短編 新たなる女王
今年で十五歳となるミリファはミーナの結婚式にも参加していた姉妹で仲良し決定戦にエントリーしていた片割れである。
例の結婚式から三年が経過したある日、田舎町の実家の一室にあるベッドでいつものようにぐーたらゴロゴロしていた彼女は手持ち無沙汰に手元の情報紙に視線をうつし、
「救世の英雄にして兵士長アリス=ピースセンスがヘグリア国の王となった、かあ。ん? アリス=ピースセンスって確か隣国の結婚式に首突っ込んだ時に名前聞いたような……???」
「おかしい……」
響く。
気分転換にとミニスカート姿なミリファの足の間に顔を埋めた金髪碧眼の変態バニーガールにして幼馴染みであるマキュアの言葉が熱持つ吐息となりて股下に響く。
「最近は真なる……ごほん。『あれ』の気配すら観測できなくなった。いやそれもだけど、こうして接触しているだけで心満たされるのはなんで? ワタシの目的はこんなことをするためじゃ、ああでも離れられないよねこんなの堪能するしかないよねっ!!」
「ないよね、じゃないのよこのクソ変態があ!!」
いつの間に部屋に入ってきたのか、雄叫びと共に股下の変態を蹴り上げるはミリファの姉であるエリス。ミリファと共に隣国の仲良し決定戦に参加した彼女は妹の股下に潜んでいた変態を遠くに飛ばすと共に風と炎で編んだ剣を具現化、牽制するように突きつけて、
「マキュアっ。サラッとどこに顔埋めているのよっ!!」
「エリス、誤解よね」
「誤解って現行犯が何を……。まあ一応聞いてあげる。何が?」
「どうしてミリファのおパンツを見ているとやらなきゃいけないことすら忘れてこんなにも胸がドキドキするのか、触れでもしようものならミリファで心が埋め尽くされちゃうのか、というかもうメチャクチャにしたい、その理由を明らかにするためよねっ!! 何この謎難問すぎる……ッッッ!!!!」
「そんなの! 性癖こじらせているからよ!! クソボケド変態があ!!!!」
ドタバタドッバン!! といつものように(最上位魔獣であるドラゴンさえダース単位で粉砕する力をぶつけ合い)戯れ合う姉と幼馴染みを横目に両親の畑仕事を手伝うなんの変哲もない村人Aであるミリファは言う。
「そっか、あの時の女の人が悪辣な王様を打倒して私たちの国とヘグリア国とが戦争するのを阻止したんだ。ぐーたらな私には到底真似できないけど、まあここまで大活躍できちゃうとぐーたらするわけにもいかないんだろうし、私は平凡でよかったのかも」
ーーー☆ーーー
アリス=ピースセンスはだらだらと脂汗で『ドレス』をぐっしょり濡らしていた。
場所はヘグリア国が首都、その主城にあるバルコニーに続く部屋。そう、行事においてお偉いさんが首都の広場から民を見下ろすバルコニーに続く部屋の一角なのだ。
いつもの分厚い鎧は半ば無理矢理脱がされて、幼児体型ながらに背伸びした印象を抱かせないよう──つまりアリス用にとオーダーメイドされたドレスを着させられたのだ。
これが力づくで無理矢理となれば殴り返していたが、宰相だなんだと政治的闘争の中を生き抜いてきた連中による言葉を用いた正論の暴力が相手だとどう抵抗すればいいかさっぱりなのだ。
ヘグリア国における兵団の一つを暴力で統括し、勝つためならあくどいことにだって手を染めたクソッタレにも苦手な闘争というものは存在する。
「なぁんでこんなことになったのよねぇ……?」
理由はどこにあるのか。憑依能力を駆使して大陸でも屈指の軍事国家・ゼジス帝国の帝王に乗り移り大陸全土へと侵略戦争を仕掛けた『少年』がヘグリア国に侵略の手駒と降るよう脅してきたから敵地に少数で攻め込み暗殺したことか、複数の国家が壊滅するほどの被害を出した殺人鬼にして殺しても再臨する魔女モルガン=フォトンフィールドの半不死性を逆手に完全抹殺したことか、大天使を名乗る誰かの企みを阻止したことか、『魔の極致』第十席チューベリーの娘とかいう悪魔を捕獲したことか、それともヘグリア国の国王という立場ながらに犯罪組織と繋がりを持ち人身売買や違法薬物の流通に関与していた血の繋がった父親であるゾーバーグ=ヘグリア=バーンロットをその手で斬り殺したことか。
とにかく。
『クイーンライトニング』が兵士長だとかアリシア国が第五王女だとか『勇者』だとか『魔の極致』第二席だとか、それはもう様々な猛者と繋がり、協力してもらって何とか勝ち残ったアリス=ピースセンスを待ち受けていたのはその手で殺した王様に代わってヘグリア国の女王となってくれ、というものだった。
(いやぁ本当なんでぇこうなるのよねぇ!? わっちはただ一線越えたクソ野郎が『四天将軍』とかいう隠し球を使ってでもわっちたちを口止めに排除しようとしてきたからこれ幸いと返り討ちにしただけなのにぃ!! なぁにがだだ下がりなヘグリア国のイメージアップのためにぃ、よぉ!! 残っているのはクソ野郎の悪事に関与していなかった政治担当の頭でっかちどもだからぁ、本気でヘグリア国のその後を考えてのことってのが伝わってくるからこそメチャクチャやりにくいよねぇ!! 悪意ぃ、悪意の一つもあればぶっ飛ばしてそれで終わりなのにぃ!!)
