短編 デートの日 後編その二
・アリス=ピースセンスの場合
「きゃは☆ あのクソ『宇宙人』めぇ。このわっちを軽くのしたばかりかぁ、生かしてやる余裕すら見せるだなんてナメくさっているわねぇ」
『ダークなようでいてなんだかんだでお利口さんな百合もまたアリなので殺したりはしません。これからもどうぞお好きなように百合百合するように』、などと訳の分からない戯言をほざいて『宇宙人』は立ち去っていた。
ロクにアリスを傷つけず、それでいて身体の自由だけを奪って、だ。
指先一つ動かせず、それこそ圧倒的なまでに敗北した彼女は仰向けで路地裏に倒れていた。
「魔法でも『技術』でもスキルでもなかったわねぇ。あれはぁ、何の力も感じないというのに超常顔負けな性能を発揮するあれはぁ、……そんなまさかぁ、ねぇ。あんなのがわっちの予想通りのモノだとしたらぁ、それこそ既存のパワーバランスなんて簡単に覆るわよぉ」
と、シリアス顔で何事か思案していたアリス=ピースセンスへと駆け寄る影が一つ。
「なーのーっ! アリスさん大丈夫!?」
「アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢っ。ちょうどよかったわねぇっ。わっち今身動き取れなくてねぇ。肉体の動きを阻害する超常では説明できない何かを受けてしまったからぁ、適当な治癒系統超常持ち連れてくることよぉっ!!」
「え、え?」
「あの『宇宙人』めよくも好き勝手やってくれたことよねぇっ。コテンパンにしてやるんだからぁっ!!」
と。
複数の国家の庇護を受けし『宇宙人』が相手だろうが敵に回す気満々なアリス=ピースセンスが毎度お馴染みクソッタレ活動に精を出そうとした、その時だった。
ドゴォンッッッ!!!! と。
路地裏に降り立つ影が一つ。
武力の第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。簡素なドレスを動きやすいように半ばより引き千切り、美しい金髪を同じく動きやすいようにとボーイッシュに切り揃えた『遊ぶ』の大好き戦闘狂である。
……いいや、正確には『ここ』では戦闘よりも夢中になるものを見つけたので元と冠をつけるべきだろう。
「もーうアリスって本当ひねくれているよねー。『宇宙人』には手を出さないでってあれだけお願いしたのにー」
「目先の利益のために怪しさ満点なボケカスどもに媚びを売る無様でいやらしいクソ売女みたいな真似はできないってだけよぉ」
「ひっどいいいようだよねー。そうやってすぐに意地張ってかわいくないんだからー」
「きゃは☆ 己のためだけに鮮血と死を振り撒いてきたわっちにかわいさなんて求めるのが間違い──」
「まーベッドの上じゃくっそかわいいんだけどねー」
「わぁーわぁーこぉっこの王女様何をほざいてやがるのよぉっ!!」
『宇宙人』の超常以外の未確認技術により身動きがとれないアリス=ピースセンスが真っ赤な顔で抗議するが、戦闘以外に狂うべきものを手に入れたウルティアは一切気にせず、
「とにかく! 『宇宙人』には手を出さないようにねーっ!!」
「ふんっ。ウルティアともあろう者がお国の意思に従う奴隷に成り下がるなんてねぇ。失望したわぁ」
「ん? 別にアリシア国の方針なんてどうでもいいけどー? ウルティアと『宇宙人』とは利害が一致しているっぽいからってだけだしー」
「利害ぃ?」
「そーそー」
ぎりっ、とアリスは奥歯を噛み締める。この後に及んでシリアスを継続する気満々なクソッタレは淫魔や『魔王』を敵と回した時のようなシリアス顔で叫ぶ。
「ウルティアが何を狙っているのかは知らないわよぉ。だけどぉ! わっちを簡単にあしらえるような『未知の力』をあろうことかばら撒く連中の目的は予測がつかないわぁ。わからないならとりあえず潰すのが被害を最小とする一番の方法なのよぉっ!! だからぁっ!!」
「利害が一致しなくなったら一人残らずぶっ壊すから別に大丈夫だってー」
サラリとしたものだった。
戦闘以外に狂うべきものを見つけたとはいえ、本質はちっとも変わっていなかった。
好きか嫌いかどうでもいいか。
単純な分類に『愛する人』を加えた狂人の中で変化はあったにしても、やっぱり狂人は狂人。戦闘に狂っていたのが愛に狂っただけの話である。
「ウルティア的には周囲がどうほざこうが関係なしだけどーどうせアリスってば悪態つきながらも色々背負っちゃうよねー。なんだかんだとヘグリア国の女王としての役割を投げ出すなんて器用な真似はできないはず。だから世界のほうを歪めちゃおーってね。いやー世継ぎだなんだ王族には枷が多くてめんどーだよねー」
「なぁ、にをぉ……?」
理解させる気がないのか、あるいはウルティアの中では説明しているつもりなのか、狂人独特の理解不能な理論に基づいているものなのか。無邪気な笑顔で愛に狂った王女は続ける。
