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永久に続く幸せ、その第一歩

 

 ──思えば、ミーナは世間知らずな少女であった。


 例えば、シルバーバースト公爵家が雇っている私兵にちょっとお尻触らせろなどと絡まれた時は触れられることそれ自体に怒るのではなく、セシリーに会いに行くのに邪魔だということで一人残らず叩き潰したり。


 例えば、二人で星を眺めていた時にセシリーが星が掴めそうだと言えば、今から掴んできますなどと言って飛び出そうとしたり。


 例えば、双子(に見えるけど実は血の繋がっていない)二人のメイドや食いしん坊メイド、戦闘狂メイドや恋バナ大好きメイドと仲良くしているミーナを見て、友達が増えるのは良いことだとわかっていて、でもちょっと面白くないと拗ねているセシリーに対して、アタシにとってはセシリー様がこの世で一番大切ですよと即答したり……は、また違うとして。


 とにかくミーナは世間知らずであった。そもそもはじめて出会った時からして空間を引き裂くような意味不明な現象と共にであったのだ。セシリーが考える『普通』とはことごとくがかけ離れていた。


 であれば、だ。


『ふ、うふふ。ミーナ、こういう時はきちんと言葉にするべきでございますっ。わたくしと結婚したいと!!』


『したくないに決まっているじゃないですか』


 あの答えもまた、世間知らずなミーナなりの意味があったのではないか? 少なくとも理由も聞かずに嫌いと突き放すべきではなかったのではないか???


(……、ミーナ)


 そう、そうだ、あのミーナなのだ。あれだけキスしておいて、でも結婚するほどではないと遊び人のような対応で済ませるわけがない。そこまで器用な生き方ができる女でないことはセシリーが一番知っているではないか。


(ミーナ)


 あのメイドはずっと、ずっとずっとセシリーのそばにいてくれた。第一王子に婚約破棄を突きつけられ、公爵家から勘当され、国外への追放が決まった時だって一瞬も迷わずセシリーの味方でいてくれた。


 公爵令嬢としてのセシリーではなく、ただのセシリーのために行動してくれた。好き、と何度だって伝えてくれたではないか。


(ミーナっ!!)


 早くミーナに逢いたい、とセシリーの魂は熱く震えていた。



 ーーー☆ーーー



「……っ」


 ミーナは森の奥にある隠れ家まで転移していた。何やら『魔の極致』や悪魔の集団が暴れたせいで建物が壊れていたが、それも含めて大陸で勃発した『衝動』関連の損害の一切は抹消済みであり──それはこの場でも同じことであった。


 ゆえに、隠れ家の中に足を踏み入れたミーナを迎えたのは床で寝ているセシリーであった。その意識もまたすぐにでも目覚めることだろう。


 ざわざわと指がひくつく。最愛を前にして、歓喜の熱が肉の内側を熱するのとは別に、ざわざわと背筋に凍える震えが走る。


『好きです』、とあの日ミーナはそう告げた。意味を完全には理解せずとも、溢れ出たのだ。


『好きで、好きで、たまらないんです。好きで、それしかなくて。だから、セシリー様。──もう一回したいです』


 キスがしたいと、そう思った。

 理屈ではない、そう本能のままに。


『セシリー様のおそばにいられればそれでいいと思っていました。それだけで満たされると、それこそが幸せの上限なのだと、そう思っていたんです』


 そう。

 理屈は、わかっていなかった。どうしてそう思うのかなんてさっぱりだった。


 だから。

 好き以上の名前を、この好きをどう言葉で示すべきなのかを、ミーナは知らなかった。


『もっと、もっともっと欲しいと、望んでしまうんです。セシリー様に触れたいと、セシリー様の存在を全身で感じたいと。だから、その、嫌なら嫌と言ってください。セシリー様を傷つけたいわけではないんです。無理なことは無理と拒否してくれていいんです。だけど、もしも、アタシと同じ気持ちなら。セシリー様もそう望んでくれているなら……』


 あの日のことは一瞬とも忘れたことはない。忘れられるわけがない。セシリーのほうから距離を詰めて、ゼロとしたのだから。


 唇に感じる熱い感触。

 渇いた魂を満たす潤い。

 次から次へと幸せが注ぎ込まれるかのような、無限の充足感。


 唇と唇を重ねるだけで、『好き』がこれでもかというほど伝わってきたから、それだけでミーナは満たされて、満たされすぎて、もういっぱいいっぱいであった。


 だからこそ、


『わざわざ確認をとらずともいいでございますっ。その、わたくしも、うううっ! ミーナが望んでいることをしたいでございますからっ!!』


『……、そうですか』


 その行動の真の意味を、セシリーが伝えたかったことを、ミーナは完全には理解しきれなかった。


 そのせいでセシリーの一世一代の告白を、結婚という意味表明を『家と家とを繋ぐくだらない契約』、すなわち貴族同士の政略的なものとしか考えられなくて、どうしてそんなことを言っているのか理解できなくて──反射的に、したくないだなんて断ってしまった。


