第六話 豚の魔物②
【変更点】ゴブリンの妹の口調を変更。そして身に付けている物も付け足しました。
「おいウザイ!生きてんのか!?おい!!」
血濡れのウザイに対し大声を掛ける。
しかし反応はなく、ピクリとも動かない。
そこで、アルバはウザイが飛んできた方を見た。
内部は薄暗くてよく見えないが、だが確かに、何か大きな生物がいるのは間違いない。
それに、ここはかなり血生臭さがある。
そんな異様な雰囲気を醸し出すその空間に、アルバは警戒の色をさらに強めた。
その時、中から声がした。
「いやぁ助けて!!」
心を揺さぶる悲鳴が聞こえた。
声質からして女、いや雌だと言うことがわかる。
そして、あの独特な語尾…。
気付けば、アルバは駆け出していた。
「まさか、妹か…!?」
ウザイはそもそも、妹を見つけてここに入っていったのである。故に、あの声の主が妹である可能性がかなり高い。
内部に入り、そこでアルバが見たものは、丁度大きなオークに捕食されかけているゴブリンの姿があった。ゴブリンにしては宝石などをあしらった豪勢な装飾品が目立つ。
巨大なオークはその大きな口を開き、摘まむようにして持ったゴブリンを今、口内に放りこもうとしていた。
「待てッ!!」
アルバは咄嗟に声を挙げた。
どう足掻いても走って間に合わない。
「ぶごぁ…?」
そしてその声の制止は、効果覿面だったようだ。
忌々しそうにこちらを見てくるオークは、ピタリと動きを止めた。
アルバはすかさず、巨大なオークに剣を当てるべく駆けた。
「離せおらッ!」
胡座をかいていた巨大なオークの、そのウザイの妹らしきゴブリンを持つその手の肘辺りを狙い剣を振るった。
魔物に成ってからというもの、生前より力や持久力が増したように感じていたアルバは、巨大なオークの肉を裂くものだと思っていた。
しかし、現実は皮膚を薄く斬り血を垂らす程度だけで終わってしまっていた。
「なぁんだぁ…お前ぇ、邪魔しにきたのかブヒィ…!」
ねっとりとした声を出す巨大なオークは、ゴブリンを雑に放り投げたあと、気怠そうにゆっくりと立ち上がった。
ウザイの妹はその衝撃で気絶してしまったようだ。
「あのゴブリンのようにぃ…お前もぉ、潰してやるブヒね…!」
「…やっぱり、ウザイはてめぇがやったのか…!」
「? ウザイが何なのか知らないブヒねぇ…もしかしてぇ、あのゴブリンのことブヒか…?」
「知らなくていい、お前はここで殺すからな」
「…うーん」
巨大なオークは怠そうな眼をしているが、しかしその瞳の奥では怒りの炎を僅かに揺らしていた。
「この僕ぅ、“オークキング”に対してとても無礼ブヒ…お前ぇ」
「…オーク、キング。てめぇが」
オークキング。それはその名の通り、オークの種族の王である。多くの同族を束ね、自らの欲望を満たすべくその力を奮う存在。
そんなオークキングのレベルは3。具体的に言うならば、冒険者がパーティーを組んで討伐するような相手である。
「そんな、生意気な奴にはぁ~…」
次には欠伸をしそうな程ゆっくり手を頭の方へと近付けたオークキング。
しかし、次の瞬間にはゴウッという音を立てながら鋭い拳が飛んできた。
「うぐぁ…ッ!?」
今までの行動、言動からはとても想像できない程の速さの拳に反応が遅れたアルバは、身体を反らしたが左肩に当たってしまう。
やや吹き飛ばされたアルバは、直ぐ様立ち上がることができたが、左腕が全く使えないものとなっていた。
「くそ…ッ!油断した」
思わず悪態を付くアルバ。
これでは満足に戦闘ができないし、二体のゴブリンを抱えて逃げることも難しくなってしまった。
たった一撃で戦況を大きく傾けたオークキングに、アルバは少し恐怖する。
しかもさらに…。
「流石王様ブヒ!!」
「早くそいつを潰してくれブヒ!」
この住処の入り口付近に、外野が五月蝿くしていた。
どうやら、アルバを追ってきていたオークらが到着し、野次馬と化してしたようだ。
アルバはさらに状況が悪くなったことに頭を悩ませた。
この住処の入り口は一つしかない。
その入り口に集まるあの野次馬オークらは、知ってか知らずか、その出入り口を塞いでしまっているのだ。
それはつまり、アルバにとっては逃げ道を塞がれたと同義である。
「人族も弱いブヒねぇ……いや、お前ゾンビブヒか…?変ブヒねぇ…普通、ゾンビはそこまで虫のように速い動きはしないブヒがねぇ、ブゴブゴ!」
オークキングは大きく笑って余裕を見せている。
野次馬オークらもそれを聞いては笑っていた。
(くそ…ッ!どいつもこいつも適当言ってバカにしやがって…!)
内心で腹を立てるアルバだが、芯のところでは非常に冷静であった。
と言うのも、この状況をどうにか打開しなければ悪口も言えない本当の死体に成り果てるだけだからである。
(とにかく、あの妹だけでも助けるか…!?)
チラリとウザイを確認する。しかしやはりどう見ても死亡しているようにしか見えない。
出血が激しく、未だに眼を覚まさない。それなら、ウザイが必死に守ろうとしていた生きていると確定しているその妹だけでも守ろうと考えた。
そう決断し、アルバはウザイからゆっくりと眼を離そうとした瞬間、それは確かに聞こえた。
「………ぁ………る…」
アルバは先程の計画を急遽変更した。
それは、ゴブリン二体を必ず助け出すことである。
無謀ではあるし、何よりこのゴブリン二体を助ける道理もない。それに、内一体は死亡しているかも知れないのだ。
確かに、あの時何かが聞こえたが、それはウザイのものであるという確証がない。
それを確かめもせずに助け出そうとしているアルバはこう思う。「確かめる必要なんてない、ただ単純に生きている可能性が僅かでもあるのなら、助けるだけだ」と。