第三話 ウザイ
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺の名前はアルバだ」
ゴブリンが話始めようとしたのを遮って、アルバは名乗った。
「アルバの旦那でゴブね、覚えたでゴブ」
「お前の名前は?」
「あっしらゴブリンは人族のように名前を付ける習慣はないゴブ。だから適当にゴブリンでも何でも呼んでいいゴブ」
「それは、他のゴブリンを呼ぶときとかごっちゃにならないか?」
「なるゴブ。でも、特にそれ以上困らないし、やっぱり名前はいらないゴブね。どうしても旦那が呼び辛ければ名付けて貰って構わないゴブ!」
アルバはうーん、と考え込む。
「わかった。じゃあお前は、ゴブゴブうるさいから“ウザイ”だ」
アルバの酷いネーミングにゴブリンはポカンとした顔になるが、名付けをしても構わないと言った手前、あまり文句を言うのも憚れる。
「…ま、まぁ、それでいいゴブ。じゃあ今度からはウザイと名乗るゴブ」
「ああよろしくなウザイ」
アルバはその名付けになんも思っていないのだろうか。顔を見てもただ平然としているだけだ。唯一の良心がアルバが蔑称として付けたわけではないことがその表情からわかることぐらいか。
「それで、ウザイの話ってのは――…」
アルバが本題へと切り出したところで、アルバに異変が起こる。
「旦那!大丈夫でゴブか!?」
ウザイが急にその場で倒れ悶え苦しんだアルバに近寄る。暫くその原因不明の痛みが続いたと思えば、今度はその身体が淡く光だしたのだ。
その光を見て、ウザイはこれは病気などではなく、とある現象であることを確信し安堵した。
それは、
「旦那!安心して欲しいゴブ!これは“進化の前兆”ゴブ!」
「ぐうぅ…ぅああ!?」
痛みに耐えながらも、ウザイの言葉を聞き逃さなかったアルバはウザイの言葉に聞き返すような声をあげる。
「だからそれは“進化”する前の状態なんでゴブよ!!」
「こ…れが…ッ!進化、だと…!?」
「そうでゴブ!…あ、ほら!もうじき収まるでゴブよ!」
ウザイの言葉通り、アルバの身体を包んでいた光はフッと消え、さらに身体を蝕んでいた強烈な痛みも徐々に引いてきた。
「…お、色々収まった」
アルバが自身の身体を確認してみれば、痛々しかったあの傷はほぼ塞がっており、動くのに支障が起きない程度には回復していた。
さらに、どうやら身体能力も少し向上したように感じる。
(これが、“進化”か…!)
進化の見せるこれからの希望に、アルバは胸を踊らせざるを得ない。
結局、あの魔石を食べたことは正解だったようだ。
一人内心で大喜びのアルバにウザイが声を掛けてきた。
「旦那はやっぱり魔物だったんでゴブね!」
「ふざけんな、好きで魔物なんざやってねぇよ」
「でも、その見た目が…それに進化もしたゴブから…やっぱり魔物ゴブ!これらは人族には不可能ゴブ!!」
アルバの心に真っ直ぐ突き刺さるその言葉。
つまり、このゴブリンにアルバは人間ではないと言われてしまったようなものである。
「うるせ!!お前やっぱりウザイだな…!」
「なっ!どういう意味でゴブか!?あっしはただ祝っただけで…」
「祝えてねーよ!むしろ呪いの言葉のように聞こえたよ!!」
「!?…旦那は案外気難しいでゴブね…」
「オイ、聞こえてんぞ」
一通り口喧嘩し終わった後、漸く本題へと入り込んだ。
この短期間で大分、アルバとウザイとの距離は縮まったように見える。
「あー…つまり、お前は仲間たちの待つ集落への帰り方が分からず、一人この森をさ迷っていたと?」
「恥ずかしながら、そうでゴブ」
「普通さ、お前の方が森に詳しくないか?それを現在絶賛迷い中の俺に頼るのか?」
アルバは、クルトから必死に逃げていたため、今この森のどこにいるのかが全く分かっていなかった。
方角的には大体どちらへ進めば街があるかどうか判別できる方法があるにはあるが、正直に言って自身の方向感覚は信頼できないのである。
「…つまり、お互いに迷子ということゴブね」
「そうだが、迷子言うな」
「じゃあ、何と言うゴブ?」
「……迷い、魔物だ」
「…旦那、ネーミングセンス壊滅的に酷いでゴブね」
「…くっ!」
ネーミングセンスについては自覚していただけに、なかなか悔しいものがある。
「っと、そろそろ話し込んでいる時間がなくなってきたな。もうじき夜だ」
時刻は夕方。
高い木々に覆われたその森では、夕方にも関わらず既になかなかの暗さを演出していた。
「そうでゴブね…、どこか寝床とかの宛はあるでゴブか?」
「いや、ない。俺は今朝ここに来たばっかだからな」
「なら、あっしが見つけた洞窟で身を隠すのがいいゴブ!」
「それは助かる」
二人はその後、ウザイの案内によって洞窟へ向かった。
案内通りに辿り着いたその洞窟には、どうやら先客がいたようで…
「お、おいウザイ!騙したな!?」
「いやちちち、違うでゴブよ!騙してなんかないゴブ!!」
先客…というより、元々その洞窟を縄張りとしていた魔物だろう。
タイミング悪く鉢合わせという形となってしまった。
「グルルル…」
低く喉を鳴らす音が洞窟内から響く。
どうやら、その魔物を怒らせてしまったようだ。
「ま、まずい!逃げるぞ!!」
「うわわ、ごめんゴブよ~!」
「グァウッ!!」
アルバとウザイが同時に踵を返し逃げた瞬間、それは洞窟内から飛び出てきた。
黒い体毛に二つの首を持つその異形な犬の名をオルトロス。レベル2の魔物であった。