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海の底から始まる異世界転生   作者: 若川をんす
1/1

サーナック誕生編

00


ブクブクと…泡が体をつたっていく…。

ゆっくりと瞳を開いても、そこにあるのは暗闇だけ。

声は出ない、この暗闇に飲み込まれたように言葉は響かない。

深い、深い闇の底、人の立ち寄れない深海に横たわり、見えない海底に向かい重く沈んでいく。

やがて異形の住人達が俺の体にかじりつく、身体は抵抗する事無く千切れていく。

指先が無くなり、腹が割かれ、内臓が引きずり出される、頬に口づけされ、次の瞬間噛み千切られる。

痛みはない、目玉がくり抜かれた瞬間間抜けにもスポッという音がした、あまりに非現実的だった。

自分の体が端から闇に消えていく様子を眺めながら僅かに口角をあげ、苦笑する。

貧困な想像力だと自分を罵った、夢の中だと俺は気付いていた。

しかし醒めてほしいとは願わなかった、醒めない悪夢を望んでいたのだから。

もうひとつ欲をいうならば、安らかなる死だ。

歴史に名を残すような壮絶な死を、なんて思っちゃいない。

死はそんなに特別なものじゃない、俺のは特にそうだろう。

だがわかっていても俺は死に期待していた。

いいじゃないか、それぐらいしか考える事がないんだ、死後の世界に期待を膨らませたってさ。

誰かに迷惑をかけるわけじゃないんだから、さ

俺が望む場所はただ静かな…



白い天井だ、現実の悪夢が始まったらしい。

カーテンが揺れる音、他の患者のラジオ、何かを載せて病棟を移動する台車の音。

そして人間の足音がすぐ近くまで来ていた。

「あ~…おはようね、ちょっと点滴いれるから…」

みるからに疲れてそうな中年のおばさん看護婦が、けだるそうに点滴の準備をはじめる

俺が目を細めると、その看護婦はムッとした顔をし

はらいせか俺の頬をつねり、それでも見続けたら目をふさがれた

「見んなやもお~」

と冗談まじりに困った言い方をする、まるで自分が被害者だと周りに主張するように

そのうち他の患者からの笑い声が聞こえる

「ほんまこまったやっちゃ、世話してもらっとるちゅうに」

「ろくな親に育てられとらんで」

よぼよぼの爺さんやらが俺をネタに談笑を始める、いつもの光景だ

そしてこの看護婦は俺のベッドに腰かけてだべり始め、俺の見舞いで置かれていたクッキーを物色し始める

「まっず、紅茶クッキーやんか」

食べてる途中で吐き出す、かすがベッドにこぼれる。

それに気付いてはらった拍子に点滴に手が当たって注射針が抜ける。

「うわ…最悪や…」

といいながら、抜けた針をもう一度俺の腕に刺す。

眽の位置が捉えられず、何度も何度も。

俺は注射針の痛みと、文句が言えない不自由さが重なって、怒りを通り越して泣きたくなった。

だが涙は流さない、泣けば看護婦は焦って「泣くんじゃねー」と叩くからだ。

これが、俺の現実の悪夢の一部分でしかない事。

今日に限った事ではない事。

…もう十分だ、俺は再び安らかな死を願いながら静かに瞳を閉じた…。



暗闇の中に放たれた線、幾つにも別れた世界が収束する、網のように、木の根のように、別れた線が一つになる。

線の中で混ざり合った白が別の白と混ざり合って一層白さを増す。

集められ、手繰り寄せられ、渦巻かれ、やがてそれは点になる。

点は脈動と共に膨らんでいく、それは球となる。

球は不透明な殻に覆われ、光沢を放つ水晶と化す。

その水晶は紫に色づき、中には脈動する胎児がいた。

胎児がその瞳を開いた、その瞳にうつった何者かが柔らかな手をさしのべてくる

水晶を抱き寄せソレはささやいた


「産まれてきてくれてありがとう、貴方に名を与えます…サーナック、それが貴方の名」


俺は夢を見ている、おそらくこれは悪夢ではない。

紫のスクリーンに映し出された半透明の女に抱かれ、祝福と名付けを受ける夢だ。

女はとても美しかった、陽光をあびる海面のように青く綺麗で透き通っていた。額の瑠璃色の宝石がついた髪飾りから長い髪がひろがってゆらゆらと踊っている。透明な身体と長い耳から現実の人でない事が察せられたが、その優し気な表情に何もかも忘れただ身を委ねた。

