第十章 まさしく神秘を揺るがす、至高の大発見です
百を越す歴戦の兵士たちが緊張した面持ちで目の前の森を見つめていた。『クリムゾンアイス』。ヘグリア国でも精鋭が集まる兵団に所属している者たちだからこそ、その森の脅威を理解していた。
ディグリーの森。
国境の先に広がる、魔獣蠢く魔境であった。
広大なその森には『勇者』の封印が施されている。三メートルを超える体長の生命体の出入りを禁じる指定封印方式である。
そう、三メートル以上の生命体はあの森の出入りを禁じられている。つまりあの『中』には最低でも三メートルものサイズの生命体が閉じ込められているということだ。
大陸には禁域指定領域のような地獄も存在するが、そこと比べてもいいくらいには危険な場所であるだろう。
(セシリー=シルバーバースト公爵令嬢……おっとぉ、勘当されたんだっけぇ? とにかくそいつにはロクな戦闘能力がないからこそぉ、政略結婚の道具にされたとかぁ。……足手まといを連れて生き抜けるような場所ではないしぃ、魔獣に襲われずに済む仕組みがあるって考えていいよねぇ)
兵士長アリス=ピースセンスはそれはもう嫌そうに表情を歪めていた。すぐ顔にでる三十路前はボリボリと頭をかきながら、
「ロクな任務じゃないよねぇ。ぶっちゃけ王子の癇癪に付き合わされているだけだしぃ。いやまあ不敬罪を取り締まるのも兵士の仕事かもだけどさぁ、そのためにディグリーの森にまで出向くなんて費用対効果考えろって話だよねぇ」
要約すると、こうだ。
死人が出るのは避けられないだろう。
その上でアリスは周囲の兵士に視線を向ける。
「わっちたちはそんなアホくせーもんに付き合わされるような仕事を選んだんだよねぇ」
『クリムゾンアイス』。
七つの兵団の中で唯一犯罪者さえも組み込んだ、ゴロツキどもの集まりである。童顔でちんちくりんなアリスとネコミミ(生)な女兵士以外はどいつもこいつも厳つい顔をした男たちであった。問題行動は日常茶飯事、暴力沙汰が挨拶がわり。そんな連中が兵団として機能しているのは、それだけの戦果をあげてきたからだ。
暴力のみで上り詰めたゴロツキども。
彼らが兵士などやっている理由は単純であった。
「理由は一つだよねぇ。細かい点は違うだろうけどぉ、結局は好き勝手やっても許されるからぁ、ってねぇ。暗殺者だったり犯罪組織の構成員だったりした頃と同じことやっててもぉ、兵士という看板があれば国家の庇護のお陰で許されるからだよねぇ。だからぁ、さっさと終わらせようかぁ。本当アホくせー仕事だけどぉ、これも『自分のため』だしねぇ」
強盗、放火、殺人、なんでもござれだった。
ここに集まっているのはアリスを含めた全員が『兵士の皮を被った犯罪者』であった。
そんな連中でも、強ければ許される。
兵士という役割を与えられれば、国家の庇護を受けられる。
そのための汚れ仕事である。
今の環境を維持するための手間賃のようなものだろう。
「きゃは☆ それじゃ始めようかぁ!好き勝手やっても許される環境を維持するためのぉ、ロクでもないお仕事の時間だよぉ!!」
いつものことだった。
世間一般では憚られるような汚れ仕事を果たすのが『クリムゾンアイス』の役割なのだから。
……そんなクソッタレどもの長が(真相を知らないとはいえ)民衆から最強の兵士として尊敬を集めているというのだから、世界はどこか狂っている。
ーーー☆ーーー
びくびく、とメイドが震えていた。
その理由は──
ーーー☆ーーー
侵攻開始であった。
雄叫びと共に森に突っ込んだ百名を超える騎馬兵はただただ前を見ていた。先頭を駆けるアリス=ピースセンスこそが道しるべであるからだ。
任務が達成できるかどうかはディグリーの森に生息する魔獣との戦闘を極力避け、迅速に標的を捕らえられるかが重要でだった。
魔獣との戦闘に関しては回避は難しいだろう。いかに策を弄しても、ケモノの本能で『百パーセント』を生み出すこともあり得ることを経験から知っていた。その際に発生した騒動が新たな『百パーセント』を生み出すことも考えられるだろう。
ゆえに今回は迅速に標的を捕らえる方向に舵を切った。そのためにアリス=ピースセンスはスキルを発動していた。
彼女のスキル『運命変率』は設定した目的を達成するための確率を操作する。
例えば右と左、正解の道はどちらかといった状況があったとする。そんな時に正解の道に進むことを目的と設定すれば、確率が変動し、確実に正解を引き当てることができるのだ。
