第二十七章 相談するなら、完璧な答えをくれる人がいいでしょう
アリス=ピースセンスは王都の片隅にある路地裏で不審そうに眉を潜めていた。
「にゃあ! 男爵令嬢の匂いがシルバーバースト公爵家本邸に続いていたにゃ!!」
「目撃情報もあったし、こりゃあ確定だな」
「きゃは☆ 意味わかんないわねぇ」
調べがついてしまっていること、それこそが異常事態であった。
初めはアリスのスキル『運命変率』を使い、男爵令嬢の居場所を探ろうとした。が、スキル『運命変率』は不発に終わったのだ。
いくらなんでも王都内にいるはずの男爵令嬢一人を見つけられないほどの欠陥スキルではないはずだが、結果としてスキル『運命変率』は男爵令嬢捜索を『百パーセント』不可能と判断した。
それだけならアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が異常な力を持つ怪物だということも考えられるが──スキルを用いない、人海戦術で男爵令嬢の居場所を見つけることができた。
『百パーセント』不可能なはずの難題を、こうも簡単に達せられたこと。ここに何か重要な理由があるはずだ。
(前提からして間違っているぅ? 第一王子の妻となったあの女はアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢じゃないとかぁ?)
突飛な発想かもしれない。
が、そうだとするなら、辻褄があう。
まず一つ目。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は元々内気な性格であった。少なくとも騎士団長の息子やら第一王子やら身分が上の男に臆することなく接することができるような女ではなかった。それがここ一年で人格が変わったように友好的になり、結果として数多くの男を虜にしている。
そして二つ目。
ここ一年の間、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が何をしていたかは調べられなかった。だが、騎士団長の息子やら『証言』者を調べた時はアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の影を確認できた。そう、『証言』者と仲良くしていることを調べることができたのだ。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢。ここを目的とした時はスキル『運命変率』は不可能だと、『百パーセント』達せられないと判断する。それは、そもそも現在確認されているアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は『偽物』であるから、なのかもしれない。
『本物』のアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢については調べることが不可能だからこそ、ここ一年の行動や居場所を探ることはできなかったと考えられる。……本物の行動や居場所を知ることが『百パーセント』不可能な理由は不明だが。
「はぁ。こちとら生き残るだけでも命がけだってのにぃ、余計な仕事が増えたかもねぇ」
「なんだなんだ、どういうことだよ?」
「別にぃ。状況見ながら暴れ方を変えるってだけよぉ」
「にゃあ! よくわかんないけど、お仕事がんばるにゃ!!」
「きゃは☆ 良い子ねぇ。野郎どもとは大違いよねぇ」
「全くだ。同じ女なのに、どうしてこうも体型違うかなあ」
「情報収集一つまともにできねえんだから、せめて目の保養くらいにはなれって話だ」
「本当大違いよねぇ。ネコミミはこんなに良い子なのにぃ、お前らはどこまでもクソッタレだよねぇ!!」
ゴロツキどもを順番にぶん殴り、確実にノックアウトしながら、アリスは思考を回す。
(王子が動いている時点で処分は決定しているでしょうねぇ。つまりぃ顔パスで王城に侵入するのは不可能かぁ。下手に公爵家本邸から出てくるまで待ってぇ、結局王城に逃げ込まれましたとかぁ、王城から救援を呼ばれましたとかぁってなったら目も当てられないしぃ、そもそも待つだけの時間的余裕があるかも不明だしぃ、何なら公爵家本邸で男爵令嬢が目的を達するみたいな展開もあり得るよねぇ。第一王子と結ばれたその日に公爵家に足を運ぶなんてぇ、いかにも理由ありますって言ってるようなものだしさぁ。はぁ。何がしたいのか分かってないってのはやりにくいよねぇ。お陰で対応に幅が必要だしさぁ。……男爵令嬢の目的が不明でぇ、時間的に余裕もないならぁ、無駄は省くべきよねぇ)
基本的に『クリムゾンアイス』は犯罪者などのクソッタレを集めた肥溜めである。進んで悪意を振り撒く理由はなくとも、必要ならいくらでも悪意を撒き散らす。
自分のためなら。
生き残るためなら。
誰を巻き込んだって構わない。
「きゃは☆ 慎重にお行儀よく動くなんてらしくないしぃ、クソッタレはクソッタレらしくいこうかねぇ!!」
「ぶ、ぶふう!! み、身内にズタボロにされて、動けねえんだが……」
「きゃは☆ 何か言ったかなぁ?」
「くそ! とんだ暴君だぜっ」
標的は公爵家本邸に潜んでいる。
ならば攻め込んで引き摺り出せばいい。
ーーー☆ーーー
シルバーバースト公爵家本邸。
セシリーの私室ではメイド長がいつ主が帰ってきてもいいように掃除を行っていた。勘当されたとしても、公爵家がここを残しているのならば管理するのがメイドの仕事である。例えそれが無数にある部屋の一つをわざわざ空かなくとも、使っていない部屋はいくらでもあるから放っておかれているだけだとしても、だ。
(お嬢様、大丈夫でしょーか?)
ミーナと一緒に学園を飛び出したらしいが、だからこそ心配であった。ミーナの教育係であったメイド長は頭痛を抑えるように額に手をやる。
(第一王子をぶん殴るなんて馬鹿なことやらずとも良かったでしょーよ。第一王子に危害を加えたという大義名分を与える羽目になるだけでしょーに。……まぁ後先考えずとも良いなら、よくやったと褒めてやりたいでしょーが)
メイド服をマントのように肩に羽織っているどこぞのメイドと違い、ビシッと引き締めるようにメイド服を着こなしている彼女は二十代前半で公爵家のメイド長に上り詰めた怪物である。姿勢からして非の打ち所がない、まさしくメイドという概念を形作ったような女性であった。
シーズリー=グーテンバック。
『尽くす』分野であれば、どのような技能であれ習得したメイド長は主の無事を祈るように瞳を閉じる。
と、その時だった。
窓も扉も開いていない室内に、しかし確かにそよ風が吹き抜けたのだ。その風は振動を作り、声に似た現象を引き起こす。
『メイド長』
「これは、まさかミーナでしょーか?」
『はいミーナです。助けてください』
「助けてって、まさかお嬢様に何かあったでしょーか!?」
ミーナは強い。
率先してその力を振るおうとはしないため正確には分からないが、並の戦士よりはよっぽど強大な力の持ち主だろう。
そんなミーナが助けを求めるような危機的状況であれば、そばにいるはずのセシリーの身が危な──
『セシリー様に嫌われました。助けてください』
…………。
…………。
…………。
「あーうん。ミーナらしいでしょーよ」
ミーナとはそういう女であった。
大抵のことはそつなくこなす癖にどこか抜けていたり、突飛なことをやらかすあのメイドはセシリー以外のことに関しては無頓着なのだ。
今もあのメイドの中心はセシリーなのだ。
例え王族だろうとも国家だろうとも世界だろうとも、何が敵に回っても無感動に切り捨てるだろうが、ただ一つセシリーに関してだけは過敏なまでに反応する。
ミーナにとってセシリーとはそういう存在だった。中核にして存在理由。ミーナの魂はとっくの昔にセシリーに捧げられている。
『助けてください』
「はぁ。現状とか色々知りたいものですが、とりあえずそっちの問題を解決しないと会話になりそうにないでしょーよ」
今のミーナに何を聞いても『助けてください』と答えるのは目に見えていた。ゆえにメイド長は相談に乗るしかなかった。
……なんだかしょーもなさそうな予感が止まらなかったが。