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悪役令嬢のメイドさん〜お嬢様が婚約破棄されたので、イチャラブスローライフに突入です〜  作者: りんご飴ツイン


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短編 デートの日 前編

 

「かの魂が虚なる金色のカミサマへと深化することはない、と。『魔王』によって深化に必要な悲劇そのものが未然に封殺されたのだから無理もないが」


 世界のどこかで『彼』は言う。

 顔に靄がかかったように識別不能な『彼』はゴギリと首を鳴らして、


「一つの世界、一つの時間軸に固執するのは非効率と進言させていただく。『ミリファ』にしろ『ミリファ=スカイブルー』にしろ、一つの世界、一つの時間軸に固執したところで虚なる金色のカミサマへとその魂が堕ちることはなかったのだから」


 それは誰に対する言葉だったのか。

 周囲には誰もいないが、確かにそれは誰かに向けたものだった。


「世界の正常化、積み重なったバグを取り除くためならば、多少の負荷は許容しなければならない。一つの世界だけで、などという甘えは捨てるべきだ。記憶や人格、感情に『衝動』、その他にも様々な因子へと干渉することでハッピーエンドへと向かう『軸』を奪っておけば、当初の予定通り悲劇が量産されることだろうよ」


 そして。

 そして。

 そして。



 ーーー☆ーーー



「ハッ!? デートしたことがないです!?」


 それは朝食時に唐突に発せられた。


 結婚式から数年が経ったある日。

 何やらイチャイチャ甘々に振り切りすぎて三日三晩お部屋に引きこもってアレソレを、などというのが日常茶飯事な時期もあったが、その辺りが落ち着いてきたある日のことだった。


 メイド服をマントのように羽織るミーナは唐突にそう叫んだかと思うと、セシリーの手を取り、こう言った。


「セシリー様、愛し合う者たちはデートするものです! デートしましょう!!」


「ひゃ、ひゃいっ」


 いきなりデートとか言って手を握ってくるものだから心臓バグバグなセシリーが真っ赤な声で頷きを返す。


 ……散々お部屋でアレソレしていながら、それはそれとしてこうして触れられるだけでドキドキするものなのだ。


 それに、


「で、デート……」


 いやだから散々お部屋でアレソしてきたというのに、やはりそれはそれとして大好きな人とのデートは心躍るものがあり、緊張と歓喜に頭が茹だったように震えるのも仕方ないのだ!!



 ーーー☆ーーー



 デートといえば待ち合わせするもの、ということで、王都まで転移した上でわざわざ一度セシリーとわかれたミーナは噴水がある広場で恋人、いいや妻を待っていた。


 ちなみに現在はお昼時。思い立った時から時間が経っているのはせっかくのデートだからと着飾ったセシリーが綺麗で可愛くて完璧でもうたまらなくてデートどころではなかったからだ。


 未だ足腰に力が入らず、『魔王』としての力をフルに使うことで何とか立っている有様ではあるが。


 ……歴代の猛者たちが死力を尽くしたってびくともしなかった『魔王』がちょっとおめかしした女を目にしただけでボロッボロのボロに追い詰められていると知ったら歴代の猛者たちもやってられねーと嘆きそうなものである。


 と。

 いつものメイド服姿のミーナが無表情で──内心はおめかししたセシリーの姿を思い出した衝撃にズタボロ──セシリーを待ちわびていた時だった。



「アリス=ピースセンスは即刻王位を返上せよ!!」



 何やら騒がしい一団がぞろぞろと広場に進行してきた。


 堅苦しく着飾った一団は人類と魔族とが激突してきた時に見たことのある、つまり数百年前ほど古い様式の堅苦しい服を着ていた。


 血筋と伝統を重んじる『貴族』の中には古いものに価値を見出す者たちもいるが、彼らもそういった人種なのだろう。


 リーダーらしき中年の男に率いられた一団は口々に叫ぶ。


「我が国の国王という立場であるというのに犯罪組織と繋がりを持ち、人身売買や違法薬物の流通に関与していたゾーバーグ=ヘグリア=バーンロットの娘が女王と君臨するなど笑止千万っ。親の過ちは子の過ち。血筋に穢れを刻んでいながら、よくも女王などと名乗れるものだ!!」