長く忘れていた安息、母のにおい、暖かな夢、俺は幸福に包まれていた。

この幸福な夢が覚めなければいい、そう願ってやまなかった。

しかしその願いは早々に打ち砕かれた。

女が俺を手放した、そのままゆっくりと距離が離れていく。

ああやはりこうなるのか、俺は少しでも期待したのが馬鹿だったとさっきまでの自分を嘲笑する。

女は最後まで俺を凝視していた、俺は世界を呪って再び眠りについた。

幸せの瞬間から絶望に落とされる事ほどつらいものはない、やはりこれも悪夢。

できることなら…もう…目覚めたくはない…。


01


意識が覚醒する、初めに感じたのは寒気だ。

まだ冬には早いと思ったが、すぐにそんな次元ではない事がわかる。

心臓を締め付けるような寒さで俺は一気に開眼する。

目覚めた場所は紫のスクリーンが目の前にあるさっきの夢のままだ。

嫌な予感がした、いつもなら悪夢が終わってベッドの上で…。


突如スクリーンに亀裂が入る。


俺の中で何かが警笛を鳴らすがどうしようもない、身体が動かない。

次の瞬間亀裂は一気にひろがって割れる音とともに俺は乱雑に吸い出された。

それまで屋内にいるような感覚でいて、突然外気に晒された俺を襲ったのは全身を針で刺すような刺激だった。

思わず手で目を覆おうとした。

不自由だったはずの手が動き顔を覆う、しかし覆いきれない隙間から次々と刺激が襲う。

そんな馬鹿な、俺の身体は麻痺してるんだ、痛みを感じない部分が殆どの筈なのに。

しかし考える間もなく突き刺さるような痛みが襲う。

「ウワアアー!!イ、イダイイダイイダイイイイイーーーーッ」

動かないはずの身体が、腕が、脇の下が、太ももが、全身が刺激に耐えかねて暴れまわる。

暴れるとなおさら痛みが増す、次第にようやく感覚が麻痺したのか、全身から痛覚が抜け、関節はギシギシと鳴るばかりで全く動かなくなった。

身体の中の異常に気付いたのはそこからだった。

体内に巡る血管が異常な速さで駆け巡っているのを感じる、血管が膨張して筋肉を伸縮させる余裕が無くなるような圧迫感がし、俺は破裂寸前の風船のように身じろぎ一つできなくなった。

「(俺は死ぬのか…今更だけど。)」

こんなに死が辛いものだなんて思わなかった。

もっと空虚で、空しく終わるものだと思っていた。

最後まで愚かだった、死に対して何を期待していたのか、こんなに苦しむくらいなら最後まで我儘言って暴れてやるべきだった。

俺は生きたかった、こんな死に方納得できない、もっと何かあったはずだ、何か……………

「(…死にたくない、母さん…母さん…助けて…)」

直前に感じた母のにおいを思い出す、俺の意識はそこで途切れた。



目が覚めたとき、俺は氷の塊の中にいた、しかし俺自身は凍っておらず、周囲だけが凍って俺を囲んでいる状態だ。

不思議と寒くはない、この氷のおかげかと思ったが少し触れただけで簡単に崩れるあたり、俺が凍って一時的に回りが凍っただけのように見える。

気を失う前に散々取り乱したせいか、俺は自分でも不思議なくらい冷静だった。

ここは古い遺跡のようだ、青いコケ?のようなものが発光していて周りの様子がわかった。

石壁で囲まれ人気のない不思議な場所だった、というか、人がいたとしてもここでは生きていけないだろう。

なぜならここは完全に水没しているからだ。

それにこの水自体普通の水ではないように感じる、クール的なシャンプーではないが、スーッとした冷たさを感じられる。

そして水中だというのに呼吸ができている、息苦しさは全く感じない。

むしろすがすがしい。

上を見上げると点みたいな光が見える、俺はあそこから降りてきたのだろうか、気が遠くなるような距離に思えた。


ふと、遺跡の中に割れた大鏡があった、覗いてみるとそこにいたのは異形の怪物。

「…そんな気はしてた…」

己が人の形をしていないような気はしていた。

体の動かし方が全然違うし、足は延ばすというかパタパタする感じだし…。

目の前のミジンコのような異形は微かに哀愁が漂っていた、顔に表情は無く虫のよう、体はブヨブヨしていて、手足が短くて、口からストローみたいなものが生えている。

人間だった俺が今ではミジンコ畜生だ。

俺はこの夢をみる前まで暇に飽かしてサブカルチャーに没頭していた時期があった、いわゆるライトノベルとかの類。

だからというわけではないが、こんな状況でも絶望というよりは好奇心のあまり興奮してしまっている。

変身願望があったわけではないが、少なくとも現実の自分よりは自由な身体であることも確かだ。

俺は思う存分体を動かした、最初はひらひらとヒレを動かして動くだけで精いっぱいだったが、そのうち泳ぎたい向きや方向に向かってスムーズに進む事ができるようになった。

不思議に思って体を見てみると、足が魚のようなヒレに変わっている。

「もしかして…思ったように体を作りかえられる夢?!」

俺は狂喜した、なんと理想的な夢なのだろう。

いつ終わる夢ともわからないが、こんな好機を逃すわけにはいかない。

精々楽しませてもらおう、と人間の足をイメージしてみる…が、出てこない。

「何か法則があるのか…?」

他にも人間の手や頭、RPGゲームでよくいるゴブリンやスライムなんてのもイメージをしてみるも出てこない。

「なぜだあ…!面倒臭い夢だな!」

誰に対する非難か、その叫びは虚空に消えていく。



しばらく試行錯誤続けるも進展はなかった。

これがゲームであったなら、経験値やらスキルポイントやらが足りないんだろうか?

とか思っていると、腹の虫が鳴いていた、腹まで減るとはリアルな夢だ。

とりあえず手身近にその辺の海藻にヘラみたいな手でしがみつき、ストローの口でつんつん…食えねえ!

