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悪役令嬢のメイドさん〜お嬢様が婚約破棄されたので、イチャラブスローライフに突入です〜  作者: りんご飴ツイン


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特別編 聖夜の一幕

 

 クリスマス。

 由来だなんだ小難しい話は抜きとして、昨今では大切な人と共に過ごす日として広まっていた。


 聖夜とも呼ばれるその日、森の奥にあるセシリーとミーナの家にどばんっ!! と乱暴に扉を開けて飛び込む影が二つ。


「ミーナ、助けるのであるぞーっ!!」


「きゃは☆ アテがあるぅ、なんて言うからついてきてみればぁ、『魔王』って命知らずにもほどがあるわねぇ」


『魔の極致』第九席ミュウ。

 ヘグリア国が女王アリス=ピースセンス。


 共に軍勢の一つや二つ軽々と蹂躙する怪物にして複数の女性と関係を持つクソッタレであった。


 彼女たちは怯えを滲ませた声音で、


「ミーナ、今宵はクリスマスなのだっ。恋人と共に過ごす聖夜、なーんて言われておるが、つまりはクリスマスにかこつけて一発ヤッちゃおうというのが風習と化しておるっ。何もない日でも隙あらば襲ってくる悪魔共に聖夜などというブースターを与えてみよっ。殺される、絶対に搾り殺されるのであるぞお!!」


「聖夜のパーティーにご招待ぃ、なーんて日頃バチバチなあいつらからの誘いがあったのよねぇ。こんなの絶対裏があるわよぉっ。ズッコンバッコン大騒ぎ間違いなしってねぇ!!」


「むっ。貴様はいいよないかにパーティータイムとはいえ四人だけなのだから!」


「きゃは☆ もう三倍に膨らんでいるわよぉ!! ……なぁんで膨らんでいるのやらぁ」


「それでも十人かそこらだろうがっ。我は七十二人……じゃなかった。もっとだったぞっ。流石に普段から常に全員ということはないが、こういったイベントごとは全員で奪い合うように迫ってくるのだぞっ。一人二人ならまだしも、七十二人以上から一斉にヤられるなど軽く拷問だからなあっ!!」


「あー……うん」


「せめて何か言って欲しいのであるぞお!!」


 と。

 何やら始まった漫才(?)を前にミーナは言う。


「はいはい、さっさと帰ってください」


 一蹴。

 何やら女関係にだらしがない、というか、来るもの拒まずじゃんじゃん受け入れても許容してもらえる(……あくまで許容である)クソッタレどもを転移で飼い主たちのもとに返すミーナ。自分で撒いたタネは自分で受け止めるべきである。


「ミーナ、よろしかったのでございますか?」


「いいんですよ。といいますか、彼女たちは本気で嫌なら逃げるのではなく立ち向かうことを選ぶ性質を持っています。アリス=ピースセンスが淫魔に『魔の極致』第八席、アタシが相手でも気に食わないなら挑んだように。ミュウだって初めは総力なら格上の悪魔の群れを滅ぼして力に変えてやると異界に攻め込んだんですしね。となれば、対象に対して闘争ではなく逃走を選んでいる時点で追いかけて捕まえてほしい甘えの表れということになります」


 ハーレムを囲っている(……囲まれている?)くらいだ。追いかけられるくらいには受け入れてもらっていることを実感したいのだろう。無意識化ではあるのだろうが。


 そんなことより、と。

 ミーナはテーブルの上の料理に目を向ける。


「せっかくのクリスマスだからとセシリー様が腕によりをかけて作ってくれた料理が冷めてしまいます。早く食べるとしましょう」


 ……単体で完結している魔族にはエネルギー摂取のための食事は必要なく、味覚なんてものは存在しないのだが──他ならぬミーナのためだけにセシリーが頑張って作ってくれた料理というだけで価値がある。


 味覚なんてなくとも。

 その料理を口にするだけで幸せが広がるのだ。



『魔の極致』第二席キアラは心臓が緊張に暴れるのを感じていた。クリスマス。聖なる夜とは恋心を伝えるにうってつけ、などという人間らしい俗なものに流されるだなんてかつての彼女を知る者であれば想像すらしていなかっただろう。


 夜景が見える洒落たレストラン、だとか、花火咲き誇る船の上、みたいな演出も考えはしたが、らしくないことをしても失敗するのは目に見えている。こういう時は背伸びするもの、なのかもしれないが、いくら背伸びしたって空に届くわけないように土台不可能な領域というものは存在する。


 どこまでいっても怪物で。

 だけど望んでしまったから。


 自分にできる精一杯の背伸びで、眩い限りのそれに手を伸ばす。


「にゃあ。すっごいにゃあっ!!」


 イルミネーションに輝く街中をミケと共に歩く。光っているのはわかる。何やら形を模していることも。それが人間には可愛いだとか綺麗だとか素敵だとか分けられるようだが、キアラには一律で『光っているもの』としか感じられなかった。


 だけど。

 クリスマスに彩られた街並みに目を輝かせるミケは可愛くて綺麗で素敵で、目が眩むほどだった。


 ──『移動しよう』、と。ミケが不思議そうに見つめ返すくらいには何度も噛んで、挙動不審で、それはもう怪しさ満点だっただろうが、ミケは全部ひっくるめて『わかったにゃっ』と笑顔で返してくれた。


