第二十四章 アタシよりもセシリー様のおしゃれのほうが需要があるはずです
真っ黒バニーガールです。
なんの話ですかって? セシリー様の思いつきです。公爵家に縛られて、『貴族としての必須項目』に雁字搦めになっていた頃のセシリー様であれば、思いつくだけで終わっていたはずです。願望を我慢することがなくなったことは良いことです。それこそがアタシの望みでもあるのですから。
ですが、これは……。
「やっぱりよく似合うのでございます! ミーナは美人さんでございますが、美人さん度が跳ね上がっているでございますっ。本当に綺麗でございます!!」
「そう、ですか……」
網タイツを添えて、金に光るカフスや真っ赤な蝶ネクタイを追加した正装(?)バニーガール……らしいです。セシリー様に言われるがまま『再現』したので詳しいことは分かりませんが、なんでしょう。胸元がはだけるように出ていたり、タイツからうっすら覗く素足の肌色を見られると、その、なんだか逃げたくなります。
普段セシリー様が与えてくれるドキドキとはちょっと違う、悶えそうになる類のドキドキです。これが照れ臭いやら恥ずかしいやらという感情ですか?
「ミーナっ。次にいくでございますっ!!」
「次、ですか?」
「ええっ。ミーナはいつもメイド服でございますし、たまには違った服装に挑戦するのもいいものでございますよ! わたくしもいつもと違うミーナを見たいでございますしね!!」
「…………、」
なぜでしょう。
アタシがセシリー様の望みに即答できないなんて、ちょっとばかり異常事態ではありませんか? いや、あの、セシリー様、アタシはメイド服でいいと言いますか服は何でも構わないと言いますか最悪スッポンポンでも構わないくらいなのですがセシリー様に綺麗だなんだ褒められるのはちょっとドキドキが止まらなくてですので服装なんて本当に普段どおりでいいんですそんなキラキラした目を向けないでくださ、あ、まっ、自分で脱げますからセシリー様のお手で脱がせるのはやめ、無理矢理やられるのはそれはそれで違ったドキドキが湧き上がるんですよお!!
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例えば黒のとんがり帽子に黒のマント、木の箒を添えた魔女っ子スタイル。
例えば背中にコウモリの翼、胸元をカボチャを模したビキニで覆い、あえて痛んだ黒マントを羽織る吸血鬼スタイル。
例えば無地の純白ドレスのみの清純派スタイル。
候補なんていくらでもあって、それらを全て試すだけの時間的余裕があり、着せ替えを楽しむような行いを『貴族として相応しくない』と切って捨てるルールは既に霧散していた。
ゆえに我慢する必要はない。
ミーナの色んな姿を見たいという願望のままに行動したって構わないのだ。
「うふ、ふふふっ! やっぱりミーナは何を着ても似合うのでございますっ!! 本当に美人さんでございますものね」
「……、そうですか」
表情一つ変わらず、一切の波のない平坦な声音だった。毎度のことながら何も感じていないのでは、と思う反応であるが、セシリーには何となく恥ずかしそうだけど嬉しそうな風に見えた。
ちょん、と。
胸を押さえる手や微かに逸らされた目がミーナの感情を表している気がするのだ。
「ミーナはもっとおしゃれするべきでございますっ。こんなに美人さんでございますもの、何を着たって似合うのでございます!!」
「別に服装なんて何でも構わないですよ」
ですが、と。
どこか困惑したように、しかしはっきりとした口調で、ミーナはこう続けたのだ。
「セシリー様に綺麗だと褒められるのは嬉しいです。そうですね、セシリー様が褒めてくれるのならば、たまには違う服を着るのもいいかもしれません」
「そう、でございますか……」
「それとですね。どうせならセシリー様もおしゃれしましょう。というかアタシなんかよりもセシリー様のおしゃれのほうがよっぽど価値あるものですよ」
無表情にして平坦な声音だった。
だけど、そう、どことなく興奮しているような雰囲気が伝わってくるものだった。
「アタシもしたのです、セシリー様も色んな服装に挑戦するべきではないですか?」
「いや、あの、わたくしは……っ!」
「駄目、ですか?」
「……ッ!?」
無表情にして平坦な声音のはずだった。
だというのに、どうして子猫が擦り寄ってくるような、幼子が服の端を掴んで見上げているような、それこそ甘えるようにおねだりするような、つまりは抗いがたい誘惑に満ちているのだ?
「ま、まあ、ミーナを着せ替えして楽しんだでございますからね。わたくしも同じように楽しませるのが礼儀というものでございましょう」
「そうですか。嬉しいです」
『貴族としての必須項目』に縛られていた頃では考えられないことだった。(セシリーの個人的な考えは別として)主とメイドが親しく話すなんてありえないし、主に向かってメイドがお願いするなど言語道断であり、主を着せ替えて楽しむなんて打ち首ものの不敬である。
だが、今は違う。
周囲の目を気にすることなく、『貴族としての必須項目』に縛られることなく、むき出しのまま接することができるからこそのお願いであり、了承であった。
正直なところ恥ずかしさはあるが、これもまた自由の味である。ゆえにセシリーの胸の奥からむず痒い感覚が広がっていくのも、そう不思議なことではないだろう。