うがぁーっ!! と頭を抱えるドレス姿なアリス=ピースセンス。無骨な鎧と違い、彼女の愛らしさを強調する布地がひらひらと揺れる。
そんな彼女の近くでは『クリムゾンアイス』のクソッタレ共がむず痒そうにしていた。
「なあ聞こえるか、外からの歓声。主役は新たなる女王となるアリスへのものだが、俺たちに向けているのもあるぞ。まあアリスに巻き込まれて色々と物騒なもんに首突っ込んだから多少認知度があるってことなんだろうが」
「は、ははっ、なんだこれ有名人? 俺らにキャーキャー言うのって逃げ惑う時くらいじゃん。それが、なんだこの扱い!?」
「待て、よく考えろ。これだけ有名となれば自分から進んで股開く女いっぱいじゃね? やりたい放題待ったなし!! いやでもそういうのってなんか違うんだよなあ。やっぱり純愛が欲しいっ!!」
「っつーか、最近宰相だなんだが服装から言葉遣いからふさわしいものでと言ってくるじゃん。あんまりいつも通りすぎるとまずくね? いくらなんでも悪意ない国を敵に回すのはやりにくいというか、もう国を相手に殺し合うのはやだ!! なんだよ二百VS三万って!! 戦力差無茶苦茶すぎるよく生き残ったな俺らあ!!」
と。
わーわーうるさいクソッタレ共に構う余裕などないアリスは手慰めに近くの癒しに手を伸ばす。というか思いきり抱きしめる。
「わひゅう!?」
「どうするのよ新たな女王ってぇわっちそんなキャラじゃないのにぃ。殴って済む話ならどうとでもなるけどぉ、国のトップってそれだけじゃ絶対ダメじゃないのよぉ」
「なっなのっ、なんでわたし、なのなのっ!?」
何やら腕の中のアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢がごちゃごちゃ言っていたので、ドレス姿のアリス=ピースセンスはこう返した。
「ぶっちゃけちょー不安だからぁ、気持ち落ち着かせるためにも顔馴染み揃えておこっかなってねぇ。こうでもしないと緊張でどうにかなりそうなんだってぇ」
「いや、あのっ、わたし的には最高に幸せでも、その、周りが、そのお!!」
ちなみに。
アリスの言葉通り周囲には顔馴染みが揃っていた。『クイーンライトニング』兵士長レフィーファンサ、アリシア国が第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン、『勇者』リンシェル=ホワイトパレットとそれはもう地雷だらけである。
「へえ、そうくる、へえ」
「アハッ☆ あははははっ!!」
「べっ別に吾は、その、アリスがどこのどいつと乳繰り合っていようがどうでもいいのじゃっ! 本当じゃぞ!!」
バッコンバッコン踏み抜いていく有様に、しかし今日のアリスは一味違った。
「はいはいみんなまとめてねぇ。とにかくこの緊張どうにかしないとだしぃ!」
がばっと。
兵士長だろうが第五王女だろうが『勇者』だろうがお構いなしに全員まとめて抱きしめたのだ。
「「「ッッッ!?」」」
「はーぁ。女王なんてわっちの柄じゃないのにさぁ。わっちなんかを使わないといけないほどってヘグリア国追い詰められすぎだってぇ。なにぃ、滅亡待ったなしなわけぇ?」
「わかっていたの。わかってはいたけど節操なしすぎなのーっ!」
何やら男爵令嬢が叫んでいたが『いつもの日常』に癒しを求めてとはいえ地雷の真下で踊り狂うような真似をするくらいにはらしくもなく周りが見えていないほどだ。そんな叫び一つで正気に戻るわけもない。
というわけで。
ヘグリア国の新たな女王のお披露目となるこの日、初っ端からふにゃっふにゃな同僚やら隣国の王女やら『勇者』やら男爵令嬢やらを抱きしめながらバルコニーに登場したアリス=ピースセンス。
一歩間違えれば大惨事ながら英雄色を好むとはまさしくこのことかと大歓声が上がるのだから、なんというかこの国色々と毒されすぎである。