「あ、言ってなかったけど、ウルティアは第五だから王族としてのアレソレを考慮してもオーケーだからねー。アリシア国としても『勇者』や『魔王』との繋がりが強いヘグリア国とは仲良くしたいだろうしー。公的な釣り合いが取れるようにアリスがヘグリア国の女王になるよう裏で邪魔になりそうなのぶっ壊した甲斐があったよねー」
「ねぇ今サラッととんでもないこと言わなかったぁ!?」
「なの。小難しい話はいいのっ。それより! 大事なのはアリスさんが身動き取れないってことなのっ」
「きゃっきゃは☆ そうねぇ。色々追求したいけどぉ、色々一気に手を出すより一つずつ処理するべきよねぇ。今はぁ! クソ『宇宙人』をぶっ倒すためにも身体の自由を取り戻さないとぉ!! アイラ早く治癒系統超常持ち連れてきてぇーっ!!」
「あ、はいなのっ」
「またそんなこと言ってーっ! そんなことさせないもーん!!」
ムキになった幼子のように叫び、ウルティアはアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の肩に手を回し、遠くに引きずっていく。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を説得するつもりのようだが、公的な視点から見れば自国の女王と隣国の第五王女のどちらの言うことを聞くかとなれば自国の女王を選ぶだろうし、私的な視点から見ても恋敵のような相手からのお願いよりも好きな相手からのお願いを聞くに決まっているので説得なんてうまくいくわけがなかった。
よってウルティアの説得なんてアイラには通用しない。最悪ウルティアお得意の力づくなんて行動に出る可能性もあるが、アリスの目がある中でそのような暴挙に出ることはないだろう。何せアリスはヘグリア国の女王にして好きな相手。よっぽどのことがなければアリスが不快に思うような行動には出ないことは確実である。
もちろん狂人の行動を正確に読めるなどと自惚れはいけないが、狂人が予測不能に見えるのは狂人特有の『軸』が普通の人間とはかけ離れているからだ。やることなすこと普通では考えられないだけで、狂人ならではの『軸』さえ読み取れれば行動予測も十分可能である。
……恋心さえもこうして冷徹に利用できるかどうか判断可能な思考回路を持っているからこそ、アリス=ピースセンスはクソッタレなのだろう。
つまり。
そのはずなのに。
「アリスさん、ごめんなのっ。『宇宙人』さんを追いかけるつもりなら治癒系統超常持ちの人は連れてこれないのっ!!」
前提なんてサラッと覆しやがった。
自国の女王、そして好きな相手。公的にも私的にもアリスのほうを優先するのは確実であるというのに、ちょろっと話をしただけで、だ。
「なん、なぁっ!? ちょっ、なんで、ウルティア何を言ったのよぉ!?」
「アハッ☆ それはもちろん『利害の一致』を示したってだけだよー。……できればウルティアだけがいいけどーそのためには他のをぶっ壊すしかないからねー。そして、そうやってぶっ壊しに壊した先でアリスが笑っているとは思えないからある程度は譲り合わないとねー」
「ううっ。こんなの反則なの抗えるわけないのっ。だって、こんなっ、物理的に無理だって諦めていたのができるようになるって言われたらもうどうしようもないのーっ!!」
アイラが何を吹き込まれたかは不明。わかっているのはヘグリア国の女王にして好きな相手というカードさえも覆す『利害の一致』とやらがあるということ。
「きゃは☆ 上等よぉ。敵対するっていうならぁ、わっちにも考えがあるわよぉ!!」
ウルティアにアイラ。
二人が自分の側に立ってくれないことに苛立ちが止まらない。気を抜けば泣きそうなくらいにドロドロとした制御不能な感情が胸の内に吹き荒れる。
いつもなら、そういつものクソッタレであれば使えないなら別のを使えばいいと即座に思考を切り替えるものなのだが、今回ばかりは『なんで』や『どうして』とずるずると引きずってしまう。
なんだかんだと彼女たちはアリスの側に立ってくれると思い込み、望んでいたのだろう。
「レフィーファンサぁーっ!!」
ズバッぢぃっっっ!!!! と。
紫電の奔流と共に君臨する影が一つ。
『クイーンライトニング』が兵士長・レフィーファンサ。彼女はいつでもどこでもアリスが呼べば即駆けつけてくるのだ。
……正確にはいつでもどこでも年中無休でストーキングに勤しんでいるので駆けつけるも何もあったものではないのだが。
「徹底的にやってやるから覚悟することねぇ裏切り者どもぉ!! コテンパンよぉこーてーんーぱーんーっ!!」
レフィーファンサやっちゃえぇっ!! とこれまで状況に応じて(最終的には強引さが顔を出すにしても)臨機応変に立ち回っていたアリス=ピースセンスらしからぬヤケクソ気味な叫びだった。
だが。
だけど、だ。
「ごめん。今回ばかりは言うこと聞けないんだよね」
「は、ぁ!?」
人生の大半をストーキングに費やしているレフィーファンサでさえもであった。そこまで、アリス=ピースセンスの側に立つよりも優先すべき何かがあるというのか。
『利害の一致』。
例の『宇宙人』がもたらすものはそんなにも素晴らしいものなのか!?
