VS悪魔王
魔族とは裏の世界に蔓延る穢れから生まれる。穢れは魔族という生命を生み出すほどに強大であるとも言える。
すなわち、魔族が例外なく他の生命を殺さんと訴えかけてくる『衝動』を宿しているのは、原初たりうる穢れに秘められし性質ということだろう。
では、そもそも穢れとは?
「ndeOx……ザザッ、ジザザッ! ひさしぶり、とするべきか。我が残滓より生まれし肉塊は人の世に染まったようだしな」
ノイズが、言語化される。
文字通り『次元が違う』高度のルーンから、現世の生命が用いる言語体系へと変換したのだろう。
世界の裏側。
地面から天空から全てが漆黒に染まった、魔族が生まれし始まりの地。
そんな漆黒の空間よりずるりっ! と這い出るように現れた何かが発した声がミーナの鼓膜を揺らしたのだ。
世界を構築する漆黒よりもなお深き闇、粘着質なそれで形作られしは人の形をした何かであった。
ぐちゃべちゃと人間でいうところの口にあたる箇所を引き裂き、声を発してはいるが、あれを生命と認めるには拒否感がある。
それはまさしく破滅であった。
絶望を体現した怪物であった。
「確かにそうかもしれませんね。こうして会うのは初めてとはいえ、アタシたち魔族にとって生みの親たる貴方の存在は魂の奥底にまで刻まれているのですから、ひさしぶりと評するべきなのでしょう」
すなわち、『衝動』。
穢れより生まれし魔族全員の魂の奥底にこびりつくほどにドロドロとした憎悪と共にかの異形の存在もまた魔族全員の魂の奥底に刻まれているのだ。
悪魔王。
堕落を司りし破滅の根源たる悪魔の王……ではあるが、そもそも悪魔とは何なのか。
悪意の塊として語られし悪魔であるが、全個体がはじめから悪意に塗れているわけではない。
中には他宗派が信ずる神の威信を失墜させるために悪魔という穢れを刻む宗教戦争の果てに、他宗派において神と崇められていた何かが悪魔として後世に語られることもある。
ぶしゅう、と悪魔王の全身から闇が噴出する。それすなわち、穢れ。裏の世界に蔓延る漆黒は悪魔王より派生したものであった。
ならば。
粘着質な漆黒の闇をこねくり回して作られた、かの悪魔王から派生した穢れに魔族という生命を生み出す力が備わっているのだとするならば、だ。
その偉業はまさしく『創造』。神の奇跡と同質の力であると判断できる。
そう、違いなんてどこにもないのだ。
悪魔と神。裏と表。語られし側面に違いはあれど、その本質は奇跡を具現化する全能の存在。
悪魔を統べし王ともなれば、他宗派において神と語られし悪魔たちの頂点に君臨するということであり、それすなわち現在神と語られし唯一の神、百合ノ女神と同等かそれ以上の力を持っていると考えていい。
わざわざ器と封、二つの世界を用意してまでその存在を封じる必要があったほどなのだから。
「一つ、問おう」
悪魔王は言う。
ほんの少し何かが違っていれば、神として崇められていたほどの何かが地上に蔓延る生命の一つへと。
「魔族とは我が垂れ流す力の残滓より生まれし存在でしかない。単一輪廻進化、最適化の際に不要と切り捨てた残骸が積み重なって生命として派生したに過ぎん。死した神の肉体が新たな生命や世界と派生する現象と似たものでしかないのだから、そこから生まれた何かは始点たる我よりも矮小と位置付けられるということだ。わかるか? 忌々しき百合ノ女神から派生した生命であれば比率いかんによっては勝ち目があったかもしれんが、他ならぬ我から派生した魔族には万に一つも勝ち目などありはしない。それでも、お前は我に立ち向かうというのか?」
「ええ、もちろんです」
即答であった。
漆黒の大地に足をつけ、肩に羽織ったメイド服をなびかせたミーナは目の前に君臨する生みの親へと真っ向から言葉を叩きつける。
「貴方は『アタシたち』の幸せには邪魔にしかなりません。ですから、排除する。それ以上も以下もありません」
「そうか。ならば死ね、いつかの時、不要と切り捨てた残滓よ」
それが最後の分岐点であった。
直後に結末を告げし暴虐が炸裂した。
ーーー☆ーーー
「『習合体』は止めたのに、強行するからそうなるのです」
女であった。
巫女装束、とでも呼ぶべきか。白と赤の衣服を身につけた、金髪碧眼の彼女は幼き少女のように愛くるしく、妙齢の女性のような美しさを内包していた。
場所はヘグリア国が王都。
仲良し決定戦が開催され、『衝動』によって殺し合いが勃発し、『魔王』によって全員が薙ぎ倒された跡地に彼女は降り立ったのだ。
ぶばさっ!! と。
背中に生えていた翼が消える。そうしてここまで飛んできた奇跡の象徴を消した彼女は足元に倒れ伏す女を見据えていた。
先の彼女と同じく、その背中に純白の翼を生やした──『天使』とでも呼ぶべき女を。
