フリータイムその二
仲良し決定戦予選第三試合の三組目、メアリーとシェルフィー=パープルアイスの主従ペアは北の大陸から送り込まれた『外交』担当……ではあったが、その辺りがうまく進んだからか、こうして結婚式に冷やかしにくる時間的余裕があった。
「くう! 鮮度良し、栄養バランス良し、料理の腕も良し、だなんてっ。やるじゃんっ!! これはちょっと技術を盗んでおかないとっ」
「それはいいのですが……」
わなわなしているメイドのメアリーの横ではどこか困ったような公爵令嬢のシェルフィー=パープルアイスがよそに視線を向ける。
そこでは、
「きゃは☆ いやぁ、六百年前の『勇者』に頼まれてぇ『魔王』の結婚式の手伝いやることになったけどぉ、こんなにも美味しいのを食べられたなら僥倖だよねぇ」
「そ、そうじゃなっ! エルフの草食主義などクソ喰らえ、お肉最高なのじゃあーっ!!」
「あ、アハッ☆ そう、だねー……あは、あははっ」
「……みんなでって、あそこに立ちたいって……」
「もじもじ」
「おっお姉ちゃんが見たことない顔してる!?」
身の丈を遥かに超える分厚い鎧を纏った『クリムゾンアイス』兵団兵士長アリス=ピースセンスと競うように、そう、ゆえにこそ隣に立つのは当然と言い訳している風の『勇者』リンシェル=ホワイトパレットが山盛りのお肉と格闘していた。
そのさらに横では隣国の第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオンが照れ隠しのように近くの『クリムゾンアイス』メンバーを風圧で薙ぎ払い、『クイーンライトニング』兵団兵士長レフィーファンサが全身から漏らす雷撃が他の『クリムゾンアイス』メンバーを撃ち抜き、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢がぽぅと顔を赤くしている姿に妹のココア=ミルクフォトンが驚愕と共になんだか言いようのない胸の高鳴りを感じているのか華奢なその手で胸を押さえていた。
そして。
そして、だ。
アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢はぎゅっとその手を胸の前で握りしめて、勇気を振り絞ってこう叫んだ。
「あ、アリスさんっ! 子供の名前は何がいいの!?」
……なんというか、数段飛ばしなその問いに、アリスは骨つき肉を頬張りながらいきなり何の話だと言いたげに首を傾げながらも、
「そうねぇ。女の子ならメリー、男の子なら……どうしよっかぁ。いやまぁ子供なんていやしないから気が早い話だけどさぁ」
「そっそんなことないのっ! だって、ほら、みんなで立つんだもの!! いや、あの、みんなってのはちょっとあれだけど、アリスさんがそうしたいって言うなら我慢するの!!」
「は、はぁ。それはぁ、良かったぁ……でいいのかなぁ???」
総じて、シェルフィー=パープルアイスは言う。
「あそこまで恋愛的『好き』がむき出しだというのに、なぜ気づけないのでしょうか?」
「え、それ言っちゃう? 第一王女様やら騎士団長の娘様やら宰相の娘様やら妹様やら専属家庭教師様やら別の公爵家の令嬢様やらてんこ盛りのお嬢様がそれ言っちゃう!?」
「わたくしとみなさんはお友達ですよ?」
「そう言うところ、本当、そういうところだからねーっ!! なになに、そういうのってハーレムに必須なわけ!?」
「???」
ーーー☆ーーー
仲良し決定戦予選第三試合の四組目、その片割れであるアリアは腰の漆黒の剣を抜き、ゆっくりと歩を進めていた。
北の大陸からこの大陸へと渡り、紆余曲折あって結婚式を手伝うことになったアリスだが、素直にお手伝いだけして帰るつもりなわけがなかった。
漁り放題。
右見ても左見ても、目の前にだって強き者が揃っているのだ。ちょろっとお手付きしたいと望むのは略奪者として当然の心の動きである。
「くすくす☆ 選り取り見取り過ぎて逆に悩ましいですね。誰から奪ってやるですか」
「きひひ☆ 結婚式の場には随分と不釣り合いな闘気ばら撒いていることで」
言下に激突があった。
目の前に立つ女の口の端がつり上がったその瞬間、アリアはその手に握った漆黒の剣を上から下へと振り下ろした。
ぱしっ、と。
必殺の斬撃は二つの指で挟むように受け止められた。
「なっ!?」
「ミケってば激しすぎてね。最近ろくに寝れてないからとこっそり寝ていたのに、つまらない闘気のせいで起きちゃったじゃない。八つ当たり、付き合ってよね」
「くす、くすくす☆ やるじゃないですか。火照ってきたですよ!!」
ゴッドォンッ!! と結婚式だろうがお構いなく平常運転でぶつかり合うパートナーを見つけて、片割れであるリアラーナは呆れたようにため息を吐いた。
なんというか、いつものこと過ぎて怒る気にもなれなかった。
と、そこにやけにグラマラスな美女(に見えるが、年齢は十歳未満)が声をかけてきた。
「にゃあ。お互い大変だにゃ」
「だね。本当、もうって感じだよ」
ーーー☆ーーー
仲良し決定戦予選第三試合、その五組目、南の大陸から観光でやってきた片割れ、元公爵令嬢ながらに身分を剥奪されたシェルファはネフィレンスに夢中であった。
「このツノ獣人系の、いやでもそれにしては毛や皮膚や骨の変異じゃありません。それにこの目、瞳孔さえも捻れているというのに視覚情報の受信は問題ないどころかそこらの生物より遥かに高精度です。ふ、ふふっ。ワクワクが止まりません!!」
