第二十一章 ほんの僅かな時間さえも貴女様と離れることは苦痛なのです
翌日。
アタシは『外』の喧騒を耳にして、呆れたように首を横に振ります。クソ馬鹿王子と男爵令嬢の婚姻の儀が終わったみたいですね。くだらない。婚約だか婚姻だか知りませんが、家と家を繋げる行為に何の意味があるのやら。群れなければ何もできない不完全生物らしい行いですね。
「はぁ」
お昼過ぎの一幕。
お風呂好きなセシリー様が入浴中ということもあって、アタシは暇でした。おそばにセシリー様がいないこと、つまりは六百年前では当たり前のことだったのが信じられないくらい消失感を感じます。
正直に言って、凄く寂しいです……。
ーーー☆ーーー
ヘグリア国の一角、寂れた酒場では開店前だというのに数十人ものゴロツキどもが押しかけていた。
「どうするよ、腰抜けロリ兵士長様。このまま手をこまねいていたって状況は変わらねえ。婚姻の儀に浮かれまくってる王子がセシリーやらメイドやらの件を思い出せば、そこで終わりだ。任務を成功させるか、失敗して死ぬか。どちらも選ばず道草食ってると判断されて処分されるのがオチだろうな。まーあー? 最強の兵士様ぐらいは処分保留にしてもらえるかもだがなあ」
「きゃは☆ ……あの馬鹿が例外処置なんて許すわけないよねぇ。処分される時は一緒よぉ、クソッタレどもぉ」
アリス=ピースセンスは舌打ちをこぼし、天井を見上げる。前提として任務は達成できない。あのメイドに立ち向かった所で粉砕されるのは目に見えている。
だからこそ『代わりとなる手柄』を求めてアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の企みを暴こうとした。が、そちらは『限りなく怪しいが、目的も手段も不明』という半端な所で足踏みしている。これだけで『代わりとなる手柄』にするのは無理だろう。……馬鹿が相手でなければ、可能性もあったかもしれないが。
任務を成功させるか、失敗して死ぬまで挑むか。あの馬鹿はどちらかしか認めない。どちらも選べず、時間だけ無為に消費しようものなら処分されるのが毎度のことだった。……おそらく最強の兵士として英雄に近い扱いを受けているアリス=ピースセンスだろうとも、特別扱いはしないだろう。どれだけ力があろうとも、所詮は使い潰すゴロツキ枠なのだから。
(さてぇ、どうするかなぁ?)
と、全員が全員真面目ぶって思考を回しているわけではなかった。酒場の隅では(実年齢八歳の)ネコミミ女兵士が(見た目はグラマラスな美女であるというのに)ぐてーっと無防備に机に突っ伏すような形で読書中であった。
もう色んな所がチラッチラッと挑発するように肌色を示していた。見た目と中身のアンバランスさにゴロツキどもの大半がシリアスムードを維持できず、前かがみになっているほどにだ!!
「にゃふう……! かっこいいにゃあ!!」
見た目がパーフェクトなら、漏れる声も何だか色っぽく聞こえるから不思議である。これが実年齢に適した見た目ならばゴロツキどももここまで翻弄されなかったろうに。……というか殺人くらい一般教養扱いなクソッタレどものくせにこっち方面の耐性はあまりないらしい。暴力に特化している硬派(?)なクソッタレどもなのだ。
グラマラスなパーフェクトボディから甘いニオイを振り撒き、ダークスーツを盛り上げた胸部が見えそうで見えないギリギリのラインでむにゅむにゅと机に押し付けられていた。それだけで硬派(?)なクソッタレどもには刺激的なのだ。任務を果たすなり、代わりとなる手柄を持っていくなりして、処分を回避しなければならない危機的状況だというのに、目線がお胸に集中するくらいにだ!!
「はぁ。見すぎよクソッタレどもぉ」
「は、はぁ!? アリスこら誰が、そんな、はぁ!?」
「おっ、俺はそんな別に見てねえし……っ!!」
ギャーギャー騒ぎ始めたゴロツキどもを見渡し、アリスは額に手をやる。どんな付加価値があろうとも、根っこの部分はクソッタレでしかない。そうでなければ、己が命運がかかった場面で無為に時間を潰すような真似はしないだろう。
「大体八歳児のお子様よりもぉ、ここに成熟した大人のお姉さんがいるよねぇ。なんだって八歳児見て興奮してるんだかぁ」
「いや、だって、なあ?」
「ロリペタクソガキボディが何ほざいてやがるんだって話だ」
「なぁ!? 喧嘩売ってる売ってるよね上等よクソッタレども全部まとめて買ってやるわよぉーっっっ!!!!」
呆れたように首を横に振るゴロツキどもに突っ込むアリスもまた、どこまでいってもクソッタレでしかないのだろう。