「……、この世界にはイレギュラーが蔓延している。悪魔王は元より、そこから派生した魔族たちはステージたる世界さえも揺るがし、白き『境界』を白日の下に晒したのよ!? ミリファ=スカイブルーだって覚醒するのは時間の問題じゃない!! イレギュラーが肥大化する前に、我らが神聖にして全能なりし女神様に害をなす前に! 排除するべきなのよ!!」
「そのために表の世界という燃料庫に細工を施し、表も裏も一切を吹き飛ばす極大魔法を発動しようとした、と」
「そうよ!!」
「その細工を悪魔王に逆手と利用され、表の世界が担っていた悪魔王封印という仕組みのみが砕かれたのですが、何か弁明はありますか?」
「な、ん……ッ!?」
ーーー☆ーーー
その会話はキアラにも届いていた。
かつて表の世界を吹き飛ばし、白き境界、あるいは世界と世界を区切る境を白日と晒した彼女だからこそ気づくこともあった。
細工とやらはあの時なされたのだろう。
ミーナが過去に干渉、その過去から見た未来が改変される僅かな歪曲時間、すなわち世界が歪み切り替わる隙間を利用したということだ。
世界を燃料と変えて吹き飛ばす術式。
その術式の矛先を悪魔王を封じる性質のみに向けて起爆すれば──その身から溢れた穢れから『魔王』さえも生み出してみせた悪魔王を封じる仕組みを崩すこともできる。
そうして戦士としての側面は思考を回していた。
こんな時でさえもそんな側面が顔を出し、思考を回せることにキアラは絶望していた。
己が手で薙ぎ払った最愛をその腕に抱いてなお、キアラはそんなことしか考えられないのだ。
「あ、あっ……」
手や足はおかしな方向に曲がっていて、抉れた肉から血が噴き出していて、赤黒い塊と変した最愛はまだ生きているのか、もう死んでしまったのか。
こうして触れてもなお、キアラには分からなかった。歪んだ視界では現状を正確に視認できず、震えが止まらない肌は最愛の体温を感じ取ることもできない。
「やだ、やだよぉ……」
その声は、未だ誰にも届かず。
ーーー☆ーーー
それは閃光であった。ミーナやキアラを形作った穢れなんて比較にならないほど膨大なエネルギーの塊であった。
ゆえに、これにて終焉。
いつか不要と切り捨てられたモノと、最適化されたモノ。どちらが優れているかなど論じるまでもない。
だから。
だから。
だから。
ぶっっっゾァ!!!! と。
ミーナを呑み込む寸前、かの閃光があらぬ方向へと逸れたのだ。
「な、に?」
軋む。
魔族の生みの親にして、他宗派においては神とまで崇められてきた怪物の圧倒的優位が、だ。
「『消去』」
紡がれしはミーナが持つ力の一つにして、不浄なりし左が操る万物消滅術式。あるいは裏の世界のエネルギーを用いる超常であった。
「アタシには裏の世界の穢れを使役する手札があります。そう、貴方が撒き散らした穢れを使役するんです。それすなわち、貴方の力そのものさえも使役可能と言えるのではないですか?」
「あり、えない。そんなことあるものか! 不要と切り捨てた穢れならばまだしも、無限の進化の果てに最適化された我が力さえも使役などできるものか!! 『魔王』などと呼称されようとも、その本質は我が切り捨てた残滓に過ぎないのだから!!」
「確かにはじまりはそうだったのかもしれません。ですが、それだけじゃないんです」
「あァ!? マグレをひけらかすな、カスが!!」
ボッバァ!! と悪魔王が先の閃光が霞むほどの暴虐を放つが、結果は同じであった。左手を振るうだけであらぬ方向へと逸れる。
「シェリフィーンが道を示してくれました。セシリー様が『好き』を教えてくれました。『衝動』を打ち破りました。これまでの全てがミーナという生命を成長させたんです。生みの親でさえも超えるほどに、です」
「あり得ない……あり得ない、あり得ない! あり得なぁぁぁい!! 排泄物がどうして我に迫っている? いつかの時切り捨てた不要物が我が力さえも使役可能など、そんな都合のいい展開があるものかァ!! 我は悪魔王、かつて神と崇められた悪魔さえも束ねし頂点というのに!!」
「だとしても、貴方がセシリー様に害をなすというならば頑張ります。頑張って、乗り越えてやりますとも」
かつて、ミーナは頑張って『衝動』を乗り越えた。
好きという始点さえあれば、いかな逆境だろうとも乗り越えられることはすでに証明している。ゆえにこそ、ミーナは大きく前に踏み込み、その拳を悪魔王の胴体に叩き込んだ。
──その前に幾千、幾万もの暴虐が荒れ狂ったが、その全てを逸らした上で、だ。
「がっ、ぶあ!?」
「アタシは貴方を超えて『次』に進みます。セシリー様と幸せに過ごす、ただそれだけの未来へと、です」
「ふざ、け……ふざけるなァ!! そんな理由で、この悪魔王が、かつて神の座に君臨していた我が、がが……がががAAA!!」
ボッォン!! と。
悪魔王の輪郭が膨れ上がったかと思えば、赤黒い霧を撒き散らすように破裂した。使役されたエネルギーが悪魔王の存在をチリと崩したのだ。
そして。
ひらひらと汚れを落とすように悪魔王を粉砕した手を軽く振って、ミーナは言う。
「早くセシリー様に会いたいです」