このスキルがあれば、デタラメに突き進むだけでも確実に最短最速で標的を見つけることができるだろう。
……そもそも目的達成のための正解が存在しない、あるいは目的を達成することが『百パーセント』不可能な状況であればスキル『運命変率』は作用しない。あくまで確率の変動なので、ゼロから新たに何かを生み出すことはできないのだ。
とはいえ、大抵の場合は天文学的な確率さえも引き上げて目的を達するので、このスキルが作用しなかったことは今まで一度もなかった。
ただし複数の目的を同時に設定することはできない。そのため今回は標的であるミーナ及びセシリーを見つけることを目的と設定しているため──魔獣を避けることはできない。
「……ッ!」
ズッドン!! と騎馬兵の一人が馬ごと地面に叩きつけられた。弾けるように四方に鮮血が飛び散る。千切れた腕が舞う。残ったものといえば、それくらいだった。残りは地面のシミと変貌している。
『ブゥオオオッ!』
三メートル強もの体躯の怪物の咆哮が響く。走る騎馬兵たちの横から突っ込んできて、騎馬兵を瞬殺した怪物の正体はオーク。豚ヅラの二足歩行の魔獣は腕だけでも人間の胴体を軽々と超える太さであった。それだけ筋肉が詰まっているのだろう。
馬ごと人間を潰すような膂力を持つ魔獣が動く、前であった。
「きゃは☆ そんなのに構ったら死ぬよぉ! 総員全力で逃っげよぉ!!」
馬を止めることなく、アリスはそう叫んだ。大抵の兵士はその言葉に従ったが、この場に集うは『クリムゾンアイス』。単純な暴力であれば兵団でも屈指の精鋭どもではあるが、所詮はゴロツキの集まりだった。何人かの騎馬兵はアリスの命令を鼻で笑い、そのままオークへと突っ込む。
「アリスの馬鹿め! ディグリーの森だからって腰抜けやがって!! こんな奴相手に逃げるような真似できるかっ」
「隙だらけなんだよ、クソ豚がァッ!!」
ザンッ! と一人の騎馬兵がオークの横を突っ切ると共に腰の剣を抜き、振るっていた。オークの右肩に赤い線が走ったかと思うと、次の瞬間には切断されていた。ドスン! と重い音を立てて筋肉が詰まった腕が地面に落ちる──時にはもう一人がオークの真正面で腕を突き出していた。
ブォン、と展開されるは魔法陣。
後は力ある言葉を唱えるだけでいい。
「『風の書』第四章第十節───風槍刺滅!」
ズッゾォン!! と魔法陣より噴き出すは渦巻く暴風。まさに槍のように凝縮された魔法が一直線にオークの胸板へと襲いかかり、筋肉の分厚い壁をぶち抜いた。
胴体に巨大な風穴をあけ、ビクンッ! と痙攣したオークがそのまま真後ろに倒れる。
「いっちょあがりっ! ザマァねぇなあ!!」
それが彼の最後の言葉だった。
ばぢゅん、と軽い音が響いた瞬間、鎧ごと彼の肉体が縦に両断されたのだ。
「おい、嘘だろっ」
オークの右腕を斬り落とした騎馬兵が振り返ると、無数の触手を生やした四メートルクラスのゲテモノが突っ込んでくるところだった。触手の先端には人間を切り裂けるだけの切れ味を誇る爪が伸びていた。そう、このゲテモノが先の騎馬兵を両断したのだ。
「ちょっと、待っ──」
そして、二人目も同じ命運を辿る。
精鋭が集まる『クリムゾンアイス』でさえも真っ向から立ち向かえばこうも簡単に殺される。そこまで突き抜けた怪物がそこら中に蠢いているのがディグリーの森であった。
ーーー☆ーーー
アタシは神秘を揺るがす、至高の大発見に震えていました。
これ、こんな、なんとセシリー様には抱き癖がありました! 寝ている時に近くのものを無意識に抱きしめるようでして、ベッドインしてから数分後にはスヤスヤお休みタイムなセシリー様がアタシに抱き、抱いて、抱きついていたんです!
セシリー様の腕がアタシの胴体に回され、セシリー様の太ももがアタシの足を挟んでいます。
むにゃ、とか、ふにゅう、とか可愛らしい声が漏れるたびに回された腕が動き、太ももが暴れるんです! アタシは眠らずとも活動は継続できますが、そうでなくとも眠れるわけがありませんでした。
肉体が正常な機能を果たしていないのが実感できます。探知能力さえも機能していないでしょう。だって、こんな、集中できな、うひゃあ!? せっ、セシリー様、耳に息を吹きかけるのは許容範囲を軽々と超えて、あ、あふっ、そんなに強く抱きしめられたら、アタシ、アタシはあ!!