明らかに海藻を咀嚼する形状ではないのを忘れていた…。

…これ詰んでるんじゃないか?この身体、構造的にあまりにも狩りに向いてないし。

ブヨブヨボディ、ヘラみたいな手、魚のヒレみたいな足、ストローみたいな口…なにこの異星人。

触手なんかがあれば物掴んだり出来そうなものだけど、完全にプランクトンしか食べられそうな物がないんじゃないかと思えてくる。

ちなみにストロー状の口はそれなりに硬いが注射針のような硬さはなく鋭くもないので、武器ではなくただの長い口でしかない。

幸い空腹ではあるが体は動く、少し遺跡内を見て回る事にした、プランクトンではなくても柔らかそうな物なら突き刺して食べれるかもしれない。

俺は足をヒラヒラとゆらして優雅かつ軽快に行動を始めた。

この水没した遺跡は人間が作った者だろうか、俺の貧困な知識の中では中世ヨーロッパのファンタジー的な、ファイナルなファンタジーとかドラゴンのクエストに出て来そうな建物だ、ただし水没していたり、所々壁に大穴があいている、そしてさながら俺は朽ちた遺跡のモンスターというわけだ。

…そういえば俺は今もし人間と出会ったとしたらどうなるんだろう?

会話…無理だ、さっきから試してるがキューと鳴く事しかできない。

戦う?それこそ無理だ、海藻をちぎる事さえできないのに…。

幸い逃げる事は出来ると思う、泳ぎの速さだけは人間を越えていると思うからだ。

などと考えつつ遺跡内を徘徊していると、物音が聞こえた。

笑い声のようにも悲鳴のようにも聞こえる、水中で反響しつつ聞こえる音というのはどことなく不気味だ。

モンスターがモンスターを攻撃しないとも限らないが、今はどんな情報でも欲しい、俺はこっそりと物陰に身を隠しながら音のする方向へ向かってみる事にした。


ココココ…キューアキュキュ…


俺が進むと、まるで誰かを呼ぶような声が徐々に近くなってくる。


ゴボッ…ゴボボッ…


きらめいた青い液体が水中に広がっていき、霧散していく、そして驚いた、俺にも嗅覚があったらしい、あの青い液体の先に俺の好物がある、そんな気がする、あの青く美しいきらめきの元に…。

俺は今空腹だ、そこにご馳走があるとわかってつい足早に動いてしまった、そしてそこにあったのは

角の生えたイルカのような、哺乳類に近い生き物だった。

しかもその角はただの角ではなく、淡く光るクリスタルのような形をしている、いや、クリスタルなのだと思う。

その生物は控えめに言っても可愛くはない、イルカは可愛いものだがソレは明らかにイルカではなかった。

1つの巨大な目玉、牙の生えた口、ヒレも半魚人の手のようだった、そしてそれは手負いだったようで、背中に深い傷を負っていた。

俺は戦慄した、その深い傷から泥水があふれ出すように噴出する青い血を、俺の本能が欲しているのだ。

”丁度いい獲物がいる”、俺の中のモンスターがそう囁いた。

吐きたくなるような気分だった。

俺は今にも飛びつきたくなる衝動を抑え、いったん来た道を戻った。

想像と違った、余りにも認識が甘かった、この夢はやはり悪夢だ。

まさか俺にあれを食えと言うのか、できるわけがない。

冷静になってすぐ吐き気がした、本能は欲していても心が拒否反応を示していた。


ギュオオオオオオオオオオオオン…!!


断末魔のような声が水中に反響して響き渡る、恐らくさっきのイルカの声、他の生き物があれに向かって集まっていく

それはいつも俺がみる悪夢と同じ光景だった。

群がる異形の海獣達が、無慈悲にあのイルカもどきを喰らっていく様子を、俺は呆然と見つめる事しかできなかった。


02


あのイルカは今どうなっているのだろう、まだ何かがいるかもしれないので確認する事はできないが、ろくな事になっていないだろうと思う。

俺にも起こりうる事だと思うと身体が震えた、今すぐここから逃げ出したかった、しかしそれはできそうにない。

ただの夢であったなら、このあたりで目覚めてもいいとおもう、しかし目覚めなかった。


「なんだよ・・・なんなんだよ・・・」


行き場のない怒りと恐れの感情が支配する。


グキュルルル…


そんな状況でも腹は減ってしまう。


「…何か、何か食べたい」


あんなものを食べなくてもいいはずだ、というかそもそも俺にあの怪物を食らう根性も術もない…ないと思う。

もし本能の赴くままに向かっていたらどうなっていたんだろうか…。

いや、もうさっきの事を考えるのはよそう、どうしようもない事だ。

俺は、別の事を考えて気を紛らわせる。

遺跡を巡って感じたことが、俺の身体の小ささだ。

ここは朽ちているとはいえ、人が作ったような家具や装飾品、壁に描かれた人物像等が残されており、比較してみて、自分の身長がだいたい大人の足の先から膝くらいなのではないかと思う。

まあ小さいとはいえ、こんな醜い怪物が現実で人間と鉢合わせしようものなら阿鼻叫喚間違いなし、俺だってそうするだろう、子供は泣くだろうし大人はすぐに排除したがるだろう。

せめて某国民的ポケットの電気鼠のような見た目だったら、例えモンスターでも躊躇してもらえただろうに。

もしこの夢が何者かに仕組まれているものだとしたら、仕掛け人はきっとサディストだ。

とそこまで考えてふと、あの陽光をあびる海面のような女の事を思い出す。

あいつがそうなのだろうか…?



遺跡の中を巡っていると色々な発見がある、怪物に襲われる可能性が無ければ観光気分にもなれただろうが、そんな余裕はない。

それでもこの遺跡内の芸術品に時折目を奪われる、美術館にしかなかったような画廊や、天井に彫られた神だか女神だかのありがたそうな石像、どれもこれも水没して朽ちていなければ相当の価値ある品物だったろうに。

あとあちらこちらに似たような紋章のようなものを見かける、六芒星のようにとげとげしていて、その中心に丸が6つ、まるで身を寄せ合うように集まったマークだ。

この遺跡の所有者の家紋のようなものだろうか?

