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第十一章 従順なだけがメイドの仕事ではありません

 

 アリスはとにかく前へと進むことだけを考えた。ディグリーの森、魔獣蠢く魔境において足を止めればそれまでだ。次から次に迫る魔獣の波に呑まれるのは目に見えている。


「きゃは☆ 邪魔だよねぇ!」


 例えばオークが群れで突っ込んできた時は炎系統魔法を撒き散らし、生み出した爆風で怯ませた。


 例えば十メートルクラスの巨人が身の丈ほどの大剣を振り回しながら飛び込んできた時は腰から引き抜いた長剣で受け流し、敵の足場を土系統魔法で波打つように動かして、体勢を崩してやった。


 例えば数十、数百の触手を縦横無尽に撒き散らし、獲物を両断する魔獣が頭上から降ってきた時は通常よりも一回りも二回りも巨大な鎧を軸とした『防具技術(アーマーアーツ)』が生み出す不可視のエネルギー波で弾き返した。


 直接戦闘は一手で済ませる。敵の攻撃を無力化し、動きを鈍らせて、その隙に距離を取る。その繰り返しだった。足を止めず、駆け抜け続けなければ命運は決まったも同然だったからだ。


 ──騎馬兵は実に半数以下にまで減っていた。攻撃を受けきれずに粉砕された者、馬を失い孤立した者、一体の魔獣に足止めされたがばかりに他の魔獣に貪られた者。とにかく足を止めた者から順に殺されていったのだ。


 そんなものだった。

『クリムゾンアイス』に回ってくる仕事なんてものは、救いようのない汚れ仕事ばかりだ。あるいは作戦を立てる時間があれば、あるいは人員や装備を揃える時間があったならば、もう少し結果は違ったのかもしれない。が、そもそもが消耗品の色が強い兵士の中でも汚れ仕事を押しつけるために作られた兵団だ。はじまりからして無茶振りをするためのものなのだから、適当に使い潰されるのが普通なのだ。


 それでも。

 そんなものに従事しなければ、得られないものもある。


 好き勝手しても許されるだけの権力。

 兵士という『正義』の獲得にはそれだけの魅力があるのだ。


 だから、


(きゃは☆ 悪いけどぉ、『今』を守るための犠牲になってもらうよぉ。あの馬鹿のくだらない命令に従ってでもぉ、わっちは『今』を維持したいんだしさぁ)


 命を削り、精鋭部隊は駆け抜ける。

 失っていくものは大きかったが、その分だけ着実に目標へと近づきつつあった。



 ーーー☆ーーー



「んにゅう……?」


 セシリーの目がゆっくりと開く。

 ぼんやりとした思考の中、温かな感触が染み渡る。なんだか安心する『それ』を求めて、ぎゅうっと強く『それ』を抱きしめる。


 びくっと震える『それ』がひどく愛おしかった。ぐりぐりと身体を押しつけ、温かな『それ』に溺れていく。


 その間にも思考は徐々に浮上していく。寝起きのぼんやりとした状態を脱し、鮮明になっていく。


 ゆえに、気づいた。

『それ』がミーナであることに。

 自分がミーナに思いっきり抱きついていることに、だ。


「……あ」


 気づいた瞬間、カァッと顔が熱くなった。自分が何をやっているのか自覚してしまっては、続けることなんてできなかった。


 ほとんど飛び退くような形でミーナから離れ、そのままどてんとベッドから落ちる。バクバクと、心臓が暴れていた。恥ずかしい、のだろう。令嬢として育てられてきたセシリーにとって、ベッドの中でのあのような行為ははしたないと判断すべきものなのだから。


 それだけ……とは思えないが、それではその奥に何があるかまでは把握できなかった。


 それよりも、である。


「ミーナ……起きているで、ございますか?」


 反応はなかった。

 その背中が、かの忠臣が、主の問いに対して返答しなかったということはどうやらまだ起きていない、ということだろう。



 ーーー☆ーーー



 普通に起きているんですけどね。というか一睡もできるわけがなかったんですが、ここで下手に返事しようものなら、セシリー様は必ずや恥ずかしがります。メイドとしてセシリー様に嘘をつくような真似は万死に値しますが、時には誤魔化すことも必要なんです。……恥じらうセシリー様も見たいものですが、それが原因で触れ合いが少なくなったら最悪ですしね。未来への投資と諦めましょう。


 ですのでアタシは三十秒ほどかけてから、軽く身じろぎして、あたかも今起きたといった風に装います。セシリー様に先の行為がバレていないと思わせることも大事ですが、主が起きているのにメイドが活動していないなどあり得ないことですからね。


「ん……セシリー様、おはようございます」


「あ、はい。おはようございます」


「あの、セシリー様。どうしてベッドから落ちて……まさかアタシが蹴落としたんですか!? 申し訳ありません!!」


「いえ、いいえっ! これは自分で落ちたのでございますっ。だから謝らないでください!!」


「そう、ですか?」


「ええ。ですから気にする必要はありません。……その反応だとさっきのことは気づかれていないようでございますね」


「すみませんセシリー様。後半のほうの声が聞こえなかったのですが」


「あ、いえ、何でもないのでございます! 本当に何もないのでございますっ」


 もちろん全部聞こえていますし、全部気づいています。セシリー様を騙すようで心苦しいですが、これもメイドとして果たすべき事柄です。冷静に判断し、押し通すとしましょう、


 それより、それよりです。あ、あわっ、慌てているセシリー様も良いものです。ああ、そんなに暴れては真っ白もふもふ寝巻きがはだけて……ふふ、ふふふっ。


「そう、ですか。それなら良いのです」


「んっ、んっ!」


 これでもかというほど首を縦に振るセシリー様。光り輝く金髪が揺れて、その至高の輝きを存分に示しています。


 正直必死な様子が半端なく愛らしいのですが、いつまでも見つめていては不自然です。名残惜しいですが、何なら一日中見ていたいほどですが、ここらで区切るとしましょう。


「セシリー様、これからお着替えですよね? アタシは外に出ておきますから、ゆっくりと着替えてくださいませ」


『再現』である程度の衣服は揃えています。それらの中からセシリー様自身で選んで、セシリー様お一人でお着替えするんです。お風呂の時と同じでです! 公爵令嬢ならばそこは従者に、このメイドに、お風呂や着替えを手伝わせてもいいと思うのですが!!


 はぁ。セシリー様に不満など一切ないのですが、公爵令嬢的な恥じらいのなさを少しは発揮して貰っても一向に構わないんですよ?



 ーーー☆ーーー



 ガチャン、と扉が閉まる。

 発言通り部屋の外に出たメイドの漆黒の瞳がぐりん、と無機質に蠢く。


「それでは()()()()()()()()か」


 単なる音の羅列であった。

 意思を、感情を、一切感じさせない音と共に、等間隔の足音が連続する。


 幸せはその身から離れた。

 ゆえに本来の機能が万全に発揮されていく。

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