第十六章 ついに神秘のヴェールを引き裂く時が来たのです
予想以上でした。
アタシとしては色々あって傷ついているセシリー様の気が紛れればいいと散歩を提案したのですが、よもやここまでの結果になるとは思いませんでした。
「ふふっ。ミーナ、次はあっちでございますっ」
『ただの』セシリーでいいと、憑き物が落ちた表情で駆け回るセシリー様は最高です。これからの未来、自由に生きるのだと吹っ切って、その上でアタシを隣に置いてくれるようですしね。
これまでのセシリー様も最高でしたが、これからのセシリー様も最高なんです。それをおそばで見ることができるなんて、アタシはなんて幸せ者なんでしょうか。
「ミーナミーナっ。あっちから水の音が聞こえるのでございますっ。行きましょうでございます!」
「セシリー様のお望みのままに」
ワクワクした様子でこちらに手を振って、とてとてと駆けるセシリー様の何とも眩しいことでしょうか。この世のあらゆる金銀財宝の輝きさえも消し飛ばす、極大の光ですよね。
ああ、可愛いですう。
ーーー☆ーーー
アリス=ピースセンスにかかれば調査なんてものは簡単であった。スキル『運命変率』を使い、知りたい情報を目的と定めるだけでいいのだから。
アリスは初めにアイラ=ミルクフォトン本人ではなく、例の婚約破棄騒動から調べることとした。男爵令嬢が『何か』を企んでいるとするなら、例の婚約破棄騒動にも裏がある可能性が高いからだ。
──婚約破棄騒動のきっかけはセシリー=シルバーバースト公爵令嬢がアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢に嫌がらせを行ったという『証言』が出てきたことだった。
学園内に通う有名貴族の男どもがこぞって『証言』を第一王子へと流し始めたのだ。……どうやら『証言』自体が嘘であったようだが。
それらの『証言』を第一王子は鵜呑みにして、セシリー=シルバーバースト公爵令嬢を糾弾する材料とした。その結果が例の婚約破棄騒動である。
(不自然だよねぇ)
馬鹿が裏付けも取らずに『証言』を鵜呑みにしたのはそう不思議なことでもない。第一王子らしいと言えるだろう。その前、セシリー=シルバーバースト公爵令嬢が嫌がらせを行ったという『証言』が広がっていたのが問題なのだ。
公爵家の長女、しかも第一王子の婚約者ともなれば次期王妃は確定したも同然である。そんな相手に喧嘩を売るように嘘の『証言』を広めるなど自殺行為に等しいだろう。それこそ相応の後ろ盾なり勝算なりがなければ、そんなことはしない。
だというのに、だ。
学園内で第一王子に向かって『証言』した者が多数存在するのだ。流言や噂話として誰かが言っていたと予防線を張るのではなく、自分自身が『証言』したという証拠を残す形で。
(『証言』を残している連中に関しては派閥はバラバラだしぃ、何ならセシリーと第一王子が婚約破棄されては困る奴すらいる始末よねぇ。というかこいつらが手を組んだって共食いになるのが目に見えているってぇ。それこそ『証言』した連中に共通点があるとすればぁ、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢と関わりがあるってところかなぁ。きゃは☆ ドンピシャねぇ)
婚約破棄騒動の裏にはアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の影が確認された。より深く切り込めば、『何か』も見えてくることだろう。
ーーー☆ーーー
小さな滝がありました。
じゃばじゃば落ちた先は円状に水が溜まっていて、そのまま森を横断する形で川となっています。これが魔獣どもの水源となっているみたいですね。
喉を潤しに魔獣がやってこないとも限りませんし、念のため『防壁』を展開しておきましょう。
「ミーナっ。滝でございますっ」
「滝ですね」
「うわぁ、凄いのでございます……っ!!」
滝の規模としては小さいくらいです。こんなもの探せばいくらでもあるでしょうし、アタシなら生み出すことだってできます。はっきり言って何がセシリー様を感動させているのか、アタシには理解できません。
だからこそアタシはセシリー様のメイドなのです。アタシが理解できない領域に立ち、アタシの中にある衝動に従っては見えない景色を見せてくれるからこそ、アタシはセシリー様のお側にいたいと思うのです。
おそらく規模の問題ではありません。
おそらくアタシの手で生み出せるか否かなんてどうでもいいんです。
……では何がいいのかまではどうやっても理解できませんが、セシリー様が笑っているならそれが全てです。ただの思いつきでしたが、散歩に出て良かったです。
「ミーナっ。わたくし書物で読みましたのでございますっ。こういう時は泳ぐものでございますよっ」
「…………、」
泳、ぐ?
水の中でばちゃばちゃするアレですよね? 水に入るというならば、服を着たままではないですよね???
「それがセシリー様のお望みならば、喜んで」
は、はふっ、泳ぐっ、服が濡れっ、ということは、それそれそれはあ!! ふっはっ、さあ泳ぎましょう今すぐ泳ぎましょうだからほら早く脱いでくださいセシリー様あ!!