第二十六章 今日は最悪の日です
第一王子、出陣であった。
規模としてはアリス=ピースセンスらと同じく百名程度の騎馬兵であったが、その構成員は王族の守護を司る騎士である。騎士団長ゴードン=ナイトエッジや騎士ガンマを中心とした彼らの総力は『クリムゾンアイス』を凌駕するだろう。
オマケに腰巾着らしくグリズビー=シルバーバーストを中心としたシルバーバースト公爵家の私兵団も百名ほど付き従っている(どうやらミーナとやり合ったことがない人間だけのようだが)。
──連中が王都を飛び出して、地平の彼方に消えるまで、アリス=ピースセンスらクソッタレどもは物陰にじっと身を潜めていた。
「きゃは☆ ツキが回ってきたよねぇ」
「にゃあ」
第一王子らの目的は例のメイドだろう。アリスらの処分も兼ねた出陣であろうが、こうしてやり過ごせたならばやりようはいくらでもある。
「さぁクソッタレどもぉ! アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢をぶっ飛ばすわよぉ!!」
「わぁお、はじめっから暴力に訴える気満々かよ!!」
「いたいけな女の子を痛めつけるなんて嫌だなーとっても嫌だなーでも誰かがやらないとだしなーこれは俺がやるしかないなー」
「いやあ、そんなことお前にさせられねえよ。ここは俺が代わりにやってやるから、な?」
「いやいや、俺が」
「仕方ねえな。間をとって俺様がやってやろう」
「そこで僕の登場です。ここは僕に任せてよ!!」
「きゃは☆ 本当クソッタレしかいないわねぇ!!」
「うにゃあ……」
ーーー☆ーーー
あ、やばいです。頭がクラクラして、んっ、んむう!!
「ミーナ、そんなに見られると恥ずかしいでございます」
セシリー様は『再現』で生み出した着物とかいう服を着ています。島国からやってきた『初代』のものを脈々と受け継いてきた由緒正しき服らしいですが、まあ『奴』がどんな由来であんな格好をしていたかはどうでもいいです。
ただ、なんと言いますか、今にして思えば良い服だとは思っていたのかもしれません。そうじゃなければ『奴』の服について聞くような真似をしなかったはずですしね。
──『奴』らが受け継いできた着物とやらは純白の布地に桜色の花びらが舞う意匠を施しており、漆黒の帯で締めています。僅かにはだけた箇所からは鮮やかな緋色の襦袢が覗いています。
服なんてどれも大差ないと思っていましたが、こうして見るとセシリー様の引き立て役にはうってつけですね。綺麗な服を踏み台に、至高の御身がより一層輝いて見えます。
「うう。島国伝来の着物でございますか。このような格式ばったようなもの、わたくしには似合わないでございますよ……」
「そんなことありません。とても綺麗ですよ」
「そ、そうでございますか?」
目を逸らし、唸りながらも、どこか嬉しそうに表情を綻ばせるセシリー様はいいものです。
……そう言えば『奴』が胸を張って、こんなことを言ってましたね。
「着物は胸が小さいほどよく似合うものです。セシリー様にぴったりの服ではありませんか」
「……………………………………、」
ん、あれ? 何か間違えました、か???
着物とやらを受け継いできた『奴』の言葉です。間違ってはいないでしょうし、現にパーフェクトにしてビューティフルな極限の御身にぴったりとハマっていると思うのですが。
「みっ、ミーナの馬鹿! 嫌いでございます!!」
「……………………………………、」
な、なん、がぶ、べぶぼぶばふう!? せっ、せし、セシリーしゃま今なんていやそんなセシリー様なにを言ってきりゃ、きらきらっ、嫌いって言われました!?
「セシリー様、申し訳ありません。アタシの発言に問題があったようですね」
せっ、せしっ、セシリー様あ!! 違うんです『奴』が言ってたことでいや確かにアタシもセシリー様の控えめなお胸にぴったりなのがいいとは感じましたそうですねそれが悪いんですよねよく分かんないですけどさっきの発言が悪いのは流れで分かりますですので撤回します今すぐ撤回しますどのような罰を与えてくれても構いませんですのでどうかそんな嫌いってそれだけはやめてくださ……ッ!!
「ふんっ、もう知らないでございます!!」
気がついた時にはセシリー様は飛び出していました。今すぐにでも追いかけるべきなのでしょうが……なんとお声をかければいいんですか?
セシリー様はアタシを嫌いだと、もう知らないと定義しました。それがセシリー様のお望みです。セシリー様のお望みを叶えることに尽力してきたこれまでのやり方は通用しません。
ですが、ならどうすればいいんですか?
自分以外の生物と関わり、繋がり、接する方法はそう多くありません。ゆえに、だからこそ、アタシにはセシリー様のお望みを叶えるしかないんです。
嫌いだと。
もう知らないと。
そうお望みになったセシリー様の意思を尊重する以外の道はないんです。
「それは……」
自分以外の生物との関わり方なんてアタシの中には一つしかありませんでした。『衝動』に流される、そんなつまらない方法しかなかったんです。そんなアタシにメイド長がそれ以外の道を示してくれたために、これまで何とかやってこれました。
それもここまで?
もうどうしようもない、んですか?
「…………、」
セシリー様が望む限りはおそばにいるものと思っていました。セシリー様にとってアタシが不要ならば、仕方ないと判断すべきなんです。
…………。
…………。
…………いや、です。
そんなの嫌です! 認めたくありません!!
アタシが、他ならぬアタシ自身がセシリー様のおそばにいたいんですから。
「『衝動』に従うのは論外です。メイド長から頂いた関わり方も今は役に立ちません。ならば、新たな関わり方が必要ですね」
問題はアタシにそんなものを構築できるわけがないことですね。
だとするなら、
「メイド長に助けを求めましょう」