就職
ウィルさんに連れられて街の門の所までやって来た。
街の門番と思われる人が簡単な検問をしている。
俺、この世界の身分証とか持ってないけど、入れるのか?
自分達の番が来ると、ウィルさんが門番に小声で何かを話しかけ、小さな何かを渡すと門番は何事もなかったかのように通してくれた。
ウィルさん、今の賄賂じゃないよね?
少し歩くと広場に着いた、中央に噴水のある立派な広場だ。
十字に大通りが通り噴水回りにはベンチ等があり憩いの場になっている。
俺がキョロキョロ辺りを見回していると、ウィルさんが声をかけてきた。
「これで街に着いたが、お前さんこの後はどうするつもりなんだ?」
ウィルさんが痛いところを聞いてくる。
最初は街に着けばなんとかなると思っていたが、ここは異世界で日本ではないので、頼れるものは無い。
金もないし、何かの力があるわけでもないし、頼れる者もいない。
控えめに言って詰みである。
俺が何も言えずにいるとウィルさんが提案してきてくれた。
「行く当てがないなら俺達の所に来るか?」
願ってもない話である、しかしここまで良くしてくれたウィルさんにさらに迷惑をかけていいんだろうか?
「そんな不安げな顔しなくてもいい、俺達はお前みたいな行く当てのないやつを集めて色々助けてやったりしてるんだ。今さら1人増えたってなんて事はない。」
「本当に、良いんですか?」
「構わねえよ、俺がちゃんとお前の面倒見てやるよ。」
「ありがとうございます、お願いします!!」
ウィルさん、なんて良い人なんだ!!
ここまで連れてきてくれただけでなく、その後の世話までしてくれるなんて、日本人でもここまで優しい人はいないぞ。
嬉しさで半泣きになりながらも、ウィルさんの拠点に向かう事になった。
そして、ウィルさんの拠点に着いたのだが、コレはヤバイ!
場所は街の西にある俗に言うスラムと言われる一画のさらにど真ん中辺りにある大きめの建物なのだが、辺りには怖いお兄さん達が何人も立っておりときおりこちらをチラチラ見てきている。
ここはヤバイ、絶対にヤバイ!!
建物の入り口前で硬直していると、ウィルさんが早く入るように促してくる。
このまま入らないわけにはいかないので、意を決して中に入るとそこは酒場だった。
中にはマスターと数人の客がいるが、お客の人達もヤバイ!!
この店がただの酒場の確率はほぼゼロだ。間違いない!!
だって俺だったらあんな顔にキズのある怖い人の隣で酒は飲めないもん。
そんな事を考えながら酒場の中を見ていると、端のテーブル席に座っているウィルさんが手招きしている。
「ほら、早くこっちに来い、色々話したい事がある。」
呼ばれて対面の席につく。
「どうだ、俺達の拠点は?立派なもんだろ?」
「そうですね、すごいですね、ところで質問があるんですけど... 」
「ん?なんだ?」
「皆さん、なんの仕事をしてるのかなぁ、と思いまして。」
「あれ?話してなかったか?」
「はい、聞いてないですね。」
「ここは一見はスラムの酒場だが、実態は盗賊ギルドの支部だ、ここで様々な依頼を受けたりする言わば冒険者ギルドの盗賊版だな。つまり、ここにいるのは皆ギルド所属の盗賊だな。」
アウト~!!
やっぱりね、そんな気はしてたんだ、真っ当な所ではない気はしていたんだ!
まさかのド直球!!ここは盗賊ギルドでしたか、ハハハ、違和感ねえや、周りの怖い人達はギルド員さんですか、納得です。
「それでお前には、これからウチのギルドの下っぱとして働いてもらうわけだが...」
「え?」
俺、盗賊ギルドで働くの?なんで?あっ、俺自分からウィルさんに頼んじゃってるじゃん。
マジかよ、まさか仕事が盗賊だなんて思ってなかったから、気安く頼んじゃったよ。
マズイ、今更やりたくないとか言い出せる雰囲気じゃないって。
「なんだ?もしかしてウチで働きたくないのか?」
「え、いや、その、えっと......」
働きたくないというか、盗賊をしたくない。
どんな仕事か知らんが絶対に真っ当な仕事ではない。
だがそんなこと直接本人には言えない、オブラートに包んでフワッと伝えないと。
「盗賊とかちょっと向いてないかなぁ、なんて。」
「なぁに、皆最初はそんなもんだ、ウチで少し修行すればお前も立派な盗賊になれる。」
豪快にウィルさんが笑っている、全然こちらの意図は伝わって無いようだ、もう数回似たような事を言ってみたがダメだ、どうやら逃げ道はないらしい。
盗賊をするしかないのかとよく考えてみれば、そもそもここを出ていっても自分には行き場がない。
真っ当な仕事じゃないとか言ってられないのだ。
やるしかないんだ、他に道はない。
「あの、自信はないですけど、精一杯頑張ります。」
「おお、お前さんには期待してるからな、頑張って立派な盗賊になってくれ!」
俺は異世界で盗賊に就職した。