「…………、」
しばらく、アリス=ピースセンスは何も言えなかった。仰向けのまま、身動きがとれない女王はこれまで感じたことのないドロドロとした感情をどうにか受け止めようとして、そして、
「なによなによぉっ。わっちのこと好きって言ったくせにぃなんでわっちじゃなくて『宇宙人』の味方するのよばーかぁっ!!」
決壊するように、それこそ駄々っ子まっしぐらであった。シリアスどころかクソッタレ成分さえどこかに吹っ飛んでいた。
「あれだけ好きだなんだって迫っておきながらぁ、わっちの味方してくれないってなによそれぇっ!! 本当にわっちのこと好きなわけぇ!?」
端的に言おう。
アリス=ピースセンスは拗ねていた。
なし崩し的、来るもの拒まず、利用価値があるなら恋心だって利用して手駒を増やす。そういったクソッタレ要素がまったくないとは言わない。というか真っ当で綺麗な恋愛であれば節操なしに『好きな相手』を数多くキープするわけがない。
それでも、そこを置いておいて、情が芽生えていたのだから仕方ないではないか。
その辺りはアイラたちから逃走を繰り返していたことにも現れているのかもしれない。本当に嫌なら逃走ではなく闘争を選ぶのがアリス=ピースセンスである。それでも、あえて、逃走を選んだのは追いかけて欲しい心の現れだろう。そうすることで相手の気持ちを確かめて安心したがっていたのだ。
なんというか全体的に面倒くさいが、だからこそアリス=ピースセンスはどこまでいってもクソッタレなのかもしれない。
今だって節操なく数多くの相手に好きを向けているというともすれば個々人に対する好きが本気かどうか問いたくなるような有様を棚に上げて、アイラたちの気持ちが本当かどうか問うているのだから。
ゆえにアイラたちは同時にため息を吐いていた。惚れた弱みとは本当に厄介なものである。
「アリスさん」
「なによぅ」
もうクソッタレに面倒くらいアリスへと、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が代表してこう言い放った。
「好きじゃなかったら抱いたりしないのっ!!」
「なっなんっ」
「アハッ☆ アイラの言う通りだよねー。つーかー? ウルティアのことを唯一の好きな人じゃなくて複数の好きな人の一人の枠に放り込むのも許してやっているってのにウルティアの気持ちを疑うなんてちょおーっとムカつくよねー。感謝こそすれ責められるなんて心外ってねー」
「あ、あれぇ? 風向きが変わっているようなぁ???」
「そうそういっつもそうなんだから。自分のしたいように好き勝手やって、迷惑かけまくって、その上でついてくるのが当然って顔してさ。いやまあ好きだからどこまでもストーキングするけど、それはそれとして思うところが全くないわけじゃないんだよね。ここらで少しは反省するべきじゃない?」
「おかしい。なんでいつの間にかわっちが責められる側になっているわけぇ!?」
そんなの日頃の行いのせいに決まっていた。何ならこの程度で済んでいるのが奇跡なくらいである。
「アリスさん」
「はっはいっ!!」
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は笑顔だった。彼女に限って悪意なんてあろうはずもなく、しかし背筋に悪寒が走る。こう、餌というか口実を与えてしまったような、もう手遅れだとひしひしと感じられる。
「そんなに疑うなら、証明してあげるの」
「いやぁ、もういいかなぁ、うん」
「遠慮することないの。こういうのは早いうちに解決しておかないといけないのっ」
「もういいからぁ、本当嫌な予感するからもういいってぇ!!」
がしっと。
『宇宙人』の未確認技術で身動き一つとれないアリス=ピースセンスの両肩を掴み、押し倒すような体勢でアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢はこう突きつけた。
「こんなに好きなんだって、ちゃあんと身体にわからせてあげるの!!」
「待ってよぅっ! 身体動かない状態ではまずいって普段でさえもやばいのに逃げる余地すらないのは本当耐えられないからぁっ!! え、えっ、なんでウルティアやレフィーファンサまで乗り気なのちょっと待ってわっちが悪かったから自分のこと棚に上げて好き勝手言ってごめんなさい反省しています反省したからだから許してよぉーっ!!」




