題未定(修正・校閲まえ)
たて読みようのものを強引に横書きしたり、修正校閲をはさんでいないので、読みにくい部分もあるかもしれませんがどうぞ最後までお付き合いください。
十一月二十九日 晴れ
今年の最初に立てた抱負「人間関係頑張る」も年末も近いこの時期になって、達成への糸口がようやく見えてきた。といっても、ただ本を拾っただけ、落とし主に渡しついでに声をかけただけ、フツウの人なら何でもないこと。
わたしもこの本好きなんだ
気が合うね
微笑みが女神のように柔らかく美しかった。恋愛小説の冒頭のような出会いだった(そうなるとわたしは純朴な男子生徒といったところか)。
ともあれ、人類にとってはささやかな一歩かもしれないが、わたしのコミュニケーション史にとっては絶大巨大な進歩だった。
十一月三十日 曇り
年末に出すテーマ小説のアタマが決まった。
新品のスーツと使い古されたマグカップ、それを満たす深い黒のコーヒー。夜のような液面。憎いほどに綺麗な朝焼けを背に、故郷との決別。
なかなかいい感じだ。
十二月一日 晴れ後雨
買い物帰りに秋の終わりを見つけた。畑の傍を通ったときに枯れ草を焼く匂い。白煙からチラチロと顔を出す紅。湿った風が、土と朽ち葉の薫りを追いやってしまうような、季節の交代。
ネギの刺さったポリ袋はいっそう重たく感じた。
十二月二日 雨
昨晩思ったよりも筆が進んでしまったので、調子に乗ってショートストーリーを書き上げてしまった、しまった。ついでにと小説投稿サイトに上げた。たいした量の読者がいるわけでもないけど、[投稿する]のボタンを押すときはいつも鳩尾の浮くような感覚がする。
十二月三日 快晴
冬はつとめて。一度起きてしまえば、身を切るような寒さも一転味方だ。布団を抜け出せたならこちらのもの、抜け出せたなら。ぬくぬく。
さて、師走だ。年月というのは、思ったよりも苦い過去を洗い流してくれないな、なんてぼやいてしまう。マニックマンデーとはいかないものだ。
先日お話をした女の子と仲良くなれた。人間関係頑張れてるぞ。
静井 雫さん、よろしくね。
十二月四日 快晴
静井さんといっしょに「ル・ノワール」という珈琲カフェ(?)に行った。ベリータルトとオリジナルコーヒーがとても美味しかった。これは少々遠くても通ってしまう、静井さんが行きつけてしまうのもわかる。お気に入りの作家トークや最近の本の話で盛り上がって、そのままの勢いで雑貨屋さんに行った。 フェルト地のかわいいうさぎストラップを買って、かばんにつけた。色違いのお揃いで、フツウの「女の子」っぽい。紫と、黒。
十二月五日 曇り後晴れ
灯油の匂いがした。冬の匂いだ。
テーマ小説のネタにできそうな情景が浮かんだ。
主人公がガスコンロの残り香から在りし日を思い出す、あのとき「あいつ」とつついた小さな鍋、少しの肉を奪い合い、笑いあった、そんな記憶に励まされ……。みたいな。
十二月六日 晴れ
窓から空を見上げると、青と白のコントラストがやわらかくも眩しい。
周囲が恋人云々を気にし始める時期になった。聞こえてくる会話の断片は生々しかったりソワソワした響きだったりと、居心地悪さというか所在無さというかを感じた。今日は早めに帰ってしまおう。
途中で静井さんと合流して、いっしょに帰ろうってことになった。
夕方とはいえ陽の出ている時間なのに、風が冷たくて寒い。手が冷たいので悪戯みたいにえい、と手を握り合った。なんだか「フツウの女の子同士」みたいにじゃれあって手をつなぐのは「らしくないよね」なんて笑い合った。
静井さんの暖かい手は、手だけじゃなく胸もぽかぽかにしてくれた。
十二月七日 曇り後小雨
テーマ小説、ちょっとはじめから書き直したい。具体的には主人公の性格から。さあ間に合うかな?
雫と明日服を買いに行く約束をした。しかし「服を買いに行く服」も、かろうじてあるってぐらいなので、不安だ……。
十二月八日 曇り後晴れ
午前中の服屋巡りで、わたしは手袋と、コート、それに合わせるパンツとセーターを買った。雫はワンピースに合わせるカーディガンやらロングスカートやら、ザ・女子力全開な買い物だった。パンツスタイルが悪いなんてことは一切ないけど、なにか「女子力」なるものの欠如を感じた。
午後は大学近くの美術館に行った。
落ち着いた光源、洗練された展示スペース、そして穏やかな筆致で活き活きと描かれた森のいきものたち。ゆっくりと時間が流れるように工夫された場所、といった感じが最高に心地好い。
期間限定展示(挿絵作家の特別展)の作品をキラキラした目で食い入るように見つめる雫も、思わず写真を撮りたくなるような、美術品みたいに綺麗な横顔だった。
美術館に併設されたお洒落なテラス付きのドーナツ屋で休憩。ここもやはりコーヒーが美味しかった。陽光が雲間を分かち空はみるみる晴れていく。
でもパラソルの陰はちょっと寒くて、また雫と手を繋ぎたいな、なんて思った。
十二月九日 晴れ
昼はパスタ、粉チーズだけ買ったけど、これ意外と高い。初めて作ったにしてはよくできたほうだと思う(時間はかなりかかったけど)。今度雫と一緒に遊ぶときにはボロネーゼを振舞ってみてもいいかもしれない。
やたら久しぶりな感じがする日曜日だった。小説の書き直しを進めるたびに、次々さらに書き直さなきゃいけないところが出てきた。嬉しくも苦しい悲鳴を飲み込んで、休日フル活用(返上ともいう)の執筆祭りだ!