そもそもこの遺跡はなんなのだろう、獣が引っ掻いたような傷や、甲冑やら剣やらがそこらじゅうに落ちているから、ここで大規模な戦いがあったのではないかって事は想像に難くはないが…。


グキュュルルル…


「…はやいとこ食い物を見つけられないと空腹で死ぬな…」


その後、何度か自分の何十倍もある怪物に見つかりそうになりながらも、瓦礫や狭い穴に逃げ隠れるように色んな所を巡った結果。


「これは…たべれるぞ!!」


蒼く透き通ったゼリーのような実をつける植物がそこにあった、それは俺くらい小さくないと入り込めないような狭い所で群生しているようだった。

ストローの先をゼリーに突き刺し、吸い取るように実を食した。

触感はゼリー、味は桃を水で薄めたような味だった。


「そんなに美味しいもんじゃないけど、贅沢は言えないな…」


のど越し爽やか、少し喉がやけるくらいにひやりとした、炭酸を飲んだ時に近いが、シュワシュワはしていない。

獲物に口の管を突き立て、中身を吸いつくす!


ジュルジュルルル…


時には角度を変えて余すことなく吸いつくす!


ジュッジュジュルル…


その時ふと壁際を見ると自身とその様子を移した姿鏡があった。

獲物に管を突き立て、全身をわたわたさせながらバランスをとりつつゼリーをすする怪物の姿がそこにあった。

なんと気味の悪い生き物だろう、UMAかなにかであってももう少し可愛げがあるものだ。

…とはいえあまり自分を卑下ばかりするものではないと思いなおした、それに現実の自分と比べれば、いくらかこの姿の方が健康かつ快適なのは間違いない、悪い所ばかりではないのだ。

