第八話 豚の魔物④
「何をブツブツ言っているブヒかぁ…?何をしてもお前はここで死ぬブヒねぇ」
オークキングはアルバを見下す、この場において気でも狂ったのかと思ったのだ。
「…らガ、…った…」
「なんだ?お前、何を言っているブヒか!?」
「命乞いブヒか!?ブヒヒヒ!」
アルバが踞り呟いた何かを、オークらは命乞いだと思った。
だが、現実は違う。
「ハらガ…ヘッた…!」
ぐんと顔を持ち上げ、オークを睨む。その勢いと気迫に、オークらは後退りしてしまう。
なにせその口元は酷く歪み、唾液を溢し、視線は食事を前にした肉食動物のようで…そして、その瞳は赤く妖しく光りを放っていたのだから。
「肉ヲ、喰わセろ…!!」
アルバはその剣を振るい、周囲のオークら四体を切り裂いた。だが、それだけに留まらず、切り裂き血が吹き出した部分に顔を近づけ、そして待ち望んでいたかのようにかぶりついた。
その姿はまるで、肉を欲した獣のようであった。
その衝撃的な光景を、オークキングは唖然として見ていた。
しかし、オークの悲鳴を聞いて頭が覚めた。
「お、お前ぇ!」
急いでオークキングがアルバに向けて拳を振り下ろす。しかし、それをアルバは回避する。
アルバは、自我を失いつつあるが回避などはできるようだ。
だがアルバは、直ぐ様近くの肉を喰い始めた。
品のない食い方をし、その肉を胃に納める。しかし、その眼はしっかりとオークキングを見ていた。
「ふんっ!…ふんっ!」
何度か拳を振るうオークキングだが、機敏な動きをするアルバを捉えきれない。
むしろ、反撃を喰らってしまう。
「痛いぃ、ブヒ!」
アルバは通りすぎ様にオークキングの腹部に歯を立てては、肉を噛み削ぎ落としていった。
むしゃむしゃとそれを喰らうアルバは、暫くしてその動かなくなっていたハズの左腕を動かし始めた。
しかし彼のその手には剣を持ってはいなかった。
だらりと両手を下げ、前屈みでオークキングに向かい肉薄するその姿は、まるで獲物を喰らわんとする獣の如き姿である。
「うがぁぁあ!!」
雄叫びと共にアルバはオークキングのその大きく張った腹を徐々に喰らっていく。
当然オークキングは抵抗するも、速すぎるその身に攻撃を当てるのが困難であった。
「…ヤバイブヒぃぃ!!」
かなり焦り狼狽えたオークキングは、滅茶苦茶に魔法を発動した。
「“石の礫”!“石の棘”!“石壁”!」
思い付く限りの魔法を、オークキングは発動させた。
闇雲に撃っても当たる確率は低いハズだが運良く、これのどれかにアルバが衝突してしまったのだろう、少しの唸り声と共にウザイの方へと飛ばされてしまった。
「…ぐ、がッ…は!?」
少し転がり、ウザイに当たりその勢いは止まった。
そしてその際、アルバは失いかけていた自我を取り戻した。
(…かなり、ヤバかった。脳を支配するほどの食欲に負けて、俺の恩人すら喰おうとしていた…。流石に、それは参る)
アルバは自分自身を責めた。
いくらアンデットだからと言って、命の恩人を喰らうような外道にはなりなくはなかった。
それをしてしまえば、きっとアルバは精神を元に戻すことが出来なかったであろう。
「…一応、大丈夫そうだな、収まった」
オークとオークキングの肉を決して少なくはない程度には喰らったのだ。ここで未だ食肉衝動が収まって貰わねば困るというもの。
眼前を見据えれば、オークキングは怒りと焦りの入り交じった表情でこちらを睨んでいる。
「ウザイ…ごめんな…妹を、守ってやれなくて…」
未だに倒れたままのウザイに謝罪するアルバ。
例えウザイの耳に入っていなくとも、そう言わざるを得なかった。
その間にも、オークキングはズンズンとこちらに歩み寄ってきている。
「…やるしかないか」
アルバは戦闘前のように回復した身体を奮い立たせ、オークキングに向かった。
「お前はぁ~許さないブヒッ!!」
ブォンと勢い良く落とされた拳骨。
だがそれをアルバは一っ飛びでかわす。
その飛んだ先には、自分の剣がある。それを握り構えた。
さて、どこから切り崩してやろうかと思ったその時、目の前を大きな拳が掠めた。
「!?」
咄嗟に顔を引き逃れたが、それはまだ続いてきた。
――グォン。
今度は大きく横に飛んで避けた。
そしてアルバはそれが何なのかようやく理解した。
その猛スピードで迫り来ていたのは、オークキングの拳であった。
オークキングは、ここにきてその図体からは想像できない程の速度で攻撃をがむしゃらに繰り出してきていたのだ。
オークキングのその瞳には、アルバすら映していないようにも見える。
「…拙いな」
徐々に距離を詰められ、ついには避けきれずにその拳を食らってしまった。しかし、アルバは剣を盾にしてその衝撃を和らげた。
だが、その剣は半ばから折れてしまった。
その剣はオークキングの右手の裏拳を防いだ。だが、次に来る左手の拳は防ぎようもなかった。
「うぐぁッ!」
まさに、拳の嵐。
それをまともに喰らってしまったアルバは、住処の木製の壁に衝突してその勢いが死んだ。
その衝撃のお陰で、その壁は大きな穴を空けてしまった。
アルバは何とか身体を起こそうとする。しかし、両手が上手く動かせない。
力を込めれば何とか動くが、これでは立ち上がるのに時間が掛かってしまう。
「こな、くそッ!」
足に力を入れてようやく立ち上がった。
しかし、両手はぶらりと力なく垂れ下がる。どうやら、先の攻撃により故障してしまったようだ。
「ハハッ…これは、どうしようも」
そこまで言って、アルバは地面にめり込んだ。
内臓が潰れたような、骨が折れたかのような感触が確かにした。
意識が途絶えそうになる。
僅かに開かれた眼で、大半が地面を映している眼で辛うじて見えたのが、あのオークキングであろう足だ。
どうやら、立ち上がるのが遅すぎたようだ。
あの重い拳で叩き付けられてしまったようだ。
―――グォン。
再び、それは叩き付けられた。
何かが飛び散ったような音がする。
命の蝋燭が今、消えようとしている。
そして、また何か音が聞こえてきた。
もはや、アルバにとってどんな音であろうが、関係なかった。
もうすぐ死んでしまうのだ。故に、再三怒りの拳が振りおろされようとも、どうでもよかった。
しかし、何やらその音は誰かの声のように聞こえる。
アルバはそれを最期に聞こうと耳の感覚を研ぎ澄ます。
それは不思議と、聞かなければならないような声がしたのだ。
「……な!!…だ…な!!」
(よく、聞こえないな…)
「お願…!…んな!!眼を……け…ゴブ!!」
(まだ良く聞こえない…眼を何だと言うのか…。ん?…ゴブ?)
そこで、それはハッキリと聞こえた。
「旦那!早く眼を覚ましてくれゴブーー!!」
その声、アルバを旦那と呼ぶその声は、確かにウザイのものであった。