第一話 奇跡の石
――“ゾンビ”。それはアンデット族の一種。
人の死体に魔石がなんらかの影響により入り込むことにより生み出される魔物である。
アンデットは他にも二つの種族がある。
一つが殆ど実態を持たず、魔石が魂を取り込んだものとして言われている人魂“ウィスプ”。
最後に人の白骨死体に魔石が入り込んだ結果生み出される骨の魔物“スケルトン”が存在する。
これらアンデット族は、生前の記憶などを持たず、ただ生者の命を奪うだけの魔物と化すのである。
そして、これらゾンビ、ウィスプ、スケルトンには上位種が存在する。
これはアンデットに限らず魔物界では当たり前のように存在する“進化”と呼ばれる形態変化により上位種となれる。稀に、進化を持たない種族もいるが…。
諸説あるが、進化はより多く魔石を取り込めばその魔物は進化すると伝えられている。
例えば、人魂のウィスプなら人の影のような幽霊である“シャドウ”に。
人骨のスケルトンはより骨太になり力を増した“ワイト”に。
ゾンビなら、さらに血肉に飢え、動きが俊敏になった“リビングデッド”に。
進化の終わりはあるが、強さの終わりはない。
魔物は、人と比べて段違いに力を付けることのできる存在である――。
「――それがはたして、本当なのだろうか。俺にはまだ、わからないな…」
青々と群生するような草木は、今は所々が血濡れとなり、その緑緑した景観はもう地獄絵図のようになっていた。
辺りには鋭利な物で切り裂かれた様子の死体がバラバラと散らばり、辺りを死臭で包んでいた。
そしてその中央に、その男は立っていた。
その黒髪を返り血で染め、身体の至る所が何やら食いちぎられた後が生々しく残っているが、確かにアルバだ。
アルバのその手に持つ剣が血塗られていることから、この惨状を引き起こしたのがアルバであることが窺える。
実際に、アルバはあれから生き返り、その剣を用いて群がるゾンビらを殲滅したのだ。
「…未だに俺がアンデットになったのが信じられないが」
アルバは自らの身体を見る。
腕や腹が食いちぎられ、肉が露出している。更に、クルトにやられたふくらはぎも大きく裂けたままだ。
しかし、血は流れず、痛みもそこまでない。
アルバは、ゾンビが誕生する説を思い返す。
――“ゾンビ”。それはアンデット族の一種。
人の死体に魔石がなんらかの影響により入り込むことにより生み出される魔物である――…
「ありがとう、母さん…」
いつの間にか消滅していた母の形見である高級な魔石。
それが指し示すことの意味は、このアルバであろう。
アルバがこうして、死体同然の姿でも活動が再開できているのが、何よりの証拠だ。
だが、どうして彼には“自我”が残っているのだろうか。それは、誰にも答えることができない。
アルバは形見すら失ってしまったが、亡き母を思い浮かべては感謝した。
アルバはやや引き摺る足のまま、全ての死体をまわった。
その死体の胸部から魔石を取り出しつつだ。
「はぁ、やっと終わった…これだけ魔石があれば、俺も進化できるだろうな…」
その魔石の数およそ百。目玉サイズの赤い石ころを集めたのだ。
アルバが全ての死体をまわり魔石を収集した理由は、自らの進化のためである。
魔物の進化論が正しければ、この魔石を取り込むことで進化ができると考えた。
どうして進化がしたいのかと言えば、
「確か、アンデットの終点が“ヴァンパイア”だったか…?」
更には人の生き血を啜り悪魔のような力さえあるとの話もアルバは聞いたことがある。
だが、それらは本命ではない。
「何より重要なのが、そのヴァンパイアがアンデットのくせにちゃんと人の姿であることだ」
例えば、今のアルバの姿で人に見られたとしよう。すると、その人は驚きアルバを敵と見なすハズだ。
そうなれば、アルバは魔物として判断され、討伐対象として見られてしまう。
それがアルバが思い描く現状の最悪である。
だが、そこで見た目が人に限りなく近いヴァンパイアになれたとしよう。そうすれば、余程のことがない限りアルバが魔物だと断罪されることがないと睨んでいる。
「こうなってしまった以上、仕方がないよなぁ…。早く、ヴァンパイアになれるよう魔石を喰い続けなければな」
だがもう一つ、目的もある。
「あのクルトは今思えば大分変だったな…。以前は人を殺すのに快楽を覚えるような人間ではなかったハズなんだが、まぁそこんところ全部含めて、奴に会わなくちゃいけない」
クルトに真相を聞くために、クルトの異常行動を止めるためにも今は早く現状の問題を解決して、彼を追い詰めなければいけない。
「待ってろよクソ野郎…!すぐに行って殴ってやるからな!」
アルバは空を睨みつつ、集めたゾンビの魔石を一つ噛んだ。