第十七章 発明は時に残酷な結末を招きます
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢。
ミルクフォトン男爵家が三女であり、薄い紫の髪をツインテールに束ね、ピンク色のドレスを好んで着る少女であった。アリスよりは頭一つ分以上大きいが、セシリーと同じ歳にしては小柄なほうだろう。
ミルクフォトン男爵家は代々地元の農園を統括する地主であるが、規模としてはそう大きなものでもない。似たような男爵家も多いことだろう。
それだけだった。そこらの男爵令嬢と大差ない、ありきたりな女で済ませられる時点でおかしいのだ。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の友好関係は広い。同じ男爵家の人間から、果ては騎士団長や宰相の息子、第一王子など身分に関係なく彼女を好ましく思っている男の貴族は多い。
年下だろうが年上だろうが関係ない。ともすれば無礼とも受け取れるほどに気軽に声をかけ、少し話して、それだけで友好関係を結べるほどに。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢に何か利用価値があるわけではない。そこら辺の男爵令嬢と同じような価値しかないというのに、自然と彼女の周りには人が集まるのだ。
(『何か』あるよねぇ)
アリス=ピースセンスはぶつくさ文句を言う兵士どものケツを蹴り上げ、人海戦術で調査を進める。確率の導くままにアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の深奥へと切り込んでいく。
ーーー☆ーーー
アタシはこれまで生きてきた中ではじめて己の力を恨みました。
一昔前までは泳ぐといえば服を脱ぐのが主流でした。下着だけで水遊びする、なんてものが当たり前だったんです。
しかし、しかしですよ。
最近になって大陸の外から様々な品が入ってくるようになりました。その中に『水着』というものがあったんです。
泳ぐ際に着用するものらしく、つまりこれまでの水遊びといえば下着か全裸という定説が崩れてしまったのです。
とはいえアタシたちは婚約破棄騒動の後に学園を飛び出しました。水着なんてものは持っていない……というのに!!
『ミーナ、水着を「再現」してもらいたいのでございます』、とセシリー様はおっしゃいました。
現在の所持品なんてどうでもいいんです。
今セシリー様が着ている衣服や隠れ家の二階のように、水着を『再現』で生み出せばいいのですから。
アタシの馬鹿っ、なんでこんな力を持っているんですかあ!! あ、ああ、そんなセシリー様水着なんて、あ、ううう、セシリー様に頼まれたら断れないんですよお!!
「…………、」
アタシは滝を見上げながら、水着なんて持ち込みやがった大陸の外のクソッタレどもをいかに苦しめてぶち殺そうか、と思考を巡らせていました。危ないです、そんなことをすればセシリー様が悲し……ああでもせっかくのチャンスだったんですよもお!!
ちなみにセシリー様はアタシが『再現』した水着にお着替えするということで岩陰に隠れています
……セシリー様に教えられた通りのものを『再現』したのですが、もちろん下着や全裸よりも肌面積は少なくなります。くそったれ!!
「はぁ」
普段なら岩陰の向こうでセシリー様が着替えている、というだけで最高のはずなんですが、落差のせいで素直に喜べません。ついに衣服なんかで隠されている、セシリー様の至高にして究極の御身を拝見できるはずでしたのにい!!
はぁぁぁ……。
どこぞの島国から持ち込まれたスクール水着でしたっけ? あれ、なんであんなに肌を隠すんですか???
ーーー☆ーーー
「何も出てこなかったぁ? 本当にぃ???」
「腰抜けロリ兵士長様の指示通りに動いた結果だ。ご自慢のスキル『運命変率』がイカれてなけりゃあ何もねえんだろうよ」
アリス=ピースセンスを含む数十人の兵士たちがヘグリア国の片田舎にある開店前の酒場に集まっていた。ヘグリア国の各地にはこうした『秘密基地』が多数存在する。どいつもこいつもゴロツキなので、内緒話ができる空間を確保するクセがあるのだ。クソ野郎と秘密の隠れ家は切っても切り離せない。
それよりも、だ。
「何もないわけないってぇ。こんなに不自然なのよぉ?」
「つってもな。アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を調べたら、クソほど綺麗な経歴しかなかった。それが全てだ」
厳つい顔のゴロツキ兵士の言葉にアリス=ピースセンスは舌打ちを返す。そんなわけがないのだ。ここまできて何もないなんて結果で終わるわけがない。
「まあ不自然っちゃ不自然だったがな」
「何がよぉ?」
「出てきた経歴は一年前までのものだけだった。ここ一年の経歴についてはご自慢のスキルでアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を調べることを目的と設定した時は調査不能だったしな。わかるか? 潔癖とか真っ黒とか何とかじゃなくて、そもそも情報が出てこなかったんだよ。スキル『運命変率』があれば天文学的確率さえも引き寄せて、目的と設定した情報が出てくるはずなのにな」
「んぅ? でも騎士団長や宰相の息子と仲良くしているってのはここ一年でのことよねぇ? ここ一年でのアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢についての情報出てきてるってぇ」
「まあそうだな。だがよ、それは騎士団長の息子やら宰相の息子やらがセシリーがアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢に嫌がらせをしたって『証言』したから、その裏を調べようとそいつらを目的と設定した時に付属して出てきたもんだ。アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を調べようとすると、必ずここ一年の情報は出てこないんだよ。つまりアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢について分かっている範囲は一年前まで。真っさらなのはあくまで一年前までのアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢ってわけだな」
ゴロツキ兵士はゴキッと首を鳴らし、
「というかアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢って一年前までは誰彼構わず声をかけて、仲良くなるような奴じゃなかったみたいだわな。どっちかというと引っ込み思案なくらいだったとか」
「んぅ? でもアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は自分から率先して色んな奴に声をかけてぇ、友好関係を広げたんじゃないのぉ? だからこそ『証言』した連中の影にアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢がいたわけだしぃ」
「ここ一年で今までのアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢じゃありえないことをし始めた、ってわけだな」
「きゃは☆ ここ一年で今までとは異なる行動をし始めてぇ、ここ一年で『証言』した連中と仲良くなってぇ、ここ一年での経歴を調べることができないってぇ? ……あからさまに怪しいわねぇ」
「だが、それまでだ。それ以上はさっぱり出てこない以上、何もないとしか言えないわな」
「…………、」
と、その時だった。
ドバンッ! と扉を開け、酒場に一人の女兵士が転がり込んでくる。
「やっべーにゃーっ! 馬鹿が馬鹿やりやがったにゃあ!!」
「きゃは☆ 何よぉいきなりぃ」
「明日、第一王子がアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢と婚姻の儀を執り行うってほざきやがったにゃあ!!」
…………。
…………。
…………。
「はぁ!?」
ただでさえ調査が滞っていたところにとんでもない馬鹿の暴走が転がり込んできた。