 案内したのは路地裏の一角だった。

 クリスマスの光が届かない薄暗いそこは──


「ここって確かキアラと初めて会ったところにゃ?」


「……、うん」


「懐かしいにゃあ。確か『ワタシ、貴女の好きが欲しいのよ』だったかにゃ? あの言葉から始まったんだにゃ」


「うん、そうね」


 好きは『魔王』さえも変えた。その変化が羨ましかった。最強、頂点に君臨していたミーナでさえも『衝動』に従っているだけでは渇きを感じており、その渇きを潤したのが好きというのだ。


 欲しいと、望んだ。

 具体的にどんなものか想像すらできていなかったが、とにかくそれが欲しかった。


 退屈を吹き飛ばしてくれる『何か』。

 なんでもいいからと望んだ先、目についたからという理由だけで手を伸ばしたネコミミの少女はキアラの予想以上のものを与えてくれたのだ。



 気がつけば、もう、だめだった。

 ミケという存在が、好きが、キアラを変えていた。



 もう戻れないし戻ろうとも思わない。

 それがどうしようもなく都合のいいことで、犠牲となった命や真っ当に生きている生物にとっては醜悪極まる話だとしても──知ってしまった以上は知らなかった頃の暴虐は取り戻せない。


 だから。

 だから。

 だから。



「ミケ、ワタシと結婚してください」



 差し出すは一つの指輪。

 シンプルなシルバーのそれは人間は混ざって店に赴き買い求めたもの。その時、実感した。似合わない自覚はあった。浮いている感覚はありありと伝わった。異物としか認識できなかった。


 キアラはバケモノである。

 平穏な世の中に馴染める自信はなく、しかし、それでも、精一杯の背伸びと共に一つの指輪を買ったのだ。


「ワタシはどうあっても魔族で、どれだけ努力しても善人にはなれない。平穏の中にあってもサイケデリックなものを持ち込むかもしれない。少なくとも平穏無事な日常とはかけ離れたものになるのは簡単に予想できる。それでも、当たり前の穏やかな幸せを与えることはできなくても、ワタシはミケと特別な関係になりたいと望んでしまって、だから、だから!!」


「うん、結婚しようにゃ」


 ともすれば返事をもらったキアラのほうが驚いていた。迷うことなく受け入れられたことにキアラは自分で望んでおきながらあわあわと両手をばたつかせて、


「あの、えっと、いいの!? わ、ワタシは、だって、絶対に平穏な日常は送れなくて、ミケには苦労かけちゃうのはわかり切っているのにっ!!」


「別にいいにゃあ。キアラがいてくれるなら、どんな困難だって乗り越えてやるにゃ」


「ほん、とう……に?」


「というか、一生を捧げたいほどに好きな奴とじゃないと身体重ねたりしないにゃっ。だから、ほら、ちょうだいにゃあ」


 ミケが腕を差し出す。

 その行動にキアラがびくっと肩を震わせる。


「わっわたっ、だって、そんな、いいんだよ、ね?」


「しつこいにゃあ。ほら、早く早くにゃっ」


「はっはいっ!」


 手を取る。その暖かさに息を荒くしながらも、なんとかシンプルなシルバーの指輪をミケの指につけるキアラ。


 つけ終わると、ミケは指に光る指輪を見つめて──じわり、と涙を浮かべた。


「ど、どどっ、どうしたのよ!? 違うのが良かったとか、それなら今すぐ買い換えてくるけどっ」


「そうじゃないにゃっ」


 今にも走り出して買い直しなどしそうなキアラを制して、指輪を顔の前で見つめるミケは言う。


「嫌なわけないにゃ。キアラが私を選んでくれた証なんだからにゃ。嬉しくて、生まれる前から憎悪されてきた『悪党の血筋』でしかない私のことを愛してくれていることが、どうしようもなく嬉しいんだにゃあ……」


 ぐすっと鼻を鳴らすミケ。

 そんな彼女の頬を流れる涙をキアラは指で拭い、そのままぎゅっと抱きしめる。


「平穏無事は約束できない。努力はするけど、多分ワタシは死ぬまで本質が変わることはないかもしれない。なんの変哲もない、余計な苦痛の存在しない『ありきたりな日常』を選んだほうが絶対に良くて、だけど……ワタシの幸せのためにミケの人生を狂わせることを許してください」


「にゃあ。キアラになら、いくらだって狂わされていいにゃっ。もちろん私だってキアラの一生を狂わせちゃうけどにゃあっ」


「そんなの……とっくの昔に狂わされているわよ」


 聖夜の一時。

 誰にも邪魔されない闇の中、生まれた時から憎悪をぶつけられてきた悪党の娘と生まれた時から殺しを撒き散らしてきた女が交わる。


 誰に祝福されずともいい。

 互いが幸せならば、狂い狂わされて、ドロドロとした沼に沈んだって構わない。



 ーーー☆ーーー



 そして。

 世界のどこかでネフィレンスは言う。


「もうなんでもいいヤ。お幸せにネェ」


 もう世界征服もクソもないジャン、と一人寂しく呟くネフィレンス。なんだか人肌が欲しい夜であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、確かに…この人ら本当に“嫌なこと”に対しては力で立ち向かっていくはずですからね。それしないってことは、口では何を言おうが満更でもないということで…。 あー…やっぱりキアラとミケはいい…
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