後はそう、生き方の問題だ。

姿かたちや持って生まれた部分はもう変えようがない、ならせめて生き方は自分で納得できるようにしなければ。


「姿は化け物、心は人間…まったく、アニメじゃないんだぞ…。」


食事によってひとり言を呟く余裕はくらいはできたらしい。

一通り腹を満たすと不思議と眠くなった、この悪夢から覚める予兆ならいいが…。

俺はそのゼリーの植物に囲まれながら眠りについた…。


…と思った、しかし俺の意識はそのままで身体は眠ったまま、紫の結晶で全身が包まれていくのが解る。

やがて、完全に結晶に閉じ込められた後、鼓動が大きくなっていくのが解る。

その鼓動は俺に何かを呼びかけるような…不思議な感覚だった、何かを教えてくれるような…

俺は知っている、いやこの身体の本能が知っている、これは成長の過程なんだと。



夢をみていた。

正確には「俺の身体が見ている夢」を俺はみている。

この感覚はあの時、イルカの青い血を見て本能で近づいてしまったあの時の感覚。

なんとなくわかる、これはこの怪物の中に流れる血の記憶だ。

産みの親から受け継がれた怪物の思い出、それは凄惨な生存競争の様子だった。

怪物同士の争いであれば、ある程度の駆け引きと互いの実力勝負で拮抗し最後にはどちらかが勝利する

この記憶の中ではぎりぎりのところで勝ち残り続けた様子が見えた。

自身の能力に戦士としての誇りがあった、こんな怪物の精神にそんなものが存在したことに驚く。

俺が思っているよりもこの怪物達は人間らしい感情を持ち合わせているのかもしれない、そう思える内容だった。

しかしその中には人間もいた、恐ろしい殺気を放つ人間達がいた。

人間達はいともたやすく怪物達を屠った、鍛え抜かれた肉体、整った装備、隙を突く事を許さない立ち回り。

文字通り怪物達を蹂躙する様子を、ただ見ている事しかできない己を恥じた。

最後には怪物同士で戦い勝ち取った財産すべてを人間達によって奪われた。


「憎い…人間達が憎い…我が支配する地を蹂躙し、一族の女子供もかまわず殺してまわった」


「あまつさえ、残された魂さえも奪い去る、鎮魂の機会すら奪われ輪廻転生の輪にも加われぬとは」


「人間にそんな権限が…」


その時、鋭い殺意が己に向かっている事に気付いたが遅かった。

怪物を簡単に屠る輝くの矢が瞬いた瞬間、世界は暗転した。


アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


絶叫をあげる、目蓋の裏側が熱く燃え上がるような痛みを感じた。


「私はお前たちを許さン!生まれ変わっても絶対に…許さんゾオオオ!!ニンゲンドモオオオオオアアア!!!!」



幽体離脱したかのように俯瞰ふかんの視点で、夢の映像は流れていく。

その光景に畏怖すると共に、怪物も人間と同様に考え生きている事に気付かされる。

この記憶の主は生存競争を勝ち残ったリーダーのような存在であり、戦士のような気高い精神を持っていた

友人も恋人も、家族もいた、人間に対抗して一時休戦し、仲間となったライバルもいた。

それらが一戦のうちに失われ、そしてこの男も、やはりというか、目を撃たれ何もできないうちに殺された。

しかし魂は奪われなかったようだ、それは俺の存在が証明している。


「よくここまで生き残りましたね…」


突然と女の声がした、あの女だ、陽光をあびる海面のようなあの女。

その声にどうしても心が温かくなる、母のようだと安心してしまう。


「サーナック、貴方に祝福を、更なる成長を願っています」

「ま、まってくれ、お前は一体誰なんだ、これは本当に俺の夢なのか?」


女は微笑んだ


「貴方は全て知っている、今はただ生きて…」


言い終わる前に、結晶の崩れる音と共に世界は光に包まれた。



私は目覚めなかった、"現実の俺” に戻る事は無かった。

そしてこの夢が夢ではないと確信してしまった。

まるで自分がここに生きている言葉にできない真理を与えられたようにこの世界が身近に感じられる。

「母の言葉を借りれば、思い出したと言うべきか。」

自身が生きている理由、産まれた理由を知った時、人は生まれ変わると聞いたことがある。

「…いや、人ではないな、私は海の魔物の戦士、サーナック…」


「俺は…人間どもを許さない…!」



03


私は魔物だ、いまではしっかりとそれが認識できる、怪物という曖昧な表現ではなく、私は魔物というカテゴリーの生物なのだ。

あの成長の…進化でいいか、進化の過程である程度の一般常識というか、色々な知識が備わったように思える。

その中のひとつ、魔物についてあきらかになったのでまとめてみる。


魔物は大雑把な総称だ、他の生き物にとっては私達はどれも魔物であるといえるが、私達の中では少し違う。

動物のような知性しか持たない<魔獣>、私は魔物という種族の中の魔獣という事になる。

おかしな話だが、人間の記憶をわずかに引き継いだおかげで魔獣でありながら知性をもっている特別な状態にある、私以外の魔獣は特に細かい理屈や感情を抜きに置かれた環境で生き抜く事を第一に考えているようだ。

まあようするに野生の獣なのだ、人間にとっての馬のように、他の知性ある魔物に飼われたりする事もあるらしい。


次に魔獣とちがって知性がある<魔人>、こんな言い方だと人型をイメージするが、特に人型でないといけないというわけでもないらしい、だがそのほとんどの魔人は人間と戦う為に変化する術をもっているらしい。

恐らくあの女や、俺の記憶の中の戦士が魔人だと思われる。

俺はあの女に飼われたのだろうか?あの名付けはそういう意味なのか…。


ともかく、俺は魔物の中でも低位の魔獣であり、ここは俺以上の魔獣のはびこる迷宮ダンジョンと言う事になる。

俺はこの迷宮から脱出し、あの女に話を聞かなくてはならない、俺が何のために生み出されたのかを知る為にも。



人間どもを許さない…なんて仰々しい事を言ってしまったが、私は今を生き抜く事すら困難な状況なのを忘れてはいけない。

ゼリーの実を見つけたのはいいが、これだってもう残り少ないのだ、他にも見つけておく必要がある。

ただ、ゼリーの実に拘る必要もなくなったかもしれない。

なぜならあの結晶から抜け出てから私の体に変化があったからだ。

管がなくなり咀嚼できる口ができた、猫背の少し硬い殻を纏い、腕は細いハサミになった。

尾は相変わらず魚のヒレのような状態だ。

遠目に見ると人面のエビ・・・?のような容姿で、ザ・魔獣といった感じである、あまり強そうではない。

そもそもエビとかカニとかってあまり強い魔物の印象がない、序盤に倒される雑魚か食材になってしまうパターンがほとんどのような…自分がそうなるのは考えたくはない。



改めて自分の置かれている状況を整理する。

遺跡内部から外へでていく方法は解らない、今のところ遺跡の外の様子を確認する事ができていないからだ。

というか、この遺跡は迷宮化しているのがそもそも問題なのだ。


この世界において迷宮というのは人間がそう呼んだのが始まりで、文字通り迷宮のように複雑なつくりをしている。

物理法則や建築の構造等を無視し、本来ないはずの通路や部屋が自動生成され、簡単に出入りできるようにはなっていない。

迷宮化するには色々と条件があるらしいけれど正確にはわかっておらず、偶発的に発生するとされていて、共通しているのは、そこが魔獣の温床となる事、迷宮のどこかに核と呼ばれるものがあり、それに触れると迷宮化がとける事だ。

人間はその核を破壊し、魔獣の異常発生を抑えるのを目的として迷宮を訪れるのが普通だ。

まあ中には落ちている物を目当てに来る者も珍しくはないようだけれど。

近場で目についた小型のダガーをつかみ取ってみる、これ以外にも鎧や長剣といった装備品等もよく見かけた、それは人気のない水中でありながらまるで出来立てのようにきらびやかだ。


迷宮は記憶を持っているらしく、過去にこの地で起こった事や歴史になぞらえて物が具現化するらしい。

そしてそういった物のほとんどは<魔素>が素になって形成されている<魔道具>となるのだ。


…私の中で新しい単語が沢山浮かんできてはその説明にかられているのはなぜだろうな…



ともかく遭遇する魔物への対策が無いので隠れながら行動するしかない、この身体がどの程度通用するかわからないし、今のところ自分より格下の生き物を見ていないから、たぶんここで私は最弱だと思われる。


食糧問題に関しては、ゼリーの実を運よく発見できればいいが、そんなに都合よく見つかるものでもないだろう、それに進化のおかげで体格が大きくなっているせいで当然ゼリーの実も相当な量が必要になるうえ、狭い場所に入り込めないので探すのも容易ではなくなっている。


…魔獣を食らうのは避けたい、本格的に飢えてからでいいと思う。

ただでさえ戦闘力に不安があるのに空腹で動けなくなるのは本末転倒だが、これは私の精神的な問題だ。


ああ、そうだった、口が変わったから海藻が食えるじゃないか。

よし、できるかぎり草食で腹を満たし、力を付けて遺跡から出ていく、より安全な場所へ移動する、そんな感じでいこう。


言うや否やすぐさま行動、目前にあるゼリーの実の草の部分も食べていく。


「…苦い、食えたもんじゃない」


美味しさは実にすべて持っていかれたようだ、これは食べ物ではない、紙食ってるような気分。

本当にやばくなるまでこれは避けよう。


最初の頃スルーした海藻はどうだ?