 どれだけ勇気を搾り出していたのか。正直、ミーナには完全には理解できていないのかもしれない。あくまで恋愛小説とやらを読んで、推察しているに過ぎない。


 ああ、だけど。

 こうして歓喜と恐怖とが入り混じる今のミーナと同じかそれ以上であるならば、あんな風に踏みにじってしまっていいものではなかったのだ。


 知らなかったと、そんな言葉で済ませていいわけがない。セシリーの想いを、最愛を、そうやって簡単に潰していいわけがない。


 それでいて、本当にこのまま顔を合わせていいのか。


 おそらくセシリーは許してくれる。いつものように、最後には絶対に。なぜならセシリーは優しいから。『魔王』なんていうバケモノさえも受け入れてくれるくらいなのだから。


 だけど、それはセシリーのためになるのか?

 セシリーの視野は狭い。貴族として、公爵令嬢として過ごしてきたのが大半なのだから、こんなにも広い世界の全てを見て回ったわけではない。


 もしかしたら、今のセシリーの想いは気の迷いなのではないか? 選択肢が少なかったから、第一王子のようなロクデナシが溢れていたから、いつもそばにいたミーナが魅力的に見えただけなのではないか?


 セシリーに逢いたいと、ミーナはそう望んだ。彼女にとっては世界の命運だろうが好きに振り回すほどの最愛で、これ以上なんて絶対に存在しないと断言できるが──セシリーにとって、どうだ?


 ズレている自覚はあった。今回だってセシリーの『普通』とミーナの『普通』とが噛み合わなかったがために起こったすれ違いである。


 今後も、同じことを繰り返すかもしれない。その度にセシリーを傷つけるかもしれない。そう、セシリーを守りたいと思いながら、その実ミーナこそがセシリーを傷つけてきたのだから。


「……ア、タシ……は」


 ばぢんっ! と額を殴るように手で押さえる。決意なんて、脆いものだった。だってセシリーには幸せになってほしいから。ミーナにとっては世界の全てよりも大事でも、セシリーにとってそうかなんて分かりはしないから。


 ここでセシリーの優しさに甘えたとして、その先ミーナがセシリーを幸せにしてあげることはできるのか。結婚。決死の思いに即座に答えてあげられないバケモノに『普通』の幸せを与えることができるのか。


 逢いたいと、魂の奥底から望んでいた。我慢なんてできず、こうして駆けつけた。そのためなら悪魔王とかいう邪魔者を片付けるのなんて動作もない。


 だけど、これだけは。

 世界の命運を左右する怪物を殺すよりも、よっぽど難しい。


「ごめんなさい、セシリー様」


 だから。

 ん、んん、と眉を震わせて、瞼を開き、身を起こしたセシリーと視線があった瞬間であった。



 セシリーの両の肩を掴み、引き寄せる。

 あの日とは逆で、ミーナのほうから唇を触れ合わせた。



「ん、ふう!?」


 びくっとセシリーの肩が跳ね上がる。驚きが、手のひらから震えとなった伝わってくる。それでも、もっと強く。このまま混ざり合ってもいいというように強く強く合わせる。


 震えは、しかし弛緩と変わる。

 強引に叩き込まれる欲望を、しかしてセシリーは受け入れてくれる。


 どれだけ時間が経ったのか。セシリーの息が切れるよりも、ミーナの限界が早かった。幸せすぎて、耐えられなかったから。


 ツゥ、と繋がりが糸と繋がり、ぶつんと切れる。そこで、ミーナはもう一度言った。


「ごめんなさい、セシリー様」


「どうして謝るのでございますか?」


「アタシ、セシリー様を傷つけました。これまでも、多分これからも、傷つけます。だって、『普通』なんかじゃないから。どれだけセシリー様が優しく受け入れてくれても、アタシの本質が変わることはないから」


 決意なんて、不安で潰れてしまう。

 それだけ大切だから。あらゆる変化を元に戻す第一王子に殺しを促す『衝動』、世界を吹き飛ばせるまでにレベルアップしたキアラに果ては全ての魔族の生みの親である悪魔王だって敵と回して粉砕できるだけの力となるくらいに好きだから。


