第五話 豚の魔物①
「ここが、ウザイの集落か…」
「そうゴブ」
アルバはウザイの案内により早々に例の集落へと着いていた。
草木に隠れて遠くから集落の様子を窺うが、やはりというか、悲惨な状態の草や枝で作られた住処が見える。
その側には、オークと呼ばれる豚の頭と巨体を持つレベル2の魔物が各々勝手気ままに行動している。
オークの種族が“亜人”だけに、ゴブリンのように手製の棍棒の製作や何の肉かは判別できないが、それを焼いて食べていたりと人族のように器用さや知恵が回る。
「酷いな…」
それらから見て分かる事は、その集落にはそのオークたち以外は魔物が存在していなかったことだ。
つまりは、既にゴブリンらは全滅しているのだろう。
「………」
ウザイは、何も言わずにただその光景を見ていた。
彼は何を思い、何を感じていたのかはアルバには考え知れなかった。
これはもう諦めて帰るしかないと思ったアルバ。だがその時、ウザイの眼が開かれて様子が急変したことを察した。
「あ、あれは…まさか妹ゴブか!?」
バッと身を隠していた草木から飛び出していくウザイ。
ウザイのその突飛な行動にアルバは焦る。なにせ、飛び出していったことでオークらがこちらの存在に気付いてしまったからだ。
「くそ…!身内がいたのかよ!」
ウザイには妹がいたらしい。その家族を助けるために、無謀な突撃をしたのだろう。オークさえも一瞬見失うほどの焦燥。だがアルバはウザイのその行動を批判することができなかった。アルバも同じ状況下だったら自分も同じ行動をとっていただろうなと同感していたからだ。
故に、アルバはウザイとその妹を助けるべく、草木から飛び出た。
「!? まだ生き残りがいたブヒ!」
「潰せ!ミンチにしてやれブヒ!!」
誰かの大声により集落にいる全てのオークに二人の存在が認知されてしまう。
「おい!ウザイ!早いとこ助けて逃げるぞ!」
「だ、旦那来てくれたゴブ!?…ありがとうゴブ」
「いいから、早くその妹とやらの所へ行くぞ!」
ウザイの走る方向へ着いていくアルバ。だが、一体ウザイはどこを見て妹がいるのだと確信したのか。
「邪魔はさせないブヒ!」
駆けていると、一体のオークが横から殴りかかってきた。
その太い腕から繰り出される棍棒の一振りは、アルバを捉えられず地面を抉るだけで終わった。
「ちィッ、上手く避けたな…ブヒ」
「ちげーよ!お前がド下手なんだよクソ豚!」
「ぶ、ブヒィイ!?こ、こいつ、絶対に殺すブヒ!!」
(…こいつらは単純だ。敵対心を集め時間を稼ぐのが簡単かもな)
アルバは暴言を吐いて一挙にオークらの視線を集めた。
これで、ウザイにはあまり攻撃が向かないことだろう。
ウザイは「旦那、感謝するゴブ」といい、ゴブリンらの住処をオークの住処へと改装したのであろう大きめの住処に入っていった。
恐らく、そこに妹がいるのだろう。
「人族がなんでここに…いや、お前本当に人族ブヒか?…まぁいい、なぜここにいるのか分からんブヒが…。覚悟しろよブヒ…!」
「さてな、俺もなんでこんなことしてんのか分からんわ」
「ブヒ?何を言っている…?さてはお前、バカだな?」
「…てめぇら低脳な魔物には言われたくないね」
「ブヒブヒブヒ!いいや、お前の方がよっぽど低脳ブヒ!この状況が理解できてないブヒか!?」
鼻を鳴らしながら独特な笑い方をするオークたち。
事実、周囲には既にアルバを取り囲むようにしてオークが六体いた。
「ふざけんな!低脳はお前だ!」
「違うブヒ!お前の方がバカブヒ!」
「うるせアホ!」
「ボケブヒ!」
最終的にはただの悪口の言い合いになったが、流石に我慢できなくなったオークが攻撃をした。
「うるさいブヒ!もうお前は死ぬんだブヒィ!」
「うおっ!?」
怒りに任せて振り下ろされた棍棒の一撃。アルバは咄嗟に避けて難を逃れたが、少しでも反応が遅れていたら危なかった。
「…てめぇ!」
アルバが横に飛び攻撃を避けた後、剣を構え攻撃を繰り出したオークを睨むが、直後背後から嫌な予感を感じとったため、再びその場から転がるようにしてそれを避けた。
その感は正しく、いま自分がいた場所には棍棒が振り下ろされていたのだ。これは、背後にいたオークから繰り出されたものだ。
改めて、アルバは周囲を確認する。
当然、自分を囲むようにしてオークが壁となっている。
レベル2の魔物とは言え、数で圧倒されたり、陣を組まれたりされればその戦力差は広がる。
(挑発してもう十分時間は稼げただろ…!)
元々、このオークらに勝とうなどとは思っていなかったアルバは、時間稼ぎに徹していた。
そのため、ウザイが妹を確保すればそれに合わせて逃げ出す算段であったが、
「…ッ!まだかよ…!」
未だに姿を現さないウザイに疑念や不満を募らせた。
「もう終わりブヒ!死ね!」
「くっ…」
回避した先で攻撃をされ、それを回避するが、再びその先で攻撃される。
しかも、オークの壁はじわりじわりと円を狭くするようににじり寄ってきている。
流石のアルバももうこれ以上は無理だと判断し、脱出を試みる。
「おらぁ!」
アルバが一体のオークの攻撃をかわした後、持つ剣でその大きな腹を切り裂いた。
「ブヒィ!?」
斬られたオークは堪らず腹部を手で押さえて踞った。
その隙にアルバはそれの上を飛び越えてオークの壁を抜けた。
そしてその足のままウザイが突入していった住処へと向かう。
背後ではオークらが追いかけてきているが、鈍足なため距離が離れるばかりだ。
やや走り、住処の前に来たところで、アルバの足元に何かが飛んできて転がった。
ふいを突かれた形であったが、アルバは警戒しつつそれを確認した。
「!? おい、嘘だろ…」
それは、全身が血により赤く染まった状態のウザイであった。