「『クリムゾンアイス』は兵団ながらに法を犯し、悪事に手を染めているという噂だ! そんな『クリムゾンアイス』の兵長であったアリス=ピースセンスが女王であっていいものかっ!!」


「っつーか、女ばかり囲って世継ぎはどうするつもりなんだ!? 国の頂点となる者が非生産的にして生物学的にイカれたことしているんじゃない!!」


 何やら元気いっぱいだったが、周囲の目は冷ややかなものだった。コソコソと周囲の人々がしている話を聞く限り、どうやら女王アリス=ピースセンスは貴族や平民を区別することない政策を次々に打ち立てているらしい。そうなれば損をするのはもちろん貴族側であり、あの一団のように反発する貴族も存在するのだとか。


 ……当の貴族がああして騒ぐしかなくなった、というところにアリス=ピースセンスがそれ以外の方法、その全てを撃滅してきたのが伺える。


 そこで。

 一団に向けて踏み出す影が一つ。


「みっともない。そうやって建前ばかり吐き捨てて、本音は今まで通りの独裁を取り戻したいってだけのくせに」


「なっ。貴様、高貴なる血筋を受け継ぐ我に向かってなんという口をっ!!」


「女王アリス=ピースセンス様は『そんなもの』で人を区別するなと示している! 『そんなもの』によって売り払われるところだった私を助けてくれたんだっ!! 私を助けてくれた女王アリス=ピースセンス様を侮辱するな!!」


 それは前国王の王権の頃に『商品』として扱われていた少女だった。アリス=ピースセンスが前国王を打倒したことで救われた命だった。


 そういったものが、この国には溢れていた。アリス=ピースセンスの歩みは(当の本人にはそのつもりはなくとも)多くの救いをもたらしていた。


 それがわかっているからこそ、人々は人身売買や違法薬物の流通に関与していた前国王の娘であるアリス=ピースセンスが女王と君臨することを受け入れたのだから。


「こ、この、クソアマが……ッ!!」


 だからこそ。

 アリス=ピースセンスこそが正しいのだと見せつけられるのが、中年の男は気に食わなかった。貴族の特権を不当に奪うあの女王を擁護する者はすべからく敵である。



 だから、怒りに任せた魔法の炎が吹き荒れた。


 こんな騒ぎがあってはせっかくのデートが台無しになるのでは、と思った時にはミーナは動いていた。


 つまり、少女を庇うように移動、炸裂した炎を『消去』したのだ。



「な、ん……!? 貴様、なんだ、どこから現れっ、いやそれよりなぜ炎が消えた!?」


「うるさい」


 ゴンッッッ!!!! と拳が唸る。

 殺したらそれはそれでデートが台無しになるし、何よりセシリーが良い顔しないからと手加減に手加減を重ねて吹き飛ばすに留めたものだった。


「え、あ、……。その、助けてくれて、ありがとう」


「お礼を言われるようなことはありません。デートを邪魔して欲しくなかっただけですから」


 そこで終わればよかったものを、殺してしまわないようにと手加減に手加減を重ねた拳を受けた中年の男は意識を失ってはいなかった。


 ふらふらと立ち上がり、怒りのままに叫ぶ。


「き、さまァ!! 高貴なる血筋を受け継ぐ貴族たる我に手を出すとはぁっ!! お前ら、何をやっている。殺せ、あの不届きなる女を殺せぇ!!」


「…………、」


 中年の男の言葉に一団が腰の剣を抜いたり、魔法を具現化しようとしたりしていた。ミーナからしてみれば『うっかり殺さないよう気をつけないと』というレベルなのだが、周囲からしてみればか弱なメイドが剣や魔法で殺されそうになっている風にしか見えなかった。


『商品』だった少女が慌てて言う。


「メイドさん、逃げてくださいっ」


「なんでですか? セシリー様と待ち合わせしているのですから、ここから離れるわけにはいきません」


「待ち合わせって、そんな場合じゃないですって!!」


「そんな場合もなにも、セシリー様以上に優先すべき事柄などこの世に存在しません」


 そして。

 そして。

 そして。



「きひひ☆ ミケが休みってことで久しぶりのデートだってのに、何よこの騒ぎは?」



 並び立つ。

 鮮血のような長髪を靡かせるは『魔の極致』第二席キアラ。かつて世界がまっさらとなるまで吹き飛ばした最悪の怪物もまた今日のデートの待ち合わせに噴水がある広場を選んでいたのだ。