モシャモシャ


「お、いける…」


塩気とか全然ない普通のワカメっぽい感じで、美味ではないが触感はまあまあ楽しいものを食べる事が出来た。

ただゼリーの実を食った時のような高揚感のようなものはなかった、あれは結構特別な食べ物だったのかもしれない。

とりあえず安全そうなルートを思い出しつつワカメを食い歩く、小さい時にある程度マッピングをしておいて正解だった。



ワカメを食い歩きつつ、もしも次の進化の機会があったときの為に、自分の意志で身体構造を選べないか試行錯誤をする。

強く念じればいいだろうか?

陸に上がる為の足が欲しい…亜人か…あるいは両棲類として生きていける様な…。

ンンーーームムム・・・


それとも訓練すればいいだろうか?

ヒレを水底につけて足のように動かし、歩くように見えなくもないようなそうでもないような身じろぎを繰り返した。

フンッ!フンッ!ドリャッ!


あるいは…二足歩行か四足歩行の生き物を食べる…とか…いや、人食いたいとか考えてないけど!

さすがに今はやる気にならないな…


戦闘が起こった時の為に自分がどうやって戦うかシミュレーションしてみる。

シャー っと両手のハサミを開けたり閉じたりしてみる、どっちかと言うと高枝切ハサミのような感じだ。

この手の爪でひっかけばそれなりに痛そうだけど…人間並みに柔らかい肌相手でも傷をつける程度にしかならないと思う、刺さるほど鋭いわけでもなし。


あとは水中でのすいしん力を生かして体当たりかな、爪を前にして刺しにいくのも考えたが、下手したら手が折れそうなのであまり現実的ではない。

ヒレのおかげで泳ぐスピードは速いので、立ち回りには事欠かない、ただしそれはきっと水中の魔物であれば皆同じだろう、私だけが素早いわけではないのだ、ただ比較的小さいから回避や逃げ隠れは有利かもしれない。

