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第十五章 貴女様が笑っているのならば、アタシは幸せなんです

 

 どうせなら昼食は外で食べようということでお弁当を作ることになりました。アタシが一人でやったことといえば食材の調達とお弁当箱を『再現』で生み出すくらいですがね! 後は、ふ、ふふっ、後ろから抱きしめる形でセシリー様から料理を教えてもらう形でした。


 己の不備が原因の失態ではありますが、胸が高鳴るのは止められません。止められるわけがないです。


 ともあれお弁当を準備できたので、森へと散歩に出かけることとなりました。


 ちなみに今のセシリー様は森を歩くということでラフな格好に着替えています。赤い上着で上半身を、ズボンで下半身をぴっちり覆うことで枝なんかで麗しくお綺麗なお肌に傷がつかないよう防備を固めています。ちなみに袖が長めのせいで手が隠れている状態です。怪我をしないようにと公爵家にあるもの以外を即席で『再現』した衣服ですのでサイズがあっていないんですよね。


 全くの偶然であり、誓って狙ったわけではありませんが……半端なくないですか、それ? はっ、破壊力が、ぷらぷら揺れる袖が、駄目そんなお手を頬に持っていくなんてナニソレ可愛い!!


 ──ハッ!? なんだか意識が飛んでいた気がします。し、しっかりしないとですね。この森には魔獣どもが生息しているんです。万が一にもセシリー様に危害が加えられないよう、というかセシリー様の目に入らないように集中しないといけません。


「わぁ……っ!」


 外に出た瞬間、思わずといった風にセシリー様のお口から感嘆とした吐息が漏れます。目の前に広がるのはただの森ですが、セシリー様にとっては未知の光景なんです。


「昨日はゆっくり景色を楽しむ余裕はなかったでございましたが……凄いのでございますっ!!」


 どことなくその目はキラキラと輝いているような気がします。というか礼儀作法などを叩き込まれたセシリー様にしては珍しく、歩法なんて気にした風もなく飛び出しました。


 ──セシリー様にとって世界とは屋敷と学園でした。町に出ることすらなかったんです。あくまで政略の道具であり、シルバーバースト公爵家が長女は未来の夫となる者に捧げるためのものでしかない、というのがシルバーバースト公爵家の考えでした。セシリー様は『貴族としての必須項目』だとおっしゃっていましたが、 そこまで酷くはないはずです。少なくとも他の公爵家や貴族連中は好きに生きています。


 それでもセシリー様は『これも高貴な家に生まれた者の務めでございます』とおっしゃっていました。本当はそんな簡単に割り切れるものではなかったはずなのに、です。


 ……だからといって壊すのが正しいとも限らないため、アタシは何もできませんでした。命を奪ったり、誰かを傷つけたりすることは好ましくないことらしいですから。


 ですが、本当にセシリー様の優しさを肯定するだけで良かったのでしょうか。その結果セシリー様は『貴族としての必須項目』を会得するためだけに生かされていました。


 そこまでその身を捧げたというのに、他ならぬ公爵家や婚約者がセシリー様を切り捨てました。


 ふざけた話です。セシリー様の優しささえなければ、本来のアタシであれば、もっと違った『結果』を突きつけられたはずです。


 とはいえ、


「見てくださいでございますっ。この花についている雫って朝露ってやつでございますよね! 朝日が反射して、綺麗でございますっ」


「そうですね」


 なんの気兼ねもなく、背負わず、軽やかな足取りで森の中を走り回り、未知の景色にセシリー様は表情を輝かせます。こんなことならセシリー様の考えに背いてでも、もっと早くに公爵家や第一王子に喧嘩を売っておくべきだった、という考えは変わりませんが──今楽しそうなら、それでいいのかもしれません。


 全ては過去のこと。

 アタシがやるべきはあの笑顔を守るために尽くすことです。


 ですから、『そっち』の問題は『そっち』で片付けてくだ──う、うわっ、セシリー様があんなに満面の笑みを、そっと小さな花に触れるセシリー絵になります! きゃって、今木々の間から漏れる朝日が眩しくてきゃって言いましたっ。あ、ああ、今度はどちらに、そんなに幸せそうに笑ってくれるなんて最高ですう!!



 ーーー☆ーーー



 セシリーは足が動くのを止められなかった。

 木々のざわめきも自然の香りも草花の色彩も公爵家本邸や学園内の『整えられた』環境では決して見れない光景だった。


 公爵家本邸や学園内のほうが価値はあるのかもしれない。豪勢な調度品や建物などを用意して、『整えられた』環境を作り上げていたのだろう。


 それでも。

 人の手が入っていない、ありのままの自然が新鮮で綺麗だと感じられるのだ。


『貴族としての必須項目』を満たし、未来の夫の装飾品として相応しく生きて死ぬ。それが貴族の女と生まれたセシリーの存在価値であった。それに対して思うところがないかといえば嘘になるが、それが果たすべき義務なのだと思っていた。


 それでいいのだと、言い聞かせてきた。

 ずっと、我慢してきた。


 だけど違ったのだ。公爵家から勘当され、こうして自由に外を駆け回っていくごとにセシリーは己の本音に触れていく。これまで『貴族としての必須項目』が覆ってきた何かが剥がれ落ちていく。


 嫌に決まっていた。

 未来の夫のためだけに『貴族としての必須項目』を詰め込むだけ詰め込んで、好きでもない男と婚約させられて、一生をあんな男の装飾品として生きて死ぬなんて嫌に決まっていた。


 それでも、我慢してきたのだ。

 シルバーバースト公爵家の長女として生まれたからには果たすべき義務があると。それが貴族なのだと。そうしないと、いけないのだと。


 だけど、もう気にしなくていいのだ。

 将来に対する不安はある。趣味の料理以外には政略結婚の道具としての技能しか会得できていないセシリーが果たして公爵家の庇護なく生きていけるのか、不安に決まっていた。


 だけど、セシリーは一人ではない。

 それだけは確かであり、それだけあれば生きていける。


 まるで羽化するように。

 昨日までセシリーを蝕んでいた不安や恐怖が霧散する。その奥から、真の望みが溢れ出る。


「ミーナ、わたくしは決めましたのでございます! シルバーバースト公爵家も第一王子もヘグリア国だって知ったことではございません!! どうせもう戻れないでございますからね!! だからわたくしは『ただの』セシリーとして自由に生きていくのでございます!!」


 ですので、と。

 一つ区切り、息を整え、じっとメイドの目を見つめるセシリー。どこか憑き物が取れたような笑みで、彼女は言う。


「こんなわたくしでございますが、よろしくでございます!!」


「それがセシリー様のお望みならば、喜んで」


『ただの』セシリーであろうとも、ミーナは変わらず『一緒』にいてくれる。だったならば、こんなにも自由な世界を楽しむことができるだろう。

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