第二十二章 懐かしいお話が出回っていますね
六百年前のお話です。
それはなんの前触れもなく出現しました。
魔族。大陸に存在するあらゆる生命体を凌駕する、単一個体で生命活動が完結する完全なる生命体は大陸全土を支配せんと戦争を引き起こしました。世に言う覇権争奪大戦です。
標的は大陸中の全国家。
対して『魔王』率いる魔族軍は数百人程度。
数の差は広がりに広がっていました。通常であれば、そんなの勝負にならなかったはずです。
ですが、魔族は単一にて自己完結した完全生命体。その力は空気や食料を必要とする不完全生命体の常識の外に位置していました。
山を潰し海を引き裂く膂力、灼熱の猛火や鍛え上げられた刃物を弾く強靭な皮膚、そして既存の区別の外に位置する強大な魔法やスキル。
まさしく個人による軍勢の体現化です。
この頃の大陸には五十の国家が存在していたため、覇権争奪大戦の図式は五十対数百の対決と言い換えてもいいほどでしょう。
戦況は絶望的でした。
たった一人の魔族が国家を守護する軍勢を蹴散らしていく様はこの世の悪夢だったでしょう。
「にゃう……」
しかし、大陸には希望が残っていました。
そう、『勇者』です。
「にゃふっ」
長年受け継がれてきた救世の象徴にして、絶対的な力の化身。これまでも『煉獄迎撃戦』や『魔獣繁殖阻止戦線』など数多くの危機を解決してきた、まさしく守護の末裔です。
血脈も種族も関係ありません。その時代における守護の資質ある者へと『勇者』の称号は受け継がれてきたのです。
そう、未曾有の危機を防ぐために。
世界を救い、人々の笑顔を守るために。
「にゃあにゃあ!」
『勇者』の力は絶大でした。
大陸中に戦線を広げ、悪逆の限りを尽くしていた魔族を斬り裂き、叩き潰し、ひねり殺していったのです。
そんな『勇者』に勇気付けられ、これまで嬲られるしかなかった国家も息を吹き返します。大陸中原の軍事国家が中心となり、『勇者』と共に反撃を開始したのです。
「にゃあ!」
やがて『勇者』たちは魔族の王、つまりは『魔王』と対峙します。大陸中を巻き込んだ最低最悪の戦争を引き起こした『魔王』、その力は強大でした。あらゆるものを消し飛ばし、あらゆるものを生み出し、あらゆるものを再生し、あらゆるものを見通し、あらゆるものに触れ、あらゆるものを移動させ、あらゆるものを防ぎ、あらゆるものの活動を封じる、まさしく全能とも呼べる力を持っていたのです。
「にゃう……」
ですが、『勇者』は諦めませんでした。剣を握り、雄叫びをあげ、その身がいくら傷つこうとも立ち向かっていったのです。
「にゃ!」
そしてついに『勇者』の剣は『魔王』に届きました。歴代の『勇者』が受け継ぎ、積み上げてきた守護の力でもって『魔王』を封印したのです。
「にゃふう……っ! かっこいいにゃあ!!」
以上が六百年前の覇権争奪大戦、その顛末です。
絶望的な暴虐に立ち向かう勇気が、悪を許さない正義の心が、世界を救ったのでした。
──そんな内容の絵本を楽しそうに読んでいるネコミミを尻目にクソッタレどもは殴り合い、剣をぶつけ合い、流血上等で激突していた。大昔の『勇者』の奮闘にて紡がれし平和は今まさに『ロリボディは魅力的な否か』というつまらない理由で崩壊しているのだった。
ーーー☆ーーー
ガチャリ、と扉が開きます。そこからお風呂上がりだからかほのかに頬を赤く染めて、全身からうっすらと湯気が出ているセシリー様が出てきました。それだけでアタシの中にあった消失感は消え去り、胸がポカポカ暖かくなるんです。
「ミーナっ」
「はい、なんでしょう」
単一にて自己完結できれば生物として優れているわけではありません。いくら自己生産のエネルギー回路を用いれば永遠を生き抜くことも可能とはいえ、そんなものは無限の虚無でしかありません。『衝動』しか持ち合わせていないならば、無限の時を『衝動』に操られ過ごすことと何ら変わりません。
セシリー様がいるからこそ、アタシは『衝動』以外の何かを組み込むことに成功しました。こんなにも満たされていて、こんなにも幸せで、こんなにも毎日が新たな発見で埋め尽くされているからこそ、生を謳歌できるのです。
ゆえに。
アタシはセシリー様のおそばにいられれば、それで十分なんで──
「オシャレしようでございます!!」
「……おしゃれ、ですか?」
なんでしょう。
セシリー様が望むならば、アタシはどんな道にも進む覚悟があるのですが……なぜ今になって危機察知器官が最大級の警報を鳴り響かせているんですか???