十二月十日 曇り
講義にひざ掛けを持参するのが半ば必須になってきた。今日はマフラーを代用してなんとか凌いだけど、明日からは絶対に忘れられないな。
こんなに寒いのに構内の広場でアイスを食べている二人組を見た。見てるこっちまで寒くなる……。
十二月十一日 快晴
雫とカラオケに行く予定を立てた。カラオケなんて高校以来だな。雫は独特の趣味があるらしいけど(ロックバンドのB面のバラード曲が好きとかなんとか)。楽しみだな。
十二月十二日 晴れ
雫の歌う曲の歌詞はどれも印象的な言葉遣いをしていて、小説のネタに取り入れてもよさそうな言い回しもあった。切ない曲なんかを聴くと、雫の歌い方がうまいのかこちらまで胸がきゅうとした。
なぜか自分が歌う番になると、集中できない感じで、歌詞が頭に入ってこない、文字上を目が滑る感覚だった。
十二月十三日 雨
思ったよりも難産だ。リアリストを脱却しつつある主人公に恋愛までさせるのは、さすがにどうか……。
自分の部屋に帰ったときにふと感じる静寂に、耳が疼くような感情を得た。
雨と雷の匂いが鼻をツンと撲った。
十二月十四日 雨後曇り
どんよりとした厚い雲に、濡れ色に光る木の幹が怖い。冷たく恐ろしい、それでいて甘く安心を誘うような、踏み込みがたい「自然」の怖さ。
十二月一五日 曇り
雫から急に連絡が来た。明日部屋に来るって! 片づけが大変ってわけではないけど、部屋に面白いものが何もなさ過ぎて、申し訳が立たない。
十二月十六日 晴れ
何を勝手にワクワクしていたのか、昨日の自分を殴りたい。雫の目には泣きはらした後があった。たくさんお酒を買って、ふたり飲み明かした。胸がちくちくした。以前の楽しさは消えたように見えなくなった。取って代わったように、妙な感情を喉元に感じた。なんだろう、自分でもよく分からない、信頼を越えた何か。
でもわたしは、このヘンテコに似た感情を知っていた。
恋だ。
十二月十七日 晴れ
ふたりして頭痛の朝。
しかしどうもわたしは二日酔い以外の理由でも頭が痛いようで落ち着けない。いや待て待て、わたしは、本当に、雫が、女の子が、好きなのか?
シャワーの音だってまともに聞き流せない。
昨晩の、酔って顔を赤らめた雫(目も潤んでいてとても可愛かった)が脳裏にちらつく。好き? 本当に? それはどういう?
わからない
十二月十八日 快晴
独り者同士、クリスマスのイルミネーションにでも行こう。
雫が提案してくれた。わたしはまだ自分のコレが分からない。そういう気持ち(どういう気持ちかはわかってないけど)で行くなら断ったほうがいいのかな? でもせっかくの提案だしな、行きたいし……。
どうすればいいのかな。
十二月十九日 曇り後雨
さすがに当日は人ごみもやばそうだし、恥ずかしいから祝日にしよう。
ずるい返事な気もする。心ばかりの折衷案。
イルミネーションに行くのを楽しみにしている自分がいる、事実だ。しかしこれはどういう「楽しみ」な感情なんだろう。雫に迷惑をかけることだけは絶対にしちゃいけない、それだけは誓おう。わたしだってまだ分かってないコレを見せたりするのは絶対にダメだと思う。
しかし困った。執筆にもまったく手がつかない。
十二月二十日 雨後晴れ
垂れ込めていた雨雲が早送りのようにごうごうと流れ去って行く。呼気で湿ったマフラーがこそばゆい。
年末の慌しさを腹の底に抱えつつ、雫と手を繋げずに歩く。帰り道。
これをこわしたくなくて、でも雫のことが好きなんだろうわたしは、どうしたいのかな。
十二月二十一日 快晴
窓際の席は凍える寒さだ。暖房の届ききらない距離、結露した窓ガラス。しかし見渡す歩道はにぎやかな人の群れ。いつか雫が歌っていた曲が、どこからか聞こえた。
十二月二十二日 曇り
準備するものなんてないのに、明日の準備をと息巻くわたしに少しあきれるけど、
ああ、明日が来るのが楽しみだ!
広島大学のゆかたまつりにて「すくりぃべんてぇす」のブースで修正校閲後版を発売予定です