2月8日(曇り)
少しながめ
続いた。
夕方に帰宅すると玄関先で玉枝が仁王立ちしていた。
そっと締めてきた道を……戻れない。
「なんだ!何を企んでいる!」
がっしり肩を掴まれている。
異様にキラキラした笑顔が可愛いやら怖いやらで複雑すぎる。
「デート!デートに行こうじゃないか」
「急にどうしたんだ、いきなりデートを何故!?」
デートとか突然恋人らしい事を言われると動揺がやばい。
「テレビで特集をやっていて、散歩しながら食べ歩きデートが最近の流行りだと言ってたから」
玉枝は尻尾をゆったり振りながらはにかんでいる。
「それは、飯を食べたいだけでは? 」
「えへへ」
素直か!いや先に釘を打っておこう。
上限を決めないと際限無く買い食いされる気がする。
「玉枝、上限は5千円な。それ以上は生活が厳しいから無理」
少し情けないが、それも仕方ない。
甲斐性より実生活だ。というか玉枝分の食費出してるから許せ。
「そんなに使って良いのかい? じゃぁ早速行こうじゃないか」
「お、おい」
腕を引かれ、俺は商店街へと連れ出された。
夕暮れ商店街は近場にある買い物場所で、うちのアパートからするとスーパーより近く、かつ住宅街に近いのでそこそこの賑わいを見せている。
時折行われる500円市と呼ばれる、大安売りイベントになるとそれはもうお祭り騒ぎだ。
夕方の奥さま達への呼び掛けや安売り文句を聞きながら、のんびりぶらついている。
手を繋いでだが!!
手を繋いで歩くことがこんなに恥ずかしかったとは!
嬉しいけど見られてる気がするし、なんか手汗もやばい。
涼しい顔で玉枝が歩いてるのが信じられない。
「ゆき、あそこはこの前メンチカツをオマケしてくれたんだ、ちょっと寄っていこう」
恰幅の良いおばちゃんが看板娘の肉屋を、指差し歩いていく。
「あら、玉枝ちゃん今日は男連れかい? 」
フレンドリーなおばさんだ。
お店の肉の種類は思ったより豊富で、ダチョウという値札が気になってしょうがない。
店の奥の方ではフライヤーが揚げ物の良い音をあげていた。
「彼氏なんだおばちゃん」
「おや、玉枝ちゃんにしては冴えない子だね、意外だよ」
おっと、このばばぁ初対面でいいおる。
「でしょう?でも優しくて面白い人なんだ」
「だろうね。人のよさそうなのは、ウチのとそっくりだ」
あはははと豪快に笑い、玉枝がもつられて笑っていた。
誉められたのか?
「彼氏ちゃんと玉枝ちゃんに、おみあげだ二人でまた来るんだよ?若い子の元気を吸えなくなるからね」
吸血鬼か!と突っ込みを入れたら、面白い男だと更に豪快に笑い、ソースの香りのする熱々のカツが手渡された。
「うちの看板だからさ、歩いて食べて宣伝するんだよ」
肉屋を後にして食べ歩きながら練り歩く。
「美味しいね、ゆき。あそこは最初に仲良くなったお店なんだ」
「ここらでこんなに美味しい、メンチカツがあるなんてなぁ」
ただでくれたし。
にこにこしている玉枝がサクリと一口メンチカツ食べる。
俺一人ならこんな店に寄ることもなかった。
玉枝には数日ではあるがお世話になっているのに、お礼を言っただろうか?
「玉枝、今日はありがとう」
ぼそりと溢した一言をあざとく聞き付け、帰るまでに6件ほど同様なお店を紹介されたうえに彼氏なんだ宣言もされた。
外堀から埋められている? いや流石に関係ないか。
帰り道。
お腹一杯の幸せそうな玉枝をみていると、俺の後ろで心もフワフワするような感覚がしてくるから不思議だ。
明日もまた歩きに来るのも良いかもしれない。
続く?