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第九章 闇が覆い隠してくれます。ですのでどうぞ遠慮なく

 

 二階は『再現』を使ってシルバーバースト公爵家本邸にあるセシリー様の私室にできるだけ近づくように改造を施しています。つまりは本邸にあるものと同じ、お高いふかふかベッドも鎮座しており、それにゴロンとセシリー様が横になったんです。


 ぼすんと枕を置き、そこに頭を乗せ、ベッドに横になった状態で、アタシに視線を向けたんです。


 セシリー様の、唇が、

 動い、て、



「ミーナもどうぞ、でございます」



 どこか羞恥に身をよじり、それでもポンポンと枕を優しく叩いて、そうおっしゃったんです。どうぞって、隣に寝ちゃえってことですよね完全に添い寝状態になりますよねそんなの馬上のアレや料理のアレとも違う、こう、なんていうか、破壊力が段違いですッ!!


「そ、それが、セシリー様のお望みならば」


 ガッチンガチンとそれはもうぎこみない動きでした。たっぷり三十秒もかけて、アタシはベッドに横になり、セシリー様がお手で叩き示した枕に頭を乗せました。


 ……セシリー様に背を向ける形ではありましたが。


 だって、無理ですいくらなんでもセシリー様と顔を合わせて、ねっ、寝るなんて難易度が高すぎるんです! もちろん嫌なわけではありません。欲しているのは確かです。だけど、その、破壊力が……許容できる上限を軽く超えているんです。


 無理に押し込んだら、幸福で破裂します。

 心臓なんて耐えきれずに爆散するでしょうし、脳なんて処理限界を超えた負荷に焼き切れます。


 ここが上限いっぱいです。いえ、正直なところ上限なんてとっくに超えています。


 なのに。

 だというのに、です。


「ミーナ」


 そっと。

 背中に触れるのは、まさかセシリー様のお手では、ないですか?


 というかそれだけでなくて、背中に当たるのはセシリー様の額ではないですか? 遠慮がちに、しかしぐりぐりと。


「…………、」


 はっ、はっ、……! マジでこんなまずいですってえ!! 心臓がバックンパックンと暴れています。しんと静まる闇の中、微かに漏れるセシリー様の息づかいが耳に滑り込み、脳に浸透します。吐息が背中にかかり、じんわりと熱が広がります。鼻孔をくすぐる甘い香りはまさしくセシリー様から漂っているんでしょう。


 壊れ、壊れます。

 肉体的接触の観点でいえば馬上のアレや料理のアレと遜色ないのかもしれませんが、ベッドで添い寝しながらという状況が付加されたことで一変しています。


 あ、ああ。

 もう死んだって構いません……。


「わたくしのせいでご迷惑をかけたでございますね。ごめんなさい」


「…………、」


 体温が一気に氷点下まで下がったような心地でした。軽く自分自身を殺したくなったほどです。


 何を浮かれているんですか。セシリー様にこのような台詞を言わせてしまうまで気づけなかったなど万死に値するというのに!


 いえ、今は反省する時ではありません。

 不要な重荷を排除しなければなりません。


「迷惑をかけただなんて言わないでください。セシリー様のために行動できることが迷惑となるわけないです」


「ですが、わたくしはもうシルバーバースト公爵家の人間ではありません。メイドとして尽くしてくれるのはありがたいのでございますが、今のわたくしにはそれに報いるだけの対価を支払うことはできないのでございます」


「そんなことですか。ならば問題ありません。メイドとしてのアタシの行動理由が消失したとしても、一人の女としてのアタシがセシリー様に尽くしたいと望んでいるんですから。だから、気にしないでください。そして出来ることならば、これから先もお側に置いていただけると幸いです」


「シルバーバースト公爵家が長女セシリー=シルバーバーストではなく、何の権力も持たない『ただの』セシリーでございますよ。それでも、いいのでございますか?」


「もちろんです。アタシはシルバーバースト公爵家長女にではなく、セシリー様に仕えているんですから。だから変わりませんよ。例え御身から公爵家という看板が剥がれようとも、アタシはむき出しのセシリー様にこそ忠誠を誓っているんですから」


「……、うん」


 じわりと。

 セシリー様の顔が押しつけられた場所が冷たく濡れて、息づかいが荒くなりましたが、こんな暗闇の中で何が起きているかなんて把握できるわけがありません。絶対に、どうあってもです。


 ですのでどうぞ遠慮なく感情のままに吐き出してくださいませ。



 ーーー☆ーーー



 闇の中を突き進む一団があった。

 百を超える騎馬兵で構成されるは『クリムゾンアイス』。ヘグリア国が誇る精鋭部隊であった。


 通常であればたかがメイドと元公爵令嬢を連れてくるだけの仕事にこれだけの人員を割く必要はない。だが兵士長アリス=ピースセンスはこれでも足りないほどだと考えていた。


 ヘグリア国の国境線を超えてすぐの場所に捕縛対象は逃げたとの報告があった。よりにもよって大陸でも屈指の魔境へとだ。


 ディグリーの森。

 多数の凶悪な魔獣が封印された地であり、あの古龍さえも生息しているとも噂もあるほどだった。


 はるか昔、『勇者』が体長制限タイプの封印を施したことで凶悪な魔獣たちを封じたかの地に侵入するならば、それこそ軍勢を派遣することだって大袈裟なことではない。


 そう、普通はこのような強行軍には至らないのだ。ではなぜこんなことになっているか? 第一王子が至急現地に向かい、任務を果たせと普通ではないことを命じたからだ。


 そうなると、兵士に拒否権はない。

 馬鹿が権力を持ったがゆえの悲劇であった。


(きゃは☆ 現国王(有能なクズ)も良くはないけどさぁ、第一王子(無能な馬鹿)とか救いようがないよねぇ。あれで暴力が低レベルだったらぁ、普通にぶち殺してるんだけどなぁ)


 報告が正しければ、標的はディグリーの森に足を踏み入れている。あんな魔境を隠れ蓑にできるだけの力を持っているということだ。


(気配を消したり、魔獣を遠ざける『何か』を展開したりできるとかぁ? ちぇっ、中々に厄介な任務になりそうねぇ)


 アリス=ピースセンスを含む百以上の騎馬兵は進む。自然が作り出した迷宮たるディグリーの森に侵攻し、標的を捕らえるために。

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