短編 デートの日 中編
照れ臭さを誤魔化すように手で顔を仰ぎながら、噴水がある広場でセシリーは口を開く。
「ミーナ。今日はどこに連れて行ってくれるのでございますか?」
「…………、」
「ミーナ?」
セシリーからの問いかけに、ミーナはびくりと肩を震わせる。
デートをすると、そう言ったのはミーナであるが、衝動に任せたものであったためにプランなんて決まっているわけがない。
表情は動かず、しかし焦りからか身を固くするメイドへと主人は言う。
「そういえば公爵家から追放されてから王都に足を踏み入れたのは今日が初めてでございましたね。今なら令嬢だからと立ち入りを制限されていたところにもいけそうでございます。どうでございましょう、ミーナさえよろしければ今回のデートはわたくしが行ってみたいところを回ってみるというのは」
「も、もちろんですっ。……申し訳ありません」
「あら、わがままを言っているのはわたくしなのですから謝るのはわたくしのほうでございますよ。だから、ね。せっかくのデートなのですから変に気にせず楽しむでございますよ」
「……やっぱりアタシ、セシリー様のこと好きです」
「ふあっ。なんっ、いきなりそんな、もうミーナったら!!」
ーーー☆ーーー
「ふひぃ。死ぬかと思ったわねぇ」
アリス=ピースセンスはいつもの面子を振り払い、王都の路地裏で額の汗を拭っていた。
魔王やキアラといった怪物が本格的に暴れる前にと介入して事態を終息させただけだというのに、なし崩し的に助けることになった少女に抱きつかれるわいつもの面子からどういうことだと問い詰められるわ少女がアリスのこと愛しているとか言い出して唇を奪ってくるわとナンダカンダ毎度の乱闘騒ぎであった。
「今日のを考えるに『魔王飼い慣らし作戦』、無理があったよねぇ」
今は亡き第一王子によりセシリーは国外追放されていた。それをアリス=ピースセンスは女王となったその日に撤回、王都に移り住むようにと誘っていたのだ。
いわれなき罪によって追放されたセシリーよため、であるわけではもちろんない。アリス=ピースセンスは正義の味方ではなくクソッタレなのだから。
狙いはセシリーにくっついてくるだろう魔王ミーナ。極大の戦力を手元に置いておくことが狙いであったのだが、セシリーからは今の生活も気に入っているからと断られて失敗している。……目論見が成功していたらいたで、今日のようにつまらない騒動で魔王の力が王都で炸裂するような危険性に頭を悩ませていただろうから、結果的に失敗していたほうが良かったのだろう。
「それよりぃ、問題は『宇宙人』よねぇ。一つの国を滅ぼし、国家管理兵器を流出させたってだけでも厄介だというのにぃ……似たような兵器をばら撒いて何を企んでいるぅ?」
厄介ではある。
あるのだが、『宇宙人』がもたらしているのが利益であるがために表立って処分するのが困難となっていた。
欲に目が絡んだ複数国家のお偉方が『宇宙人』の味方をしているほどに(あるいは裏で何かしらの取引でもあったのか)。
「ウルティアめぇ。アリシア国の方針とはいえ『宇宙人』に関しては保守派に回ってさぁ。わっちのこと好きなくせにぜんっぜん言うこと聞いてくれないとかなんなのそれぇ!? 拗ねちゃうぞぉっ!!」
ヘグリア国の女王というしがらみのせいで今までのように万が一の場合は『自分だけが責任を取ればいい』という免罪符が使えなくなり、自分らしく動くのが難しくなったアリス=ピースセンスは、しかしクソッタレらしく口元を歪める。
『宇宙人』は複数国家により保護されている。不可侵条約のようなものと考えていい。ゆえに国家の意思でもって手を出したと見なされたならば、その他の国を敵に回すこととなるのだ。
ならばどうするか。
そんなの簡単だ。
「使うのが国家戦力ではない奴であればヘグリア国に影響なしよねぇ。となればぁ、勇者はちっとばっか善人すぎるしぃ、魔王を上手いこと『宇宙人』とぶつけますかぁ。……この状況ぅ、魔王や勇者といった『今の』トップランカーどもとの繋がりがあるわっちにとっては最悪だしぃ、早期に解決しないとぉ」
これ以上の文明汚染をやめるよう交渉するためにも一度叩き潰す必要がある、とそこまで考えたアリス=ピースセンスは気づく。
トン、と。
正面に降り立つ人影に。
「我々は、宇宙人である」
透き通るようなレモンイエローの長髪に星が煌めくように光る瞳、どこか作り物めいたその女は言う。
「申し訳ありませんが、そのような無粋な真似は容認できません」
「そりゃぁ『何か』企んでいるからこその行動だろうしねぇ。邪魔されるのは嫌よねぇ」
「いいえ、我々が容認できないのは我々に貴女が立ち塞がることではありません。甘いのも、苦いのも、百合には違いありませんから」
「百合ぃ? 何の隠語だか知らないけどぉ、なら何が容認できないわけぇ?」
「そんなの決まっています」
カッ!! と目を見開き。
この時ばかりは熱く、女はこう叫んだ。
「せっかくのデートイベントに何を無粋なものを持ち込もうとしているんですか空気読んでっ!!」
…………。
…………。
…………。
「デートイベントの邪魔をされるだけでも最悪なのに、我々が原因となれば自殺モノですよ、まったくもう」
「待って待ってぇ! なん、デートイベントってぇ、なんだってぇ!?」
「我々は百合を彩るエフェクトでありたいと不遜なる願いに手を出した。そんな我々が百合の間に入ろうとするクソ野郎のような邪魔者と落ちるわけにはいかないっ!!」
