プロローグ
そこはとある森の中。
普段なら物静かな自然の風景を映しているその場所は、現在はなにやら不穏な空気を醸し出していた。
「はぁ、はぁ…このッ邪魔だ!」
今一人の青年が襲ってくる人の屍を斬り伏せた。
しかし、その屍は斬れども斬れども、数が減っていかない。いや、実際には確かに減ってはいるのだが…。
「はははッ!ねぇアルバ!その程度の攻撃だと僕の生み出すゾンビの群れを減らすことができないと思わないのかい?」
「うッるせぇんだよ!!」
アルバと呼ばれた青年がまた一体のゾンビと呼ばれた動く死体を斬った。
しかしやはり、不敵に嗤うかつての仲間であった青年が召喚するゾンビらをどうにかすることが出来ず、なんとか後退しつつ持つ剣で退路を切り開いてる状況だ。
ここは森だ。視界も悪ければ足場も悪い。
敵から逃げつつ剣を振る…。
そんな行為を続けていたら当然疲労も溜まり注意も散漫になる。
「ぐあ…!?」
変に地面から突き出た木の根に足を取られ転倒してしまう。
その時、首にネックレスとして掛けていた母の形見が飛んでしまった。
「しまった、くそ!」
急いで形見を取り、立ち上がろうとするアルバだがネックレスを取る時間を利用されて、邪魔をする存在が現れた。
「ッぐうぁああ!!?」
「くはは…いい悲鳴だね、アルバ」
そこには、アルバの足首に剣を突き立てた仲間の姿があった。
しっかりと形見だけは手に取ることが出来たが、アルバの足は血がどくどくと溢れ、これではまともに歩けないだろう。
「…クルトてめぇ、なぜ裏切った!」
クルトと呼ばれた茶髪の青年は睨み付けてくるアルバを見てさらにその表情を酷く歪ませる。
「はは、それはね…僕はこうして君をなぶり殺したかったからだよ…」
「…ッ!?お前、今まで、そんな素振りを見せなかったじゃねぇか…。前はパーティーを組んで魔物を駆ったりして、苦楽を共にした仲じゃねえか…!それが、久し振りに会ったと思ったら…一体どうしちまったんだよ!!」
「…くくく、あははは!!」
アルバの心からの叫びは、虚しくもクルトには届かなかったようだ。
クルトは突き立てた剣から手を離して笑っている。
咄嗟にこの隙に逃げようと考えたアルバだが足がろくに動かず、周囲には既にゾンビらが囲んでいることに気付いた。
ゾンビらはクルトが停止させるよう制御しているのだろう。一定のところまで近付いたら、それ以上は踏み込んでこなかった。
(…俺は、ここで死ぬのか?)
冒険者として漸く活躍しだし、ある程度の経験を積んできたアルバだが、この状況下では流石に自分の死を悟った。
(なぜ、こうなった…。どうして、クルトは変わってしまったんだ…)
ことの発端は、今朝アルバがいつものように冒険者ギルドで仕事を受注した時に戻る。
「アルバ久し振り!僕のこと覚えてるよね」
仲間の急な失踪により単独で魔物を狩っていたアルバの元へそんな言葉を掛けてきたのが、この失踪していた仲間クルトその人であった。
「お、お前…!?死んだハズじゃあ…」
「勝手に殺さないでよアルバ、それとももしかして、僕の死体でも見たのかな?」
「い、いや確かに見てない。でも、本当に生きているなんて…!良かった…!」
失踪していた時期およそ二ヶ月。
その間一切の連絡や情報がなければ、死亡してしまったと捉えるのが普通である。
「…そう、良かったよ、本当に」
そうして、二ヶ月ぶりにパーティーを再結成し、魔物を狩るため森に出掛けたのだが…。
森に着くや否やクルトの様子が豹変したのだ。
突然、クルトはゾンビを召喚しだし、そのゾンビにアルバを襲わせたのである。
そして、話は冒頭に戻る。
「どうして…そんなになってしまったんだよ…。失踪してた二ヶ月、何があったんだ…!」
徐々に失われつつある血により、アルバは段々と生気を失っていく。
「うーん、そうだなぁ。…いや、そうだな、これでいこう」
アルバの問いに対し、なにかを確認するように独り呟いた後アルバの眼を見て答えた。
「僕は元からこういう性格だったのさ!僕は、人の悲鳴が大好きでね!…それもただの悲鳴じゃない、信じていた人に裏切られた後に出す、さっきの君のような悲鳴を…だ」
ゾクリと背筋か凍り、鳥肌が立つアルバ。
「…つまりお前は、俺に嘘をついていたのか?ずっと、演技をしていたのか?」
「そうだ、ね。君の言う通り、演技をしていたんだよ僕は!」
「そうか…」
アルバはクルトのその言葉を聞いてから、静かに自身の剣を握った。
何かを諦めた様子の彼は覚悟を決めた。
「なら、お前の思い通りには、させない…!!」
(何がクルトをおかしくさせてしまったのか、結論は出せずじまいに終わってしまうが…。とにかく、今のこいつの思い通りにはさせたくない!)
「なっ…!?」
「うおああああああ!!!!」
雄叫びを上げながら手に握りしめた剣の切っ先を、自らの腹に突き立てた。
異常にゆっくりな時の流れの中、自らの鮮血が視界に映る。
焦った顔のクルトの表情。
そして、それをざまあ見ろと言わんばかりの口の端を吊り上げたアルバ。
ゆっくりとアルバの身体は重力に従いそして全身が地面に着く。
そうして、アルバは一つ大きく喀血した後、静かにその眼を閉じた。
アルバの自殺をただ呆然と見ることしか出来なかったクルトは、アルバの死を確認した後、怒りによって醜悪な顔になる。
「んだよクソ…ッ!こいつ、死にやがった…!ああ、クソが!!」
普段の口調とは違い、荒々しく声を上げるクルト。
だが次の瞬間には冷静さを取り戻したのか、大きなため息を一つ吐くと、周囲のゾンビに命令をした。
「…もうそいつはいらない。喰って証拠をなくせ」
クルトはゾンビの開けた道を振り返らず歩き帰る。
その背後では、人の唸ったような低い声と、何かの肉の咀嚼音がただ鳴るだけであった。
辺りに舞う血と共に、アルバが大切にしていた母の形見――高級な赤い魔石がキラリと光った。