「うぐぐゥ。あまりベタベタ触るんじゃないわヨ」
「もう少し、はぁはぁ、もうちょっとだけ、はうあーっ!!」
「ナニヨこのぽっと出の変態ハァ!! どうせ誰かのパートナーデショ誰でもいいから早く回収してヨォーっ!!」
件の片割れ、メイドのレッサーはかつてセシリーに仕えていたメイドたちと口論中であった。
「ご飯さえ食べれば元気いっぱい、大抵のことは何とかなるものっす! つまり、メイドに大事なのは料理の腕ってことっす!!」
「馬鹿だぜ。主を危険から守るのが従僕の定めだぜ。つまり、メイドに大事なのはバトルの腕だぜ!!」
「ふふふ。お令嬢とはお家を繁栄させるために尽力する必要があります。つまり、メイドにお大事なのはお夫婦仲を円満に保つお手伝い能力でしょう!!」
「メイドはお嬢様と一連托生なのっ!! つまり、メイドに大事なのは例え火の中水の中魔獣の中悪魔の中だろうともお嬢様と共に歩めるくらいお嬢様を好きになることなの!!」
わーわー元気いっぱいなメイドたちを眺めて、双子にしか見えないほどにそっくりながら赤の他人な二人のメイドはこう言った。
「ねーさま、あれどう思う?」
「妹ちゃん、愚問ですよ。メイドに大事なのはモブに徹して主人のために尽力する意思の強さです。舞台に立ってしまった時点でメイドしては失格です」
「ねーさま、それじゃあミーナは失格だね」
「妹ちゃん、そうなるよう見送ったのだから当然です」
「ねーさま、本当にこれで良かった?」
「妹ちゃん、もちろんです。真なるエーテルのためだというならばミーナにはメイドという枠で足踏みしてもらっているべきだったのでしょう。それこそ第一王子や淫魔、それにキアラをこちらで対応して、悪魔王復活の起点を与えないほうが良かったに決まっています。ですが、今の私たちはセシリー様のメイドです。モブに徹して主人のために尽力すべきなのです。そういうものだと定義されたならば、そういうものとして動くのが自然の摂理なのですから」
「ねーさま、そうだね。それが摂理だもんね。それじゃあ、これからは?」
「妹ちゃん、もうセシリー様には私たちのような裏方は必要ありません。メイドとしての摂理を貫くのはこれまでです。ならば、新たな摂理を得るまでです」
「ねーさま、それって?」
「妹ちゃん、全ては摂理のままに、ですよ」
ーーー☆ーーー
サラリと流されていたが、『クリムゾンアイス』のクソッタレどもが全滅寸前であった。
「が、ばぅあ!? し、死ぬ、死ぬってえ!!」
「おかしい。こんなのおかしい! これだけカワイイのが揃っていて、どいつもこいつも脈なしだと? 女の子と仲良くなる理由作りにと『魔王』の結婚式なんてとんでもイベントに付き合ってやってるっつーのによお!!」
「いや、まだだ。これだけたくさんいれば一人くらい振り向いてくれるはずっ。というわけで、ヘイ彼女っ。ちょっくら俺と茶でもかまさないかーっ!」
「てっめぇ! 抜け駆けはズルいぞ!!」
「うるせーっ! もう風俗店の前を行ったり来たりして、結局勇気出ずに帰るなんて毎日は嫌なんだよ!! 今日こそ、俺は、パートナーを見つけるんだよお!!」
と。
荒れ狂う暴風や雷撃をかいくぐったクソッタレどもが近くの女へと迫る。これでも犯罪者紛いの兵士である。それはもう厳つい顔をした、無駄に実力がある屈強な男が複数で迫る恐怖は相当のものであろう。
「むかむかなんだゾ。セシリーはともかく、ミーナってばシーズリー様と距離近いんだゾ。ズルいんだぞ。ぷんぷんなんだぞ。ここらで頂点覆してやってもいいんだゾ。メラメラ……」
それが、普通の女であれば。
「えーっと……やばい。声かけるの間違えたかも」
「馬鹿野郎、そうやってヘタレムーブかますからいつまでたっても三下なんだよ! 俺はやるぞ。卒業するんだ。一発かましてやるんだよお!!」
「そ、そうだな。そうだよな! よし、よしっ。ヘイ彼女っ。一発ヤろうぜベイベーっ!!」
ゴッドォン!!!! と。
一発ぶん殴られたクソッタレが宙を舞う。
「え、ええと、あれ?」
「だあーっ! 地雷だったあ!! だから嫌なんだよ、俺らの周りこんなのしかいねえ!! ヤりたい時にヤらせてくれる都合の良い女が欲しいよお!!」
「は、はは。もう止まれねえんだ。ここで退いたってアリスにシメられるのは目に見えているんだ。だったら立ち向かえ。ここを切り抜けて、俺のことを好きになってくれる都合の良い女を探してやるよお!!」
「なんだろう。悪党らしく適当な女を無理矢理手篭めにしたら駆除されるのは目に見えているけど、正義の味方らしく誰かのためにとクソ寒い理由で働いたってろくな出会いないのはこれまでが示しているし、これ詰んでない? 絶対詰んでるよな!?」
「なんでアリスばっかりモテるんだよ。俺らだって同じように命かけたっつーのによお!! 顔か? やっぱり顔なのか!?」
「お金払えばいいって女で妥協すべきか。いや、でもそれってなんか違うし。俺はーっ! 純愛がいいんだーっ!!」
何やらクソッタレどもがクソッタレらしきクソッタレな発言を垂れ流していたが、絡まれた女は完全に聞き流していた。
「ちょうどいいんだゾ。むかむかを発散するサンドバッグに立候補してくれたみたいだし、お望み通り一発ヤッてやるんだゾ」
『魔の極致』第五席ルルアーナ。
どこぞの雷撃兵士長に並ぶとも劣らないストーカーのストレス発散が拳の形で炸裂する。