「おいこら本当待ってぇ! 国家管理兵器レベルのとんでもをばら撒いて『何か』大仰なこと企んでいるのよねぇ!? パワーバランス狂わせてぇ、文明を汚染してぇ、お前らの生み出した道具が人々の生活になくてはならないものと根付かせてぇ、その裏には実は何かしらの思惑があるぅ、ってことなのよねぇ!? そうじゃないとこんな大仰で自らの利益を投げ捨てるような真似をするわけないしぃ!! ほら誤魔化すな訳わかんないこと喚いてないで白状しろぉ!!」
「百合ノ女神よ、女の子の自主性に介入することをお許しください。全ては全ての百合が望むだけの幸せを得るために!!」
「人の話をぉ!! 聞けぇっっっ!!!!」
ーーー☆ーーー
王都の東通りは喧騒に満ちていた。
「安いよ安いよーう! 国家崩壊の折に流出したという風に情操操作した生体情報ネットワーク『蠅の女王』の全機能に加えて女の子同士での子作り機能を追加した『ベルゼクイーン=レプリカ』を今なら昼食を削るだけで買えちゃう超大安売りっ。今買わなきゃ損だよーう!!」
「うーん。文明への過度の汚染は抑えるつもり、ってことだけど、『道具としては最高峰』を科学的に再現して売り捌くのってどうかと思案中。この大陸にすでにある力とはいえ『乗っ取った』国家中枢に位置していた能を誰でも安価で使用可能とするというのは文明に対する過度の汚染を招くのではと疑問想起」
「つってもさ、世界を理想で埋めようっつってんだからある程度の汚染は必要っしょ。今の技術レベルだと愛する者同士の子供も作れりゃしねーんだ。私たちが去った後もイチャラブチュッチュしてもらうためにもある程度の土台は用意しねーとな。それに、あれだ、過激派のように野郎は一律で処分なんてことをしねーだけ良心的だし別にいいっしょ」
全裸の女の集団であった。
どいつもこいつも何も身に纏っていないというのに、謎の光や靄で大事なところは視認できないという不可思議な現象が見受けられた。
その中の一人。
露店に並んだ『ベルゼクイーン=レプリカ』にネコミミ女兵士が興味を示しているのを見つめる女が口を開く。
「我々は、宇宙人である」
透き通るようなレモンイエローの長髪に星が煌めくように光る瞳。どこか作り物めいたその女は感情の起伏が感じられない声音で続ける。
「それでいて、我らは百合に生きる者たちの味方である。幸せは人それぞれなれど、選択肢が用意されていないがためにそこそこで妥協する結末は容認しない。百合に生きる者たちが思い描く幸せに自然の摂理が立ち塞がっているのならば、我らはその全てを粉砕してみせる」
だから、と。
『これがあればキアラとの子供が、いやでもこんな怪しいものに手を出すのは、にゃあにゃあっ!』と思い悩むネコミミ女兵士へと彼女はこう告げたのだ。
「親愛なる同士よ。貴女が幸せを追い求める手助けをさせてください」
「にゃう」
「騙されたと思って、どうかお試しいただけたならば幸いです」
「うう、にゃっにゃあ! そんな目されたら仕方ないにゃ!! ようし、騙されたと思って買っちゃうにゃあ!!」
何やら見覚えのある女の子が怪しげなブツを購入している露店のように、王都の東通りには大小様々な露店が軒を連ねていた。
雑多としたその通りは安く、多様な物を取り扱う庶民の生命線である。望めば商人のほうから出向いてくる貴族にとっては縁遠い場所であった。
「わたくし、一度でいいから買い歩きというものがしてみたかったのでございます。意味もなくぶらぶらするだけでも楽しいものだと本には買いてあったでございますし!」
「そうですか」
「あ、ミーナはあまり興味なかったでございますか?」
「いいえ」
人、人、人とそれこそ洪水のように人が集まり、無数の声が一つの塊となって響く中、それでもその声だけはセシリーの耳にしっかりと届く。
「セシリー様と一緒であれば、何をしていたってアタシは幸せですから」
「っ!! みっ、ミーナはすぐそうやって格好つけて!」
「? 本心ですから」
「も、もおっ。ミーナの馬鹿っ。嬉しいでございますよ、もうもう!!」
と。
そこで人混みに押されるようにセシリーがよろめく。『あっ』と反射的に声を漏らし、転びそうになったセシリーをミーナは優しく抱きとめる。
腕の中で目をパチパチと瞬くセシリーへと、ミーナは表面上はいつも通りに、
「大丈夫ですか、セシリー様?」
「は、はい。大丈夫でございます」
「それはよかったです。ですが、転ぶと危ないですし、セシリー様を障壁でガチガチに固めておきましょう」
…………。
「ミーナ?」
「大丈夫です。悪魔王が突進してこようとも破れない強固なものを用意しますから。本当はこの人混みをのけてしまうのが一番ですが、そういうのはセシリー様が好みませんしね」
「いや、違う、そうじゃないでございますっ」
「……?」
色々あって変わったようでいて、やっぱりまだまだズレている最愛の人へとセシリーは照れ臭そうに、それでいて胸の内から湧き出る願望を口にする。
「こういう時は手を繋いでくれると、その、嬉しいものでございます」
…………。
…………。
…………。
「それがセシリー様の望みならば、喜んで」
セシリーは気付いていない。
そんなことを言われては頭が幸せでパンクしそうになることに。
色々あって『自分から』迫るのであれば大胆なこともいけるようになったとはいえ、セシリーから迫られるのはまた別モノなのだから。
いつになっても、どれだけ触れ合ったって、好きな人を前にすればドキドキするに決まっていた。