「キアラもデートですか?」


「まあね。それよりなんだって騒がしいの生かしているんだか。ミーナがやらないならワタシが殺処分するけど」


「極力そういうのはしないことにしているんです。セシリー様が悲しみますから」


「うっ。わっワタシだってちょっとは我慢を覚えたんだからっ。……あっぶない。デートの邪魔されそうってことで頭に血がのぼってやっちゃうところだった。ミケに怒られるところだったぁーっ!」


 ほのぼのとした雰囲気があった。

 内容は物騒極めているが、本人たちはほのぼの極めていた。



 なぜなら彼女たちには『軸』があるのだから。



 放置されている側としては挑発にしか見えなかったが。


「は、はは。舐めるんじゃないぞ、クソアマどもがァあああああああッ!!」


 ゴッ!! と中年の男が炎の魔法を放つ。人間であればダース単位で焼き尽くせるだけの熱量はあっただろうが、相手が相手。殺さないように、ああでも最悪殺しても元に戻せばいいんじゃ? と面倒になってきた『魔王』が死の苦痛を押しつけても最終的に生きていればそれでいいと(中年の男たちにとっては)最悪でしかない妥協をしようとした、その時だった。



「きゃは☆」



 ゴッドォン!!!! と。

 炎の魔法ごと一団の全てが吹き飛ばされた。


 代わりのように降り立つは分厚い鎧の女、すなわちアリス=ピースセンスその人である。


「あわよくば女王反対運動的なものに発展してぇ、他の奴に王位を押しつけられるんじゃなんて考えていたのにぃっ。なぁんでよりにもよってな奴らに手を出すのよぉっ」


 幸か不幸か、小さなその嘆きは聴力に優れたよりにもよってな奴ら以外には聞こえていなかった。女王自ら民を助けたという結果だけが示された。


 ゆえに、次に炸裂したのは歓声だった。


「おおおおっ。すっげぇっ。流石は女王様っ」


「そりゃそうよ、何せ我らが女王様なんだからっ。愛人には弱くて城では毎夜のようにベッドの上で負けまくっているようだけど、それ以外であればこれこの通り!! 最強なのよひゃっほおーっ!!」


「アリス様ぁーっ! たまには皆さんで街に来てくださいっ。もちろんその時にはアリス様総受けを見せつけてくださいねーっ!!」


 もう、なんていうか、これが平常運転となっている現実に女王アリス=ピースセンスはうんざりしたように嘆息する。


「もうやだこの国ぃ」



 ーーー☆ーーー



 女王アリス=ピースセンスが『商品』だった少女にキラキラお目々で抱きつかれたのをいつもの連中に目撃されて一悶着あったのを民衆が『嫉妬尊い』だなんだと歓声と共に迎え入れた、なんてことがあったが、そんなものはミーナにとってはどうでもいいこと。


 ずるずるといつもの連中にミーナが引きずられていく際に『こうなれば「魔王」でもいいから助けてぇっ!!』なんてことを言っていたが、セシリー様との待ち合わせ以上に優先すべきことなどこの世に存在しないためそのまま見送ったが、それもまたどうでもいいことだ。


「ミーナ、お待たせしたのでございます」


 目の前に!

 純白ドレスで着飾ったセシリーがやってきたこと以上のことなんてあるわけないのだ!!


「やっぱり、綺麗ですね」


「みっミーナっ、そういうことを急に言われると、その、嬉しいですけど外ではちょっと恥ずかしいでございますっ」


 さあ。

 イチャイチャしかない一日を始めよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 平和!やはり平和は良い!貴族の皆さんが百合批判をしていたように聞こえましたが、そのような愚かな主張は力で以て滅ぶべし!世継ぎ?犯罪?権威?百合に比べれば塵芥ァッ! なんか、アリスの嫁が更に…
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