデブガキが百以上私兵を連れ出していたっつーのに、本邸にゃあきちんと門番がいるぞ」
「にゃあ。中には数百人の人間の気配ありにゃっ。メイドや執事などもいるだろうけど、戦闘能力ありそうなのだけでも『クリムゾンアイス』の総数より何倍もいるにゃあ!!」
シルバーバースト公爵家本邸。
貴族の中でも最上位たる公爵家の本邸というだけあって、それはもう巨大な建物であり、オマケに周囲を強固な壁で取り囲んでいる。唯一の出入り口である門はそんじょそこらの砦にだってあんなに強固なものはないほどに仰々しいものであった。その先には広大な庭が広がっており、その広さたるや『クリムゾンアイス』が全員で訓練できるほどである。
そんな無駄に広い庭の先に本邸があるものだから、真正面から突入したら侵入が丸見えとなる。裏からならば庭を間に挟むこともないが、いくらなんでも百名を越すゴロツキどもが本邸に近づけばバレるということでアリス、ネコミミに加えて隻眼の大男とパンチパーマのチビの四人で本邸に近づくことに。
寡黙な大男の代わりでもしているかのように、パンチパーマのチビは口数が多い。今も裏から本邸を囲む壁を見上げ、
「はっはっ! スッゲェな、おい!! 一つの家守るためにどんだけデケェ防壁作ったんだって話だっ」
「権威を示すためでしょうねぇ。こんなものを作れるくらい懐が潤っているんだと見せつけることでぇ、財力を示しているんだろうねぇ」
「つまり自慢するためにこんなもん作ったってことだろ、クソッタレ!! おっと、それよりだ! ネコミミ、中の様子はどうだ?」
ネコミミが特徴的なグラマラス女の子を連れてきた理由は単純だ。獣人の嗅覚や聴覚で男爵令嬢の居場所を正確に察知、効率的に襲撃を仕掛けるためであり、アリスたちは万が一見つかった時の護衛役である。
ぴくぴくとネコミミを動かし、くんくんと鼻を鳴らし、灰色の(見た目は)グラマラスな美女はこう言った。
「にゃあ。少なくとも家の中には男爵令嬢はいないにゃ」
「あん? そりゃあどういうこった? 情報が間違ってたとか???」
「んにゃ。地下があるにゃあ。地下にも生体反応はあるけど、正確にはわかんないにゃ。そっちにいるかもにゃあ」
「むぅ。できれば正確な居場所が知りたかったところだけどぉ、まぁ百点満点を目指したってロクなことないしぃ、ここらで妥協しようかねぇ。ネコミミぃ、最低でも男爵令嬢の匂いの終点はシルバーバースト公爵家本邸なのよねぇ?」
「にゃあ!」
元気よく頷く八歳児。
(見た目は幼子そのものの)アリスは一つ息を吐き、
「だとするならぁ、ここらで情報収集は切り上げようかねぇ。クソッタレども集めてぇ、一気に地下に──」
「うにゃあ!? まずいにゃあ!!」
びぐんっ! と灰色のネコミミが跳ね上がったと同時であった。
だんっ!! とアリスの真横に人影が降り立つ。そう、本邸を囲む壁を乗り越えて、人影は降り立ったのだ。
ギラリと右手に握った刃が光る。
「怪しきは罰するのが主人の命だ。つーわけで死なない程度に壊れてもらうぞ」
「アリス避けるにゃあ!!」
声を吹き散らすように凶刃が振るわれる。
まさしくアリスを斬り裂く軌道でもって。
ーーー☆ーーー
ガタゴトと馬車が揺れる。
質素ながら耐久力に優れた、実用性を追求した馬車の中には二人の女が向かい合って座っていた。
一人は片眼鏡をかけた、燕尾服の女であった。セシリーよりも少し上程度の年齢ながら、どこか大人っぽい雰囲気を纏っている黒髪黒目の女性である。燕尾服のくせにメイドであり、対面の女の教育係でもあった。
もう一人は簡素なドレスを動きやすいように半ばより引き千切った女である。美しい金髪を動きにくいからとボーイッシュに切り揃え、まるでおもちゃを前にした幼子のように特徴的な瞳を輝かせていた。そう、中央から端にいくにつれて薄くなっていく蒼のグラデーションに染まった瞳こそが彼女の血筋を示している。
その瞳こそアリシア国の王族にのみ現れる特徴であった。つまり彼女はヘグリア国の隣国たるアリシア国が王族、その一人である。
武力の第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。文字通り武力に特化した人物であり、『技術』やスキルは国内でも屈指の破壊力を誇る。武力を冠と持つだけあって、彼女の暴力は大陸でも有名であった。
「アハッ☆ 楽しみだなー」
第五王女の瞳はキラッキラに輝いていた。人脈の第三王女の指示で好きなだけ『遊べる』仕事が舞い込んできたのだ。そんなのワクワクするに決まっていた。
「王女様、お勉強の途中ですわよ」
「うえー? せっかくの『遊び』だよーそんなつまんない話やめよーよー」
「そういうわけには参りません。お勉強はお勉強ですから」
「もーわかったよー。で、どこまでやってたっけ?」
「覇権争奪大戦ですわね。六百年前突如現れた魔族との全面戦争ですわよ。生まれながらに生物を殺す『衝動』を持つがゆえに魔族は戦争を仕掛けてきたという説もあるようですが、魔族がそんな『衝動』を本当に宿しているのかは不明ですわね。ゆえに魔族たちは大陸統一を果たすために侵略を開始したという説が有力視されていますわね」
「あーそうだったねー。楽しそうな時代だよねー」
第五王女は口元を緩め、
「『遊べる』おもちゃに困らないなんて理想郷だよねー。オマケに『魔王』なんていう強い奴までいたらしいじゃん。アハッ☆ 『遊び』甲斐あっただろうなー」
「『魔王』ですか。その名称、実は人間側がつけたものの一つですわよ。魔族側では十人の実力者の第一位というだけですし」
「へーそうなんだー。魔族のほうは『魔王』のことなんて呼んでたのー?」
燕尾服の女はクイッと片眼鏡を指であげ、位置を調整し、こう答えた。
「『魔の極致』第一席、ですわね」