素早く動いてすれ違いざまに…いやいやそんなうまくいくはずが…


うーん、だめだ、まだ戦う時ではない、そんなきがする。



なんだかんだでワカメを食ったり、ちょっとだけゼリーの実をみつけたりして、食べ物には恵まれていた。

ふと、周辺に自分より少し大き目の魔物が泳いでいるのをよく見かけるようになった。

なぜかはしらないが襲われてはかなわないので物陰でやり過ごしたり、砂の中に埋まったりして凌いでいる。

この辺りは敵のいない安全地帯だと思っていたのに…。


オオオオオン・・・


突然何かの唸り声がする、奥底から何かが蘇るような…幽霊のような鳴き声。

他の魔獣も気づいたようで、そわそわし始める、俊敏な魔獣ほど即座に立ち去った。

私は岩陰でそのまま身を隠している。

こっそり様子を伺うと、ゆらりと、砂ぼこりを纏いながら巨大な影が現れ視界を覆い尽くした。

通り過ぎてからやっとその全容を掴むことができた、全身が赤紫の巨大なクラーケンだ。

触手をうねらせて直進しながら、複数の大きな目がギョロギョロと周囲を見回している。


「(そうか、あいつが怖くてみんなこっちに追いやられてきているのか…)」


私の何倍も大きい亀のような魔獣が逃げ遅れて触手に捕まり、そのままなすすべなく絡めとられ捕食されるのを見た。

これがこの迷宮の最上位の存在だろうか、圧倒的すぎて言葉にならない。

私がもう少し大きく食べごろであったなら岩ごと食われていたかもしれない。


しかしよく見るとクラーケンの体の一部が欠損している、触手が生え際から切り落とされていたり、左右対称の位置に長い触手がなく不安定そうなのが見て取れる。

あのクラーケンが手負いになるような相手がまだいるのか…。

その後、クラーケンの食事は続き、腹が満たされたのか、次の狩り場へ向かうのか は解らないが去っていった。

その頃にはクラーケンの全身に欠損等は無く、完全に再生していた…。



04


クラーケンが立ち去った後、残された魔獣の細かい残骸に俺と同じくらいの大きさの魔獣がとびつき群がっていた。

私はその喧騒に紛れてその場を離れる。

今回は運が良かっただけだ、今度あんなものが現れたらただでは済まないだろう、今でも寒気がする。

あの何本もある長い触手に絡まれたらいくら素早くても逃げ出すことはできないだろう。

弱肉強食の世界を目の当たりにし、焦燥感にかられながらも、私は未だに魔獣同士で共食いのような食事を許容する事はできない。

それが出来るようになった時、私は人としての理性を保っていられなくなるのではないか。


恐ろしい世界だ、現実の俺…を…ん…現実の私は…どうだったか

ああ、そうだ、俺は…私は…



私は平凡な家庭で生まれ、親にも苦労をかけたことがないような、模範的ないい子だった。

その日は天気が良く、たまには子供らしく我儘が言いたくなったんだ。

親が共働きで、夏休みもどこへも連れて行ってもらえていなかったのでなおさらだ。

でも我儘を言っても怒られたりはしなかった、むしろもっと言えと頭をなでられた。

本当の事を言えば、何でもよかったんだ、プールでも、外食でも、家で遊ぶのでも。

なぜ、俺はあの時山でキャンプがしたいなんて言い出したんだろう。

今ではもう思い出せない、思い出したくない。

だが忘れることはできない、あの事故の事は。


天候が荒れて、午後になる前にうちに帰る事になった。

申し訳なさそうにする親に、俺は子供ながらに気をつかって。

「お母さん、晩御飯はカレーがいいな、家で一緒に作ろうよ」

そう言うと母は胸をなでおろし、腕によりをかけるとか言って。

帰り道、車の中で甘口が辛口かで話し合った。

幸せだった、目的は果たせなくともよかった、多くは求めなかった、なのに。


俺達の乗った車に土砂崩れが襲いかかった。


なんとか一命をとりとめたが、親は死に、俺は脳に障害をもった。

じょじょに体が麻痺し、間隔が無くなり、動かなくなっていった。

仲の悪い親戚の人がたまに見にくる以外、変化のない生活が続いた。

俺は自身を呪い続けた



私は…どうしていたっけな、なんだか靄がかかったように思い出せないな。

でも心なしか、思い出せなくていいような気がしないでもない。

どうせくだらない人生だったにちがいない、こんな魔物になる方がマシと思うような人生なのだから。


ドクンドクン…


自分の心臓が大きく脈動するのを感じた、これは何かの予兆かもしれない、進化かな?

なるべく安全そうな小部屋に移り、身体を落ち着かせると、前回同様体の端から結晶化が始まる。

今度はなるべく生きやすい体に…



二度目ともなると落ち着いたもので

進化のタイミングはやはりあの鼓動の直後、ある程度落ち着いたと判断すると眠気と共に結晶化が始まるらしい。

自分の中で自身が魔物である事を良く知っている今の自分と、人の頃の知識や経験をもった過去の自分との記憶のすり合わせが行われている、いや、思い出している。

それが怖いかといえば、不思議と気にならない。

自分は初めからこうであったとすら感じる。

そのうち、自分の中で別人の声がする。


「私よ、戦いを思い出せ」


あの戦士の声だ。


「俺は戦いなんて知らないぞ」


「いいや、お前はしっている、ただ戦わず逃げただけだ」


戦士はこちらを見て微笑んでいる、よく見ると記憶で見た時より人間に近い顔をしている、本来はこちらの顔なのだろうか。

なんだかその面影はどこかで見た覚えがある、遠い昔に…どこかで会った気がする。


「喧嘩なんて見たことはあってもしたことはない」


奇妙な自問自答が始まると、一瞬にして光に包まれ風景が変わった。

そこは机が数多く並ぶ教室だった、自分の席が懐かしい、俺が座っている光景を見るのは皆久しぶりだろうな、そう一瞬思いながら周りを見たが、そこにいるのは魚の顔の生徒だけだった。

皆先生の立つ教壇に向かって話を聞いている。


あの戦士の顔をした先生が俺に続けて語り掛ける


「私よ、困難を前に逃げるな、戦いを避けるな、どんな形でもいい、戦い、勝ち取らねば生きているとは言えない…」


周りでクスクス笑う声がする、なにがおかしいのか、俺はイライラさせられた。


「偉そうに、結局戦ったせいで死んだくせに…」


「私は自ら戦う事を選んだ、お前はちがう」


見透かされたように言われ、ドキリとした




「すいません先生」


俺の前に突然母親が現れる


「申し訳ありません」


「やめろよ…謝るなよ…」

俺は小さい声で言った、言ったと思う、かききえる声で伝わったかはわからないが


「いえいえ、いいんですよ、幸い怪我はありませんでしたし」

先生が苦笑しつつ言う

「ただ、少し弁償代がね…相手の親御さんも彼が悪いといって払っていただけないんですよ…」


「…うちの方でお支払いいたします」


「なんでだよ!!」

つい俺は声を荒げた


母と向き合うのをやめて、戦士の顔の先生が笑う

「いや、君はこの時戦わなかったはずだ、黙って口を噤んでいた」

静かな声で淡々と告げる。


胸が苦しい、俺の過去がえぐられている、母親の涙声が俺の血の気を引く。

「ごめんねえ…母親の私がちゃんとしてないせいで…寂しかったのよね」


「違う…違う…」

母の抱擁の温かさが、逆に血の気を奪っていく。


「母さんも、俺も…悪くないんだ…」


「そうだ」


「悪いのはあいつだ…」


「そうだ」


俺の中に火が灯る

「戦わなかったんじゃない、戦えなかったんだ!俺は悪くない!」


グルウアアアアアア!!

雄たけびをあげて戦士の姿が変貌する、あの大型の魔獣、クラーケンの姿に変わった。

それは容易く母を縛り上げ持ち上げられた。


「何をする!!やめろ!!」


キャアアアアアアアアアアーーーー!!!


