第二十章 貴女様の笑顔があれば、食堂のメニューを食べ尽くすことだってできます
水遊びを一通り終えた後はお弁当を食べることになりました。アタシは水から出たところで『消去』を使いセシリー様とアタシの全身にまとわりついた水を消し飛ばします。結果として乾燥したようになりますね。
ついでに『転送』を使い、隠れ家に置いておいたお弁当を転移させます。わざわざ持ち運ばずとも、必要な時に移動させればいいんです。
……どうにもこういう力は現存人類にとっては優れたものと認識されるようですので、アタシがこういった力を使えることは内緒にするようセシリー様に言われています。まあ例外はありますし、もちろんセシリー様にはアタシの力の全てを開示していますが。
「こうやってお外でお弁当を食べるというのも本の中にあったのでございますっ。こう、普段と違って、開放的というやつでございますねっ」
「そうですね」
サンドウィッチ片手にウキウキと目を輝かせるセシリー様の笑顔をおかずにすれば、森の中の魔獣どもを一匹残さず食べることもできるでしょう。なんというか食欲が、これが食べたいくらい可愛いというものなんですねセシリー様可愛い!!
は、はふっ、開放的とはいいものです。何ならもうちょっと開放的になってですね、スクール水着を脱ぎ去ってもいいんですよお!!
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「ユアン様〜」
王都の中心にそびえ立つ壮大な主城の一角でのことだった。第一王子の私室にて、つまりは人目がない場所ではアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が後ろから第一王子に抱きついていた。
ふんわりと甘いニオイが充満する。女の子はいいニオイがするものである、という男の夢を現実として体現したような、そんなニオイが男爵令嬢から漂っているのだ。
「んふふっ。みんなの王子様は流石なの! こんなに早く結婚ができるなんて思ってもみなかったのっ」
「ふははっ、そうであろう? 私はこの国の第一王子にして次期王であるからなっ! 愛する女が早く婚姻の儀をやりたいと願うならば、即座にその願いを叶えるだけの力があるのだ!!」
「きゃ〜流石はみんなの王子様なのっ。かっこいのーっ!!」
「だろうだろうっ。だがな、アイラよ。婚姻の儀が済めば、私はアイラだけの王子様となるのだ。幸せであろう?」
「んふふ〜。こんなにかっこいい王子様を独り占めできるなんて、んふ、んふふ、幸せなの〜」
「だろう、だろうっ! ふはははっ!!」
常にうるうる潤んでいる瞳、媚びるように寄せられた眉根、そして甘ったるいほどに相手を肯定する言葉の数々。それらを組み合わせ構成されたアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢という『記号』は典型的過ぎるほどに狙いが分かりやすい。
他者を威圧するような雰囲気を(意図せずして)撒き散らしているセシリーと比べるならば、男限定ならば上手く友好関係を広げられるかもしれない。
少なくともどこぞの王子はゾッコンなわけだし、馬鹿にならば通用するのだろう。それが常日頃から腹を探り合い、闘争を繰り返す貴族連中にまで通用するわけがないのだが──結果として男の貴族はアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢に懐柔されていた。
何しろ例の婚約破棄騒動の際に出てきた『証言』は全てが男の貴族からもたらされたものなのだから。
「ユアン様、明日楽しみなの〜」
「ははっ、私も楽しみであるぞっ」
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アリシア国、首都。
ヘグリア国の隣国にして、領土内にディグリーの森のような危険地帯が多数存在するアリシア国には七人の王女が存在する。そのうちの一人にして人脈を司る第三王女は人脈ネットワークからの報告に眉をひそめていた。
「ヘグリア国の第一王子が男爵令嬢と婚姻の儀を執り行うでごぜーますか? つい昨日シルバーバースト公爵家の長女との婚約を破棄しておきながら、でごぜーますか」
通常であれば王族の婚姻は大々的に執り行うべきものだ。それこそ他国の重鎮を招くのが普通であるが──そんな話はアリシア国にはきていない。というか第三王女の人脈ネットワークによれば、どの国も招待せずに婚姻の儀を執り行うつもりらしい。
まさしく強行。
それこそ最低限の根回しだけで済ませ、半ば無理矢理押し通してでも婚姻の儀を執り行うつもりなのだ。
「あそこの第一王子の馬鹿さ加減は有名だから、まあこんなことやろうとするのは不思議じゃねーでごぜーますが、普段は周りが事前察知・封殺するのでござーますよね」
人脈ネットワーク。
アリシア国だけでなく、それこそ大陸中の人間を平民、貴族等細かく仕分け、各区分の人間と繋がりを広げることでありとあらゆる分野へと影響力をもたらすシステムである。人脈ネットワークを使えば、情報を仕入れるくらいは容易い。
その人脈ネットワークが捉えていた。
ヘグリア国の貴族連中、国の重鎮やその息子、つまりは男の様子がおかしいことに。
「国家の中枢の人材のうち、男の中で通常運転なのは第一王子のみでごぜーますか。確かあの馬鹿には不可思議な現象を『元に戻す』力があったでごぜーますね。とするなら──あの国では不可思議な現象で男連中が狂わされているでごぜーますか?」
トントン、と人脈の第三王女はこめかみで指でつつき、思考を回す。介入する価値はあるか否かを計算していく。
と、その時だ。
ズズン……ッ!! と主城を揺るがす震動に眉をひそめる。
「武力の鬱憤ばらしには使えるかもでごぜーますね」