 大切だからこそ、怖くなる。

 自分なんかが、こんなバケモノなんかがそばにいて、本当に好きな人を幸せにできるのかと。


「それでも」


 ぶるり、と走る震えに歓喜なんて含まれていなかった。セシリーと触れ合えているというのに、歓喜よりも不安が勝るほどであった。


 そして。

 ミーナはこう言った。



「好き、です。アタシ、セシリー様のことが大好きなんです。ごめん、なさい、我慢できなくて。セシリー様をどれだけ傷つけることになろうとも、それでも! アタシはセシリー様と一緒がいいんです!!」



 溢れ出た。

 素直な想いは、いつだって我慢なんてできなかったから。


 対してセシリーはパチパチと目を瞬いて、そして──柔らかく、綻ぶような笑みと共に答える。


「ええ、わたくしもでございます。ずっと一緒にいようでございます」


「……、え?」


「ミーナがそう思ってくれているように、わたくしだって同じでございます。第一王子との一件ではわたくしが足を引っ張ったせいでミーナには苦労をかけましたでございますよね。同じようなことがないとは言い切れません。いいえ、おそらくはわたくしが知らないだけで、ミーナは頑張ってくれているのでございますよね? 何の力もないわたくしではどうしようもないほどに困難な『何か』をミーナはいつだって一人で解決していたでございますもの」


「そんな、そんなこと……ッ! あんなのちょっと頑張れば誰だってできることです! 余裕ですよ余裕っ! 本当、セシリー様が気にすることではありませんから!!」


「ですから、同じだと言ったのでございます。わたくしが気にしているように、ミーナも気にしていた。中身に差異はあれど、不安に思っていたのでございます。それだけ、そう、不安に思うほどに大切だったということでございますよね。まったく、わたくしとしたことが結婚なんて形式にこだわって、こんなことにも気づけないだなんてだめだめでございますね」


「セシリー、様?」


「わたくし、ミーナと唇を重ねると胸がきゅんってして、全身がカァって熱くなって、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃうのでございます。ミーナはどうでございますか?」


「え、え、と……アタシも、同じです」


「それは良かった、だったら何の問題もないでございます」


 呟き、今度はセシリーからであった。

 触れて、離れる。一瞬だけのそれに、しかしミーナの全身はびくり!! と歓喜に震えていた。


「ミーナ、わたくしの力のなさのせいで迷惑をかけることもあるかもしれないでございます。それでも、どれだけ迷惑をかけても、好きでいてくれるでございますか?」


「もちろん、もちろんです! アタシだって、その、『普通』じゃないせいで色々迷惑かけてきて、でも、それでも! 好きです!! 好きで、好きだから、……そばに、いて、いいですか?」


「もちろんでございます。といいますか、嫌と言ったって離してやらないでございますから」


 不安だった。いいや、おそらく何も解決なんてしてはいない。本質的にミーナがバケモノであることに変わりはなく、『普通』でないことがセシリーを傷つけることに変わりはない。


 だけど、それでも、それ以上に、好きだから。

 それだけあれば、十分だった。セシリーに身を守る力がないならミーナが補ってやればいいし、ミーナが『普通』でないならばセシリーが教えてやればいい。


 一緒ならば、大丈夫。

 欠点なんて埋めてあげられる。


 これまでがそうだったように、これからも支え合えばいい。


 大事なのはたった一つ。

 好きかどうかさえわかれば、それでいいではないか。それ以外の障害があるならば、二人で乗り越えていけばいいのだから。


 そのためならば、頑張れる。

 あらゆる変化を元に戻す第一王子だろうが殺しを促す『衝動』だろうが世界を吹き飛ばせるまでにレベルアップしたキアラだろうが全ての魔族の生みの親である悪魔王だろうが、最後には頑張って乗り越えられたのだ。『好き』さえあれば、セシリーが受け入れてくれるならば、何だってできる。


 だから。

 だから。

 だから。


「セシリー様」


「なんでございますか?」


「結婚しましょう」


 …………。

 …………。

 …………。


「へ?」


「あの時は勘違いしていました。申し訳ありません。でも今は分かっていますから。好きの上位互換のようなものなんですよね。だったらしたいですもの。アタシにとってセシリー様は何よりも大切なんですから」


「あ、あの、そのっ!!」


 ガッ! と。

 両の肩を掴む手に力を込めて、引き寄せて、至近で見つめ合い、そしてミーナは言う。


「我が親愛なるセシリー様、アタシの生涯のパートナーとなってください」


「はっ、はひっ!!」


 真っ赤に熟れた顔で、喜びを驚きに震わせた返事を受けて、我慢なんてできるわけもなかった。溢れた肯定の返事を貪るように、ミーナはセシリーの唇を奪った。

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