教室に響き渡る母の悲鳴、そしてクラーケンは触手の下に隠された大きな口を開く。

その一瞬、母の顔があの女の顔とダブる。

その顔は 笑っていた。

「やめ・・・」



バキッゴリュッバキキッ…




一瞬で飲み込まれ、母の存在はクラーケンの中へ消えていった。







いつの間にか周囲は教室ではなくなっている、暗黒の空間だ。


「思い出したか?戦わない事の苦しみを」

俺の後ろでまた戦士の声がする、その声は偉そうで、何もかも知っているような言い方だ。


「ああ思い出したさ、お前が魔物だってことをな、そして俺は人間だ…」


戦士が”まだそんな事をいっているのか”というようなあきれた顔をする。


「お前は俺を戦わせたいようだが、魔物の言いなりになんかなるものか。」


「ではどうするつもりだ」


「俺は、俺のやり方でやるだけだ」

戦士は俺の眼を見つめた、俺はその眼を貫かんばかりに睨みつける、すると戦士はフッと笑い


「ならば見せてもらおう、貴様のやり方とやらをな…」


男のまわりで魔物達の嘲笑に似た鳴き声が聞こえる、それはこの暗黒すべてに広がり、何千何万と言う魔物達が俺を見て笑う声だと言う事に気付いた。


「我々はいつも見ているぞ…貴様の中でな…」




目が覚めると姿が変わっていた、今迄と違い、明らかに硬そうな見た目に変わっている。

腕のハサミはシャコの手のように太く、大きくなり、体はエビというより蟹のような甲殻に変わっている、手が2本、足は4本になり、泳ぐ為のヒレが退化したのか小さいが、前の姿の時と大きさが変わっていないだけだと気づいた。

人間と比較すると恐らく人間に覆いかぶせれるくらいには大きくなっているように感じる、本格的に魔獣になったようだ。

シャコのようだと言ったが、シャコのような高速パンチは出せないようだった、似ているだけで体のつくりは違うのか

重く硬いので鈍器のようにぶつけるのが精いっぱいだろう。

そして懸念された移動力は落ちていなかった、むしろ前回より早い、ヒレのおかげではないようだった。

泳ごうとすると、エンジンがかかったように体の奥底で火が燃えるような感覚が広がり、生きたいところに向かって水中を蹴ると、物理法則を無視して進んでいくのだ。

地を蹴るとより早く動ける、あぶくを纏いながらまるで魚雷のような動きで突き進むことができる。


試しに暫く継続して泳いでみる、さっきまで恐れつつ泳いでいた空間だが、今の俺以上の存在はあのクラーケンかイルカもどきだけだ、それらがここにいないので気楽に泳いで回る。

前形態の時には気付けなかったルートを見つけたり、ミジンコの頃の俺によく似た魔獣も見つけた。

そいつはあっという間にイソギンチャクのような魔獣につかまりあっけなく動かなくなった。

俺も一歩間違えばああなっていたかと思うと恐ろしくもなる。

もちろん今でも俺の知らない上位存在が隠れているかもしれない、気楽に泳ぐとは言ったが警戒は緩めず進んでいく。



05


新しいルートを捜索していると、遺跡の様相ががらりとかわって鍾乳洞のような場所に出た、幸い今は陸に上がっても歩ける体なので、水がとぎれた場所もずんずん進んでいくことができる。

その鍾乳洞は遺跡内と同じように若干青みがかった色をしており、水色に発光する結晶がちらほら見かけられる。

結晶に触れてみるとじわりと静電気のようにびりびりした、痛くはないが気分が悪いので避ける。

鍾乳洞の中には蝙蝠のような生物がおり、見た感じでは魔獣には見えなかった、動物も普通にいるのだろうか。

光源はあの静電気結晶だけだが、俺の目は洞くつの掘り1つ1つがクリアに見て取れた、そのおかげで蝙蝠が普通の存在であることもわかるし、足元に転がっている貝に目が4つついているのも解る。


俺が怖いのか貝型の魔獣はすぐに殻に閉じこもってしまう、特に進路を妨害しているわけでもないのでスルーしているが、他の魔獣であればここは捕食する所なのだろうか…。

俺も本音を言えば今進化したてで空腹だ、何か食べたいがもうワカメをいくらか食った程度では満たされない。

かわりといってはなんだけれど、これまでのように食い物の事ばかりを考える必要を感じない、確かに空腹だがまだまだ余裕があるのを感じる。

正直このまま鍾乳洞を通じて外界にでられたら一番いいのだけれど、そう上手くはいかないらしい。

U字のトンネル状になっていて再び水場に繋がっていた。

もといた場所と雰囲気は違っており、空間が広々としている場所だった。

いる魔物に大した差異はないが、自分が大きくなったせいか周りの魔獣が小さく感じる、ゆっくりと沈んでいき地に足をつけると、砂埃が舞う。

ここは前の場所とちがって砂地が深いようだった、俺の足は尖っていて、俺自身重量があるせいで砂に足をとられてしまう。

俺は再び水中を舞うようにして泳ぎ始めた。



進むごとに徐々に明るくなっていく世界につい和んでしまった。

虹色の海藻、あふれんばかりのサンゴ礁、俺の知っている魚らしい魚の形をしたものもいる、いやもしかしたらあれは魔獣ではない普通の魚なのかもしれない。

もしかしたら俺は下層にいたのだろうか…

迷宮はいくつかの層に別れて魔獣の分布する様相が違う、下層と上層にわければ、下層は凶悪な魔獣がはびこり、上層は無害な魔獣の割合が増える。

俺は下層からスタートしたわけか…人生いや魔物生ハードモードだな。

しばらく景色を堪能しつつ、サンゴの無い岩盤に着地、少し休憩する。

さすがにずっとエンジンかけっぱなしだとよくないかもしれない、若干疲れている気がするし。

ちょうど岩盤にはくぼみがあり、そこはおさまりが良かった。

しばらくぼーっとしていたが、ほんとに警戒するものが無く、ついウトウトしてしまい、眠気に任せた。

進化ではなく休息の為に魔物になってはじめて休んだ瞬間だった。






サーナック誕生編はここまでとなります。


続きはこちら

https://www.magnet-novels.com/novels/55